第19話 もう魔王じゃない


 ランドーム王国で最も巨大な港、ランドーム港、なんでもかんでも自らの名前をつけるところからランドーム王の独裁っぷりが現れている。


 まあそんな事はこのさい無視して、ランドーム港は多くの人々に埋め尽くされ、船員や関係者だけでなく、海外旅行、もしくは別の大陸へビジネスをしに行くのか、それなりに身なりの良い紳士や家族達の姿が多かった。


 停泊する船はどれもそれなりの規模を持ち、劣化した船など一隻も無かった。


 潮の香りに包まれながら、そこでもエルは物珍しさに目をしばたかせた。


「港に来るのも初めてか?」


「そうだな、行くに行ったが、魔王陛下専用というやつでな、民達は道を開けて、私は専用の竜車に乗ってそのまま船に乗り込んでいたから、こういう普通の目線では見た事が無いのだ」


「竜車?」

「馬車は馬が車を引くだろう? 竜車はドラゴンが車を引くやつの事を言う」

「あっ、そういう事か、じゃあ俺は船の時間帯調べてくるから、エルはここから動くなよ」

「わかった」


 と頷いて、レイドの背中が遠ざかると、エルは誰かの視線に気付いた。

 周囲を見渡すが、多すぎる人混みの中だ。

 そう簡単に見つかるわけが無い。


 それに昔から自分の容姿が周囲に注目されているのは知っていたため、帽子と眼鏡でカバーしているとはいえ、またそういった類(たぐい)の視線かもしれないと消化した。


 少なくとも、人間は魔王の姿を知らないし、仮に何かしらのルートで魔族の間で大ブレイクしているエルのグッズが流出しても、人間はどう見てもアイドルの写真集やポスターにしか見えないそのモデルが最凶最悪の魔王エルバディオス・フェレスカーンだとは思わないだろう。


 ならば、エルを魔王だと知って注目する者はいないはず、そういった考えもエルの疑問を解消させた。


 視線を感じたのはほんの一瞬、それからはレイドが戻ってくるまで、また港の様子を観察していた。





「エルー」


 レイドの声に振り向き、エルの目には船のチケットを二枚持ったレイドが映る。


「どうだった」

「ああ、明日の昼の便で南の大陸に行けそうだ」


 話ながら二人は並んで歩き、港からまた街のほうへと向かう。


「とりあえず今晩はこの街に泊まるとして、明日も昼までは大通りで時間潰すか」

「そうだな、そしてその後船に乗って南の大陸へ……って」


 エルの中に忘れかけていた疑問が舞い戻り爆発した。


「だから何で私が貴様と愛の逃避行をせねばならんのだ!?」


 昨日からの出来事を総合すれば、こんな根本的な事を忘れていてもそう責められるないだろう。


 今の今までレイドに流され、反抗したり疑問に思う度にレイドに誤魔化されたり、先ほどのように兵士が住民に絡んだりとハプニングが起きて、その感情自体もどこかに飛んでいってしまいかけていたのだ。


「えっ? だから俺とお前が愛を育(はぐく)めるよう俺達を知らないかつ追手がこないような土地探さなきゃ駄目じゃん、それで俺達旅してんだろ、違うのか?」

「決まっているだろ! 何勝手に俺達とか私を巻き込んでいるんだ!? 貴様が勝手に私を連れ去ったんだろうが!」

「え~、でもさっきまで楽しそうにしてたじゃん、エルだってまんざらでもないんじゃないのか?」


 途端にエルの顔が燃え上がる。


「馬鹿にするな! あっ、あれはお前に流されてだな、その、つまり、、だから……とにかく私にそんな気は無いんだ! それに私は魔王なんだぞ! すっごく悪いんだぞ! 私の命令で沢山人が死んだんだぞ! なのに何で貴様は魔王を、魔王を……勇者なのに魔王の私を――」

「何でって……」


 瞬間。


「だって負けたんだからもう魔王じゃないだろ?」


 エルの心が凍りついた。


「だからさー、エルはもう勇者の俺に負けたんだし今はもう魔王じゃなくて元魔王、ただの魔族の女の子ってだけじゃん」


 エルの中からあらゆる記憶が掘り起こされる。


「だから俺は別にそんな魔王なんて仰々しいもんだと思ってないし、そもそも魔王だからってのは理由にならないっていうか……エル?」


 エルの目はもう雫を溜めてはおけなかった。

 大粒の涙は次から次へと流れ落ちて、体は小刻みに震える。


「そうだったな……私は……お前に……人間に……」

「エル」


 アゴがはずれそうなほど大きく口を開けて叫ぶ。


「負けたんだからな!!」


 エルはレイドに背を向けて走り出した。

 泣きながら、過去の記憶を思い出しながら、呼吸を乱し、脇目も振らずに走り続けた。


「クソッ……クソッ……クソッ…………」


 仲間達の事を思い出しながら、現状の自分を見つめなおし、エルはひたすらに慟哭し続けた。

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