第11話 偽りの暴君
「はっ、この私が泣くわけがないだろう、この魔王エルバディオス・フェレスカーン、人間風情に情けをかけるほど甘くは無いぞ、それよりも、一つ気になる事があるのだが」
「おっ、どうしたんだ?」
「うむ、さっきの兵士、自分達が我が軍の脅威から町を守っているような口ぶりだったが、我が魔王軍はこの辺には攻め込んでいない」
「そうなのか? 他の国じゃ魔王城の近くにあるから真っ先に攻め込まれて侵略されたって事になっているぞ」
「いや、確かに最初は攻め込んだが、このランドーム国の今の王、ランドーム九世は何日もしないうちに降伏して、定期的に奴隷として国民を渡すのと今後絶対服従を約束するから許してくれと自ら属国になったのだ。
とはいえ、ほとんど抵抗しないで服従を誓った事を評価して奴隷を頂いたがそれ以外にはこれといった干渉はしていない」
「んっ? っていう事はもしかして……」
「てめえ! 今なんつった!?」
野太い男の声を聞いて、レイドとエルは立ち止まり、そちらへ視線を向けた。
見れば、今度は別の中年男性が鎧の男達に絡まれていた。
「わ、わたしは別に何も……」
「嘘つくんじゃねえ! 今俺たちの事『偉そうに威張りやがって』とかなんとか言ったよな!?」
「てめえらを守ってやってる俺らが偉くなくて誰が偉いんだよ!?」
「お前のほうがよっぽど偉そうなんだよ、ただの民宿の親父が生意気言いやがって!」
むなぐらを掴まれて苦しむ中年男性は青ざめた顔で悲鳴を上げるが、さっきと同じ、この町に他人を助ける余裕のある者などいない。
「レイド、人助けは勇者の勤めではないのか?」
「勇者の勤め? おいおい勇者をあんまり買いかぶるなよ、いいか、勇者ってのは悪人から金品を巻き上げたり民衆から仕事の依頼を受けて生計を立て、名の売れた巨大な悪を倒してそれを元に自分を貴族に売り込み雇ってもらう、それが勇者ってもんだろ?」
「だろって……それはどこの世界の常識だ?」
「それに、俺らはもうこの大陸から出るんだ、この大陸の奴がどうなろうと関係無いだろ?」
興味ゼロの表情で指のささくれを取り始めるレイドを見て、エルは進み出た。
「もういい、ならば私が」
すかさずレイドが、
「わー、人を助けるなんてエルって本当に優しくて純粋で素直で可愛くて正義感溢れる人間思いの女の子だなぁ」
ピタッとエルの足が止まり、そして下がった。
「そ、そんなわけないだろう……い、今のはちょっとした魔王ジョークだ」
「魔王ジョークねえ、意地張らないで素直になっちゃえよぅ」
後ろから抱きつかれ、エルは思わず可愛い悲鳴を上げてしまった。
抵抗するが、背が高く、それほど太くないのに腕は結構力強いため脱け出せない。
レイドは鎧を着ているが、露出している手の体温が脇腹や下腹に伝わってくる。
妙な気恥ずかしさに顔が熱くなる。
そんな事をしている間にも、兵士と中年男性の空気は悪くなり、兵士は中年男性をアスファルトの上に投げ飛ばすと、腰の剣を抜いた。
「てめえ、見せしめに殺してやる……」
「そ、そんな……」
エルはレイドを殴り飛ばそうと拳を固める。
兵士は男性を斬り殺そうと剣を振り上げる。
それと同時に、近くの一軒家の中から十代後半と思われる少女が飛び出してきて、中年男性と兵士の間に割り込んだ。
「待ってください! どうかお父さんを殺さないでください! かわりに私がどんな事でもしますから!」
涙ながらに訴える少女はわりと整った顔立ちで、スタイルも悪くは無かった。
背後の気配が消えて、エルの拳が空振った。
「あれ?」
エルが周囲を探すと……
「君達、か弱い市民に剣を向けるのは感心しないなあ」
兵士達の真横に立って、レイドは優しげな声でそう言った。
「はぁ? てめえに関係ねえだろ!」
「ご安心をお嬢さん、このような悪党はこの私が、とう!」
一瞬で剣を抜くと兵士達の兜が同時に割れて頭から落ちた。
パクパクと口を動かす兵士達の前で剣を収めて、レイドは目を細めた。
「いたいけな少女に血は見せたくないが、もしもまだ抵抗するなら腕の一本は覚悟してもらうぞ」
レイドが再び剣に手を掛けると、兵士達は雑魚キャラ丸出しの捨てゼリフとして、
「ちくしょう、覚えていろよ!」
と言って、慌てて走り去った。
「やあ、お怪我はありませんか、お嬢さん?」
どこの事務所だ? と聞きたくなるほど嘘臭い営業スマイルを見せて、だが少女と中年男性は羨望の眼差しでレイドを見る。
「あ、ありがとうございます」
「わたしだけではなく、娘の命まで助けていただき、本当になんとお礼を言えば」
「何を言っているんですか? 人助けは勇者の勤め、私は勇者として当然の事をしたまでですよ、そんなお礼だなんて」
大袈裟なほど優しい声のあとにウィンクをされて、少女の胸はトキメく、エルは開いた口が塞がらなかった。
(お前はどこの誰だ!? てかお前そんなキャラじゃないだろ!?)
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