第14話 ブラックコーヒーが飲めない魔王
「もうその話はいい、いい加減に教えろ、この魔王を助けた理由をな」
エルは本気だった。
強い意志の込もった瞳。
凄味を含んだ声。
そこいらの人間ならば卒倒しそうなほどの迫力に、だがレイドは少しも怖じる事無く、いつもと変わらぬ軽い空気のまま頬を掻いた。
「そんな事言われてもなー、俺はただたんに可愛い女の子見つけたからお持ち帰りしただけだけでそれ以上の理由無いし、それこそ目的って言ったら別の大陸に行ってエルと結婚したいとかエルの●●●●で俺の●●●を●●で●●●●して欲しいとかエルの●●●を●●たいとか●●●●●●●したいとかぶっちゃけもうエルと●●●●したいとかだな後は……」
そこから先は、もうエルの頭に入ってこなかった。
エルの脳内で火山が連続噴火を起こした。
全身の毛細血管が広がる。
顔が熱くなって、レイドに言われた内容が脳内で妄想される。
エルの想像力の限界を突破したレイドの願望に神経が焼き切れそうになって……
「おいエル」
名を呼ばれて我に帰るとレイドが上唇を指差し一言。
「鼻血でてるぞ」
「なっ!!?」
エルが指で鼻の下を拭うと、指には少量ながら血がついていた。
「ほらティッシュ、それとコーヒー淹れたからこれ飲んで少し落ち着け、ちゃんとブラックにしといたぞ」
二カッと笑い、ポケットティッシュとコーヒーカップを差し出すレイドにエルは物だけ受け取るとそっぽを向いてイスに座った。
鼻血を拭いてコーヒーを一口、エルの表情が渋くなる。
口をへの字に曲げて、眉間にシワを寄せて目を細める。
何も言わずにコーヒーをもう一口、今度は普通の表情だが、口の端が震えている。
それは、誰がどう見ても……
「なあ、もしかしてお前、ブラックコーヒー飲めないんじゃないのか?」
ビクッとエルの肩が跳ね上がり、硬い笑顔でギリギリと首をレイドに向ける。
「な、何を言っているのだ貴様は……この魔王エルバディオス様に限ってそんな……」
「じゃあ残り一気に飲んでみろよ、ほらぐいっと」
手振りで促され、エルはコーヒーを睨む。
震える両手でカップを持ち、グッと固めた唇をなんとか開いてはまた閉めを繰り返す。
口の中でブラックコーヒーの苦い味が反芻(はんすう)される。
ただ苦いだけの、それも飲み干した後も口の中にしつこく残るあの味は嫌だがレイドに弱い部分を見せたくないと葛藤して、横から砂糖が投入された。
「!?」
見れば、レイドがシュガースティックの空袋をゴミ箱に捨てているところだった。
少女に見せたのとは違う、自然な笑みを見せてレイドはエルに語りかけた。
「苦いの、駄目なんだろ?」
「そ、それは……そのう……」
図星だった、エルはなんとか誤魔化そうとするが咄嗟に上手い言葉が見つからない。
「別に意地張らなくていいじゃん、苦いのが嫌なら砂糖を入れればいい、なのにエルは何でそうやって自分を作ろうとするんだ?」
言われて、エルは立ち上がり声を張り上げた。
「うるさい! 貴様なんかに魔王のイメージを保たなければならない私の気持ちなんて解るもんか!!」
目を潤ませて、エルの声には熱が込もる。
「玉座に座っている時はいっつもワイングラスを片手にワイン揺らさなきゃいけないし、下戸でお酒全然飲めないのにみんなの前で何かを宣言したらそれを一気に飲み干して立ち上がって言わないと雰囲気出ないし、本当はチワワとかウサギとかマンチカン(極小の可愛い猫)飼いたいのに爺やからはデビルリザードあてがわれるし、雑誌の仕事で可愛い動物を抱いた写真が撮れるはずだったのに老臣達に威厳がなくなるから可愛い系の仕事は極力受けないでくださいって言われるし、本当に大変なんだからな!!」
息を荒げてレイドを睨んでから、エルは大股にベッドへ向かうと布団の中に潜り込んだ。
「私はもう寝る! 絶対に起こすなよ!」
人類から恐れられる魔王、エルバディオス・フェレスカーンは子供のようにふて寝をして涙を堪えた。
そんなエルを見ながら、レイドはゆっくりとイスから立ち上がる。
何も言わないまま、寝巻きに着替えるとレイドも隣のベッドへ向かう。
だが、すぐにはベッドに入らない。
自分に背を向けて寝るエルをしばらく眺めて、レイドは息をついた。
エルの頭にレイドの手がソッと触れた。
「明日は、最初から甘いコーヒー淹れてやるからな、俺がお前の注文無視して勝手に淹れるんだ、それなら文句ねえだろ?」
エルは答えないが、レイドはベッドに入り、電気を消して言った。
「おやすみ、エル」
無言のままに、エルは唇を噛んだ。
町が月明かりに照らされる頃、少女は一人でどこかに電話をしていた。
「それでねグリーン君、その勇者様って本当に強くてランドームの兵士を簡単に追っ払ったんだよ」
『へー、そんな強いんだ、それでその人、どこに向かってんだ?』
「さあ、それは聞いてないけど、明日聞いておくね」
『ああ、頼んだぞ』
電話の向こうから聞こえる子供の声を聞きながら、少女はやや心配そうに、
「ねえグリーン君、確かに王様は悪い人だけど、あまり危険な事はしないでね」
と言った。
だが電話の向こうからは、
『そんな事言ってられる余裕なんかねえよ』
そんな言葉だけが返ってきて、通話は切れた。
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