第13話 魔王は思い返す


 シャワーを浴びながら、魔王エルバディオスは今日一日を振り返っていた。


(くそ、一体何がどうなっているんだ!?


 一体この私に何が起こっていると言うのだ!?


 まず、今日は朝起きると勇者パーティーがいつ乗り込んできてもいいように城を警戒体勢にして、私は最上階に位置する謁見の間で待っていた。


 そして情報通りにレイド達は城に乗り込んできた。


 部下からの連絡を聞きながら勇者を倒すイメージトレーニングとあらかじめ考えておいた魔王っぽいセリフを暗記しなおした。


 そして最終防衛戦であるリヒターが倒された事を知り、リヒターの身を案じながら深呼吸をして手に魔族と三回書いて飲み込んだ。


 その後謁見の間に入って来たレイド達と戦って、闇の戦闘形態(アウゴエイデス)を発動させて、それでも……負けてしまって……


 なのに……魔族の民達に心の中で謝りながら死を覚悟したのに、急にレイドが私に寝返って私のむ、胸を触って、仲間を倒して私を連れて逃げ出して、あいつに恥ずかしい場所いっぱいいっぱい見られて……うぅ、死にたい、もしくはレイドを殺してやりたい……そして可愛い下着とオシャレな服を選んでもらって、まああれはよかったが……くっ、そういえばレイドのありえない目利き力でスリーサイズとカップサイズまで知られるとは……


 魔王マガジンにも

 バスト:おっきい。

 ウエスト:ほそい

 ヒップ:ほどほど


 というふうに明記した秘密の情報だったのに……そして何だ今のこの状況は!?

 魔王の私が人間の勇者と同じ部屋で寝るなど……寝るなど……)

 エルはあまりの悔しさに堅く握った拳を震わせて歯を噛み締めた。


「ッッ!!」


 握った拳を額に叩き込み、エルバディオスは深呼吸をした。


(……落ち着けエルバディオス、これはきっと悪い夢なんだ、冷静に考えてもみろ、人間の勇者が今まで人間を殺し続けてきた魔族の王と愛の逃避行などするわけがない、そうだ、整理してみれば何一つマトモな事が無いではないか)


 エルはバスルームから出て用意されていた寝巻きを着ると部屋へと戻る。


(そうだ、これは悪い夢なんだ、早く寝よう、きっと次に目が覚めた時には自分の部屋にいて、リヒターや親衛隊がいて、四天王達のお見舞いに行って、もうすぐ攻めてくる勇者パーティーをどう血祭りにしてやるかの会議を――)


「おうエル、何か悩んでたみたいだけど自分の頭を殴るのはやめたほうがいいぞ」


 部屋に入って開口一番、くったく無く笑うレイドの姿にエルは思わずバランスを崩して転びそうになった。


「何しっかり覗いてんだお前は!!?」

「いやー、何度見ても眼福だなー」


 顔を蕩(とろ)かしながらエルの体を思い出すレイドに、再びエルが真っ赤な顔で柳眉を立てた。


「魔王☆ハンマー!」


 部屋の端までぶっ飛ばされるレイド。

 何の音ですかと駆けつける民宿の少女。


 魔王☆ハンマーをすばやく異次元の蔵(ディメンション・ゲート)に収納して何でもないと誤魔化すエル。

 そして……


「痛ってー、てか弱体化したのにスゲー威力だな」


 赤く腫れた頬を撫でながらレイドは立ってテーブルに戻る。


「私の魔王☆ハンマーは重さ一〇〇トンでありながら重力制御により体感質量を僅か一〇キロにできるという代物だ。

 運動エネルギーは速さ×速さ×質量で決まるが重力制御で軽々と持てるだけで質量が変わったわけではない、よって、相手は本当に一〇〇トンの物で殴られたダメージを受けるというわけだ」


 レイドの額から冷や汗が流れる。


「……俺って、今までそんなトンデモないもんでブッ叩かれてたんだな……そんなんどこで手に入れた?」

「リヒターが私が弱った時に使うようにとくれたのだが、主にリヒターや四天王、それに親衛隊達が重大なミスをした時の罰に使っていたな……だが……」


 と言って、エルは嘆息を漏らした。


「途中から私に殴られると喜ぶようになってしまったのでしばらく使えなかったのだ、頼むから貴様は新しい世界に目覚めるなよ」

「誰が目覚めるか! てかお前はそれ使いてーのか!!?」

「そういうわけではないが、そんな事より、さっき貴様が中年親父は見捨てたのに少女が現れた途端に助けたのは下心があるからだろう? まさか夜這いでもする気じゃないだろうな?」


 それを聞くとレイドは愉快そうに哄笑してイスに座りコーヒーを飲んだ。


「そんな事しねーよ、最初はエロい意味で食べようと思ったけど、ありゃ駄目だ」

「好みでは無いという事か?」


 今度は急に落ち着き払った様子で、レイドはコーヒーカップをテーブルに置いた。


「そうじゃねえよ、あの子は一度でも抱かれたら本気になっちまうタイプだ、明日にはこの町を出て行く俺が手を出していい子じゃない」


 レイドの顔が急に大人びたように見えて、エルは一瞬言葉を失った。


「……貴様の口からそんな言葉で出るなんて以外だな」

「そうか? 俺は本当に女が好きだからな、女を不幸にするような、女が嫌がるような事はしたくねえだけだよ」


 途端にエルの視線が冷たくなる。


「私はシャワーを覗かれるのを嫌がったはずだが」


 途端にレイドの顔が明るくなる。


「嫌がったり怒ったのは覗く前と後だろ? 覗いている最中はバレてないから嫌がってないじゃんか」

「そういう問題じゃない!!」

「はは、まあいいじゃねえか、待ってろよ、近いうちにお前のほうからシャワーに誘うようにしてやるからな」


 言い終えた刹那、エルの顔色が変わった。

 エルはスッと近づき、そして明確な殺意を込めてレイドと視線を絡めた。


「もうその話はいい、いい加減に教えろ、この魔王を助けた理由をな」

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