第21話 魔王の威圧


 エルバディオスの殺意が空気を呑みこみ、兵士達の肝が冷える。


 同時に川の魚、橋に止まる鳥達が一斉に逃亡、感の鈍い人間でも橋にいた者は言いようの無い悪寒に襲われ全力で橋から離れた。


 人間よりも遥かに優れた身体能力、魔力を持つ魔族、その魔族達全てを平伏させ、君臨する魔族の覇者。


 魔王に求められるのは王としての手腕だけではなく、何者が攻めてこようとその全てを退かせられる絶対的な魔力である。


 山を砕き大地を割る魔王の戦闘力、その覇気、もはや人間では一万、いや、一〇万人が束になろうと勝てるべくも無い神が如く存在、それこそが魔族の王たる魔王である。


 今、チンピラ兵士四人の目の前で、エルバディオスが膨れ上がる殺意を躊躇いも無く開放し、兵士に向けている。


 体が麻痺してその場に座り込む事さえ叶わない。


 その間にも、エルバディオスの中では人間へ対する憎しみが増大していき、歪んだ顔は怒りの形相となり兵士達を威圧する。


「貴様らが…………人間が…………」


 人間は自分達とは違う者を決して認めず、自分とは違う者には理解ではなく、否定と弾圧、虐待と差別しか与えず徹底的に蹂躙し尽くす。


 その者の事を知りもしないで、どんな精神か、どんな行動をしてきたか、そんな事は度外視し、誰にも迷惑をかけていないにも関わらず、人は排除しようとする。


 エルフというだけで、獣人というだけで、そして魔族というだけで人間は一方的な攻撃を加える。


 それは人間と亜人間とのハーフやクォーターにすら及ぶ。


 半分以上が人間の血でも、僅かにでも人外の血があればそれは差別の対象になる。


 人間は同じ人間同士でも思想や宗教の違いで殺し合うのだから、当然といえば当然だろう。


 だが、そんな腐りきった性質を認めていいはずが無い。


 体が熱くなる。

 全身の血管が開き毛が逆立つ。

 瞳孔の開いた目が真紅に輝き風も無いのに揺らめく髪が白銀の光沢を放つ。


 兵士達はあまりの威圧感でまばたきすらできずに立ち尽くす。


 まるで鬼に睨まれたように、いや龍に、否、どのような比喩も不可能だ。


 今の今まで、王の権力を隠れ蓑にいい加減に、自堕落に平和なぬるま湯で生きてきたチンピラ兵士が、最強の魔王エルバディオス・フェレスカーンに殺意を向けられた時の心境など、もはや常人の想像するところではない。


 エルバディオスの両手に魔力が集まる。


 家の一軒や二軒、それどころか屋敷がまるごと一つ消し飛ぶほどの魔力が両手にそれぞれ集約した。


「シネ……」


 魂を押し潰された兵士達は死を覚悟するという事すらできないまま、一人だけ意識を刈り取られ、手すりを飛び越え川に落ちた。


「?」

「「「?」」」


 全員の目が点になって、疑問符が頭上を飛んだ。


 一つの影が残り三人のうち、一人には指で目潰し、一人にはスネ蹴り、一人には空を指差しそちらへ視線がいっているあいだにボディブロウ、三人がのた打ち回っている間に三人の金的を蹴り飛ばし、動きが硬直している間に全員橋の下に投げ込んだ。


 ちなみに、最初の一人は死角からのドロップキックでぶっ飛ばしたのだ。

 こんな事をするのは当然、


「超絶イケメン勇者レイド・ラーシュカフ、悪を華麗にスマートに倒したぜ! もう駄目じゃんエル、そんな髪と目の色してたら魔族ってバレちゃうぞ」


 レイドが笑いながらエルの柔らかい頬を指先でちょんと突くと、魔力が雲散霧消したエルの手が堅く握られた。


「アホー!」


 エルの鉄拳がレイドのアゴを殴り上げて、レイドはタイヤのように後ろへ回転しながら舞い上がり、回転したままアスファルトの上に顔面からべしゃりと落ちた。


「何が華麗にスマートにだ! 目潰しに脛(すね)にひっかけ攻撃、その上きんて……ッッ、とにかくあんな卑怯極まりない戦いで勝利をもぎとるなど、少しは勇者らしいことをしろ!」


 激昂するエルにかなり頑丈で無傷のレイドは真顔で、

「俺の勇者道は全世界の美女と美少女を救う事ただ一つ、勝負なんて勝てばいいんだ」


「最低だな……お前……」


 額に手を当てながらハァと息をついて、エルが呆れ返ると、くいっと手が引かれた。


「さて、今日はもう遅いし、どっかホテル探そうぜ」

「あっ……」


 手を引かれるがままに足が進み、エルはレイドの後に続く。

 殺意の抜け切ったエルには、レイドの顔が一瞬光って見えた。

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