第20話 魔族の覇者
夕日も沈みかけた頃、エルは帽子と眼鏡をはずし、ランドームブリッジの手すりにもたれかかり、緩やかに流れ続けるランドームリバーを眺めていた。
当然ながら、紅く染まった川をどんなに眺めても、エル自身の悲痛な思いが流れる事は無い。
「………………」
人間との戦争を起こす前、魔族は弾圧されていた。
だから奮起した。
最後に残された王族として、魔族の姫としての役目をはたそうと、女王の座についた。
皆が自分についてきてくれた。
皆が応援してくれた。
だから必死に戦った。
どんなに辛くても、苦しくても、重大な戦には最前線に立ち、魔族最強の魔力を駆使して人間達を死体も残らず消し飛ばした。
城にいる時は、国や家臣達の士気向上に努めた。
行政に力を入れ、市民が人間に怯えて暮らさなくていいよう安心できる国作りに邁進(まいしん)した。
日々人間達を殺す方法を考えた。
大陸中の魔族やモンスターを抱き込み、命令し、人間を殺させた。
人間の領土を侵略する度、人間の数が減る度に、皆が喜んでくれた。
なのに、あの男が……レイド・ラーシュカフが現れて全てが変わった。
破竹の勢いで魔王軍を撃退し、各地でモンスターや兵士を倒し、ついには親衛隊や幹部、四天王達ですらレイドの前に敗れた。
たかだか四人の、小隊程度の人数で、何百万という人間を殺してきた自軍が押されていく事に歯噛みした。
どんな作戦を立てても、どんなに磐石の布陣で臨(のぞ)んでも、その度ごとにレイドはそれを上回る力で劣勢を覆してきた。
部下からの報告を受ける度、水晶による千里眼で戦いの様子を見る度に、その憎しみは強くなっていった。
そして遂には城へ乗り込み、戦い、最強の姿である闇の戦闘形態(アウゴエイデス)にすらなったにも関わらず……レイドはそれすらも打ち破った。
何度か頭をよぎった嫌な予感。
もしかするとこの男が自分を倒すのかもしれないと、それが実現し、世界が音を立てて崩れた気がした。
自分の力が足りないばかりに、自分は負けた。自分は死ぬ、結局、魔族が人類の上に立つなど無理だったのかと諦めて、死を受け入れたのに……
そうしたらあの馬鹿げた事が起こった。
もう自分の頭がおかしくなったのではとすら思った。
魔王を倒しに来た人間の勇者が倒した魔王を連れて愛の逃避行、こんな話を信じる者など狂人でもいないだろう。
魔族として、王族として、人間の敵国として、そしてこの戦争を起こした者として、これほどの屈辱があるだろうか……
「敗戦国の女王が勇者の伴侶とは……滑稽だな……」
下卑た男の声がしたのは、エルが虚しい独白と一緒に嘆息を吐き出した時だった。
「おいおい、そんなところで何たそがれちゃってんの?」
「もしかして彼氏にフラレちゃった?」
「君みたいに可愛い子をフるなんて酷い彼氏だねー」
「俺達、見てわかるとおり、ランドーム騎士団なんだけど俺達と一緒にどうかなー?」
部分的にしか鎧をつけていない軽装の鎧兵は四人、年は三〇代だろうか、いかにもモテなさそうな雰囲気で、おそらく今までも王の権力を笠に着て女を食い物にしてきたといったところか。
愚昧で愚鈍で愚劣で下劣で卑劣な下賎の輩。
醜くて、汚くて、利己的で、自分達のことしか考えず、己の保身、そして金や権力、地位や名声のためならば同胞すらも平気で殺す。
自らの行いでどれだけの者がどれほど苦しむのかも考えず、否、他者が苦しむ事に快楽し、享楽し歓楽し逸楽し悦楽し愉楽する。
それが人間だ。
「……ッッ!」
エルバディオスの殺意が空気を呑みこみ、兵士達の肝が冷える。
同時に川の魚、橋に止まる鳥達が一斉に逃亡、感の鈍い人間でも橋にいた者は言いようの無い悪寒に襲われ全力で橋から離れた。
人間よりも遥かに優れた身体能力、魔力を持つ魔族、その魔族達全てを平伏させ、君臨する魔族の覇者。
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