第15話 暴君

「反乱分子だと?」


 仕立ての良い、高そうな紺色のスーツを着た初老の男が重厚感溢れる机から肘を離して、真っ赤なソファに体重を預けた。


 だだっ広い部屋に置かれた調度品はどれもそれ一つがサラリーマンの年収よりも高い。


 男が着るスーツも、そこらのサラリーマンの給料ではボタン一つ買えやしない。


 白髪交じりの口ひげを撫でるこの男こそランドーム国の王、ランドーム九世であり、ここは彼の私室である。


 ランドームと向かい合うのは黒いコートを着た長い金髪の男、ビルである。


 痩身中背、年は三〇歳前後といったところか、眼鏡をくいっと上げて、話を続けた。


「はい、近くの町にて、我が兵が見知らぬ男に兜を割られたと報告が入っております。

 男は背が高く黒髪黒眼の若者で、銀色の鎧を身につけている美丈夫とか、調査によるとその男、ここランドーム王国の首都、ランドームシティに向かってるそうです。

スラムの連中には前々から不穏な動きがありましたが、兵士から民を守るその行為、スラムの者達に雇われた傭兵か何かの可能性も……」


「いくら何でも考え過ぎではないか? 我が兵に逆らっただけで反政府組織の一員と決め付けるのは早い」


「そうでしょうね、ですが、あのような者の存在は民衆によからぬ希望を与えます。

 愚かな民草は救世主が降臨すると途端に活気づく人種ですから」


 ランドームはアゴに手を当てて考える。


「そうだな、ここはその男を殺し、死体を十字架に貼り付け晒しものにするとしよう、このランドーム王に立て付いた愚か者としてな」


 ビルは邪悪な笑みを浮かべて、王に頭(こうべ)を垂れた。


「では、そのように取り計らいましょう」




 夕方、汚い部屋に一〇歳の少年、グリーンはいた。


 物自体が少なく、家具は全て安物の壊れかけ、見ただけで貧しいとわかる部屋から出て、グリーンは家の外、スラム街に出ると、ランドーム王への憎しみを何度も思い返しながらスラム街から出る道へ足を運んだ。


(…………)


 この国は腐っている。


 王であるランドームはランドーム国内のあらゆる町や村には重税を与え、民から金を巻き上げた金を街の整備や福祉には使わず、自分が住む首都ランドームシティだけの都市開発や自らの贅沢のために労費し続けた。


 その首都ですら、貧しい者達を表通りから離れたスラム街へと追いやり、自分が目にする場所を中心に街を発展させ、中流階級以上の者達だけを住まわせている。


 ランドーム国は絶対王政、グリーンは今の王が変わらない限りこの国は変わらないといつも親が言っていたのをよく覚えている。


 そのランドーム王に尻尾を振り忠誠を誓った国の役人達は街で好き放題に振る舞い、民衆を威圧している。


 王の重税という見えない不幸と、兵士達の暴力という物理的な不幸を背負わされているこの国には、暗黙の階級があるのだ。


 王を頂点としたピラミッドの二段目には貴族、三段目には兵士を中心にした国の役人達、その下が上流階級の庶民、その下が中流階級の庶民、そして一番下がスラム街へと追いやられた下流階級の庶民である。


 綺麗に整備された都市の中心部に出て、グリーンはその光景を見た。


 長さ三〇〇メートルを誇る巨大な橋、ランドームブリッジ、そこで、眼鏡をかけた子とカチューシャをした子、それとおさげの計三人のブレザーを着た女子高生が、下腕と胸部、それとスネだけに鎧をつけた軽装備の兵士達に捕まっていた。


 腕をつかまれ、周囲に助けを求める女子高生達。


 悪人面で安っぽい悪人セリフを吐いている兵士。


 誰も助けようとはしない周囲の通行人、せちがらい世である。


 人一倍正義感の強いグリーンは、三人の少女を助けてあげたかった。


 だが自分に何ができよう、武器も体力も無い、ただの子供に過ぎない自分に何が……


 いつもこうだった。

 いつも自分の無力さに絶望した。

 いつも悪に力を与えるこの世が憎かった。


 だから、そこへ現れた黒髪黒眼の男が現れた時、グリーンの目はその男に釘付けになり、まばたきすらできなかった。

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