第17話 魔王とデート
やはり、王であるランドームの看板やポスター、銅像は気になる。
だが、それを除けば大通りはあらゆる店が立ち並び、人も車も多いのに、誰もがスムーズに移動できるほど幅の広い歩道と道路は、大変魅力的な街並みであった。
「確か人間の街はほとんど来た事ないんだろ?」
言って、レイドはエルの手を握ると優しく引いて、女の子が喜びそうな、もしくはエルが珍しがりそうな店に入っていく。
ペットショップでは、エルが可愛い動物達に食い入るようにして眺めて中々離れず苦労した。
昼になるとファーストフード店に入りハンバーガーのセットを注文、他にもナゲットやポテト、炭酸ジュースは宮廷料理ばかり食べていたエルの舌を思いのほか満足させ、オヤツにとお土産の分まで買った。
そして、一応は山賊のアジトで色々と拝借したが、それでもエル自身に選ばせたいというレイドの申し出で、ランジェリーショップとブティックではエルが着た事の無い服や下着を試着、旅をする上で不都合がない、かつエルが気に入った物を購入。
ただ、レイドが色々とセクシーな服や下着をしつこく持って来てはエルに殴られるという事が頻繁に起こったため、これも結構な時間がかかった。
公園や植物園を散歩するのは大した時間がかからなかったのだが、問題は夕方に電器屋の前を通りかかった時だった。
「いやー、エルの驚いた顔はおもしろかったなー」
「し、仕方ないだろう、車一台の時とは違って、あんなに不思議な物を同時に見たら……」
人間の家電製品に取り乱してしまったエルは恥ずかしそうに顔を伏せて歩いている。
「でもまあ、魔族から見たらテレビやパソコン、掃除機、洗濯機って確かに不思議かもなあ……やっぱ魔族は全部魔術でやってんのか?」
「うむ、魔族にも魔科学はあるのだが、化学よりも魔術の比率が圧倒的に多く、テレビのような物はあるがボタンではなく思念を飛ばして操作するし、録画だってあんな薄い円盤ではなく水晶に記憶させる。
しかし、魔術以外に電気やカラクリだけでも工夫すれば色々とやれるものだな」
「人間は魔族ほど複雑な術式は扱えないから――」
「許してください!」
「ちょうしこいてんじゃねえぞ!」
会話の途中に割り込んできた声に二人が向くとデジャヴする光景。
冴えない(失礼)おっさんが鎧の兵に土下座で謝っていた。
冴えないおっさんは財布から紙幣を何枚か取り出し兵士に差し出し、兵士はなんの躊躇いも無くそれを奪い取った。
「ふん、一〇〇〇ギルト(一ギルト一〇円くらい)か、よーしじゃあ大マケにマケてパンチ三発で許してやろう」
腰が抜けたまま、冴えないおっさんはむなぐらを掴まれて、兵士は拳を振りかぶった。
「無視して行くぞエル」
「あ、相変らずの外道だな……」
だが、今度のレイドは真剣な顔で耳打ちをしてきた。
「そうじゃない、俺達はこの街の港から別の大陸に行くんだぞ、ヘタな騒ぎを起こして船に乗れなかったらどうするんだ?
前の町じゃ騒ぎを起こしてもこの街まで逃げればよかったけど、今回は状況が違い過ぎる。
だからエルもヘタな騒ぎはさっきの電器屋で最後、こっからは目立たないようにしてくれよ、俺もナンパとかしないから」
「むぅ、電器屋は余計だが……言うとおりにしよう、というか私に好きとか言っておいてナンパしたら魔王☆ハンマーだからな」
それを聞いて、途端にレイドの顔が怪しく歪む。
「えっ何? もしかして俺の嫁になってくれるの?」
「バカを言うな」
卑猥な動作で指を動かすレイドに背を向け、エルは離れるとある物を見つけた。
「見ろレイド、大きな橋だぞ」
巨大な川にかかったランドームブリッジへ走るエルの背を見て、レイドもすぐに後を追った。
ランドームブリッジの下を流れるランドームリバーは夕日を反射して美しい茜色に染まっていた。
流れが緩やかなため、何艘(そう)かの遊覧船が橋の真下を通り、その様子を見るエルの顔は子供のように無邪気だった。
「見ろレイド、あっちの小さな橋が開いたぞ」
「おおすげえ、あーあ、そこら辺にあるランドーム王(どくさいしゅぎしゃ)の銅像やポスターがなけりゃデートにうってつけの街だったのに、まじランドームいらねえし」
「確かに、街の景観や先程の兵士の蛮行、この国の王は余程の暴君なのだろう、それにこの前の町で兵士が言っていた言葉、おそらく私の国の属国になっているから安全なのも、国の兵隊達が守ってくれているからと流布し、自らの権力を誇示しているのだろうな」
「うっわ、とんでもねーろくでなしだな……っと、そうだエル」
レイドは腰のアイテムボックスに手を突っ込むと、中から白い帽子と伊達メガネを取り出した。
「お前、ブティックで女優と間違えられてただろ? まあ魔族の中じゃアイドルだったらしいけど、とにかくお前の容姿は目立ちすぎるからこれつけろ」
言われて、エルは鍔(つば)の広い帽子を目深にかぶり、伊達メガネをかけた。
すると、美人は何を着ても似合うとはよく言ったものである。
帽子と眼鏡をしたエルは今までのような神秘的な、神々しい目立つ美しさは無く、遠めに見たり、ただ通り過ぎただけでは気付かないが、近くでよく見れば、文学少女のような雰囲気を纏った可愛らしいお嬢様に見える。
「うん、似合うぞ」
「……」
その言葉に、エルは言いようの無い心地よさを感じた。
レイドの事は大キライなのに、そう自然に言ってもらえた事に、くすぐったさを感じる。
赤面する前に顔を隠そうとエルは防止の鍔(つば)に手をかけた。
(なんなんだこいつは、魔王の私にこんな、こんな……魔王……)
エルの顔から赤味が抜けた。
同時に、胸の奥から、冷たい嫌な感情が湧き上がる。
あまりの突拍子も無い出来事の数々に流され、気付かなかったその感情が、エルの行動に反映しようとする。
そこへ、もう鬱陶しくなってきた、もはやいつもと言えるかもしれない声が聞こえた。
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