第10話 汚れた人間社会
鎧姿のレイドとキャミソール姿のエルは二人きりで歩みを進めていた。
季節が夏のため、夕方でも気温は高いが、時折吹いた風に顔を撫でられると少し気持ちよかった。
しかし、そんな夏の匂いを感じていられるのも、最初の数十分だけ、しばらくして、ぽつりぽつりと民家が見えてくると、エルの顔は徐々に暗くなっていった。
荒れた、ひび割れたアスファルトにアスファルトが剥がれて地面が剥き出しになった場所。
道の端には路上暮らしの痩せた人間が座り込んだり、寝転がり力無い目でこちらを見てくる。
「目を合わせるな、物乞いに来るぞ」
注意され、とっさに前を向くが、それでも町の人間達の様子が気になった。
赤く光る信号の前で止まると、同じく信号を待つサラリーマンや主婦と思われる人が目に入ったが、どちらも疲れた顔をしている。
言ってしまえば、町全体が暗く、貧しい雰囲気が漂っていた。
やっと元気ある人間を見たかと思えば……
「貴様、人にぶつかっておいて何の礼も無しか? ああ?」
「すいませんすいません、どうか許してください、その、疲れていて……」
「我々はランドーム王の兵だぞ」
「貴様ら庶民が魔王に怯える事なく暮らせるのは誰のおかげだ? 言ってみろ!」
鎧姿の男三人にバーコード頭の中年男性は土下座で謝り、震え上がっている。
「すす、全ては貴方がたの、偉大なるランドーム国兵士の皆様のおかげでございます!」
その姿を見て、エルがレイドに詰め寄る。
「おいレイド、助けなくていいのか?」
「別に助けてやる義理はないだろ? 金払って依頼されたなら話は別だけどな」
「そんな……」
結局、誰も助けてくれないまま、泣きながらアスファルトに薄い頭を擦りつける中年男性の姿を嘲笑しながら、鎧の男達は去っていった。
「ははは、わかれば良いのだ!」
「今後、我らと会った時は気を付けろよ」
「その気持ち、忘れるなよってかー、ははははは!」
下卑た声が聞こえなくなってから、その中年男性は鞄を抱えるとすすり泣きながら立ち上がり、どこかへと歩いていった。
「なあレイド……人間の町というのは、どこもこんなに酷いのか?」
「原因は違うけど、主要な都市以外はだいたいこんなもんだな、貧しくて荒れていて、犯罪者の数が多くて、マフィアが取り仕切って役人共が言いなりになっている町や村だってある。まっ、ああやって兵隊が幅利かしてるとこもあるけどな」
レイドの言葉に、エルが問うた。
「原因が違うとはどういうことだ?」
「決まってんだろ、今は戦時中だ、どこの国も兵力は主要な都市の防衛に回しちまうから、小さな村や町は見捨てられて魔族やモンスターにみんな殺されて家を壊された、何万人も人が死んだし、そのせいで孤児も随分生まれたって話だ。
実際には数時間前に俺がお前を倒したけど、社会的には魔王軍の圧倒的有利、このご時世に明るい雰囲気に包まれた街なんか中立を守る亜人達の国や大国の首都ぐらいのもんじゃねえの?」
「……そうか……」
町の人間達のように、沈鬱な空気を漂わせるエルの顔をレイドが覗き込む。
「何お前シケた顔してんだよ? もしかして今さらになってから罪の意識が芽生えたのか?」
「そっ、そんなわけ無いだろう、私は魔王だぞ、この魔族の女王、エルバディオス・フェレスカーンが人間如きの心配など……それに、こんなの戦争を起こす前に予想してたことだし…………」
反論する声にいままでの力が無かった。
そして、辛そうな表情のまま、眼が潤んでいることを見逃すほどレイドはまぬけではない。
「あのなあ、これは戦争なんだぞ、人間だって魔族を殺してんだろ、お互いにお互いを殺しあって被害出し合ってんだ、つうか魔族がしかけた戦争なんだから敵国の心配して泣く必要なんかねえんだよ! 泣くなら人間の俺に負けた事に泣け」
エルの表情が固まった。
顔を背けて、アームウォーマーで涙を拭い、エルは気丈な顔を取り戻して口を開いた。
「はっ、この私が泣くわけがないだろう、この魔王エルバディオス・フェレスカーン、人間風情に情けをかけるほど甘くは無いぞ、それよりも、一つ気になる事があるのだが」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます