第24話 勇者と暗殺者


「エルは偉いなー」


 エルの渾身の訴えを、レイドはその一言で返した。

 予想だにしない反応に、エルは眉間のシワ緩めて困惑した。


「だってお前すげー偉いじゃん、人間が自分達のために魔族殺してんのにエルはみんなのために人間殺してるなんてお前ちょっと偉過ぎるぞ」

「え、偉いって……」

「あー、でも俺今の話聞いて魔族嫌いになったなー」

「そ、そうだろう、お前だって人間なんだ、魔族は嫌いって、えっ、今の話を聞いて?」


「ああ、だってなんだよそいつら、王族だかなんだか知らねえけどよ、お前みたいな可愛い女の子に魔王なんていう大役押し付けてしかも一緒に戦うだぁ?

 ふざけるなよ、どうしても魔王が王族でないとならないとかいう理由があってもお前はお飾りにして戦争は全部てめえらで勝手にやってろっつうの、男が女を戦争に巻き込むなんてとんでもねえ奴ら俺は好きになれねえよ」


「し、しかしそれは王族としての責務というものがあるし、魔族でもっとも高い魔力を持った私が戦わないのは……」


「魔族の理屈なんて俺の知ったことじゃねーの、でも、その魔王の責務ももう終わりだな、今まで散々魔族のために頑張ってきたんだ、だからこれからは自分のために生きろ、魔王なんて堅苦しい事しないで、女の子っぽい事して楽しもうぜ、俺と一緒によ」


「そ、そんな王として民を見捨てるなど――」


「見捨ててないだろ、そもそもエルのせいで弾圧されているわけじゃねえんだから、お前にはなんの責任も無いし、お前が魔族を救うために人生犠牲にしなきゃいけない理由なんてねえんだよ、今までだって魔王が死んだら別の誰かが魔王になって国を引っ張ってたんだろ? じゃあお前がいなくなってもきっと王族以外の貴族の誰かが魔王になるだけだって」


「しかし……」


 それでも納得できない様子のエルの両手を、レイドが優しく握る。


「さっき自分で言っていただろ、自分は負けたって、そのとおりだ、お前は、魔王エルバディオスは勇者レイドに敗れてもういない、お前は、エルはこれからは普通の女の子として生きればいいだろ?」


 レイドに説かれて、エルの顔がみるみる赤くなり、一瞬はにかんだが、すぐにまた涙を流しながらうつむいた。


「で、でも……それでも私は魔王で、私の命令で沢山の人間が死んだし、貴様にそんな事言われたって……」


 泣きじゃくる、魔王エルは砂の城の上に立っているように不安な顔で、触れただけで壊れそうなほど弱々しい姿で、だけどそんな魔王の額に、レイドの額がそっと触れる。


「エル」


 二人の視線が絡み合い、


「勇者には、守る姫がいるんだぞ」


 流れる涙の量が多すぎて、それが鼻水とも混ざってもう無茶苦茶になるものだから、エルは呼吸困難を起こしながら泣き喚いた。


「……なっ……なんで私を好きになるんだよー! いぐっ……い、いっぱいいっぱい人殺したのになんで……なんで人間に愛されるんだよー! そんな事言わ……言われたら……どうしたらいいかわかんなくなっちゃうじゃないかー!」


「それ言ったら俺だって散々魔族殺してんだぞ、お互い様なんだよ、今は戦争中で、お互いにお互いの理由があって仕方なしに殺してんだ、それをとやかく言うつもりも言わせるつもりもねえよ」


 言って、レイドはエルの上半身をパタンとベッドの上に倒した。


「レイドぉ……」


 涙ぐむエルの上に覆い被さり、レイドはベッドの上に四つん這いになった。


「レイドに、言っておきたい事があるんだ……」

「なんだ?」


 レイドの目を見ながら、恥らうように唇を動かす。


「今日は、普通の女の子らしい事ができて、凄く嬉しかったよ」

「よ?」


 エルの顔の赤味が倍化した。


「ちち、違う、今のは言い間違っただけなんだ! 嬉しかったぞ! そうだ、今日は楽しかったぞレイド!」


 慌てふためくエルが可愛くて、可愛くて、本当に可愛くて、レイドはエルの裸体に体を重ねた。


「エル」

「……レイド」


 二人の眼差しと声が交わり、唇が自然と近づいて、エルの中でボルテージが最大に上がって、一緒にレイドの右手が上がった。


 窓ガラスの割れる音、一筋の閃きをその手に掴み、レイドの右手には金属制の矢が握られていた。


 矢先は真っ直ぐレイドのこめかみに向いている。


 エルが窓を見れば、窓ガラスが割れて、カーテンには拳大(こぶしだい)の穴が空いていた。


「ほお、我が一撃を防ぐとは、やはりただ者ではないな」

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