第5話 うさぎっぽくて可愛い
鎌瀬は轟沈し、先生はまた他の子たちに絵本を読み聞かせる。そして、朝俊たちはお互いに自己紹介をしていた。
「僕は朝早朝俊だよ」
「私は東雲花憐、よろしくね」
続いて小柄な飛行機幼女は、
「あたしは日宮雛実(ひのみやひなみ)だよ♪」
「オレは夜神悟理だ。おい、美涼も自己紹介をするんだ」
悟理に肩を叩かれると、美涼はおずおずと、ためらいがちに、
「えっと、月城美涼……だよ」
それだけ言って、美涼は悟理の幼稚園服の裾をきゅっと握った。
まだ出会って間もないが、悟理が一番頼れると、美涼は本能的に理解しているのだ。
「それにしてもひどいよね。髪が白いから帰れなんて」
「ほんとだね」
花憐は御立腹で、朝俊は頷いた。
「あたしはその白い髪と赤い目、変わってておもしろいと思うんだけどなぁ♪」
小柄な雛実が、背の高い美涼の胸元に抱きつく。
うつむいていた美涼と見上げる雛実、二人の視線がかちあった。
「はわっ!?」
美涼は驚き、慌てて一歩下がった。
「そうだよね、私もきれいだと思うよ」
花憐も笑顔を見せると、美涼は戸惑いながら視線を逸らした。
猫背になって身をかがめる美涼の姿に、朝俊はウサギ小屋のウサギを思い出す。
「同じ白い毛と赤い目でもウサギは人気なのにね」
「ウサギ?」
朝俊の言葉に、美涼は不思議そうに小首を傾げる。美涼は悟理の横顔へと視線を上げた。
「さっき、悟理くんも言っていたよね? ウサギみたいだって。でも、ウサギって茶色じゃないの?」
「ん、美涼はウサギ小屋のウサギを見なかったのか?」
悟理に問われると、美涼は照れながら頬をかいた。
「その、わたしずっとうつむいていたから、幼稚園のなか、ちゃんとみていないの」
「そうか、じゃあ美涼、今度一緒に――」
「行こうよウサギ小屋」
悟理の言葉を遮って、朝俊が『今すぐに』と提案する。
「そんでさ、ここにウサギを連れて来るんだよ。美涼がウサギを抱いているのを見たらさ、きっとみんな美涼をウサギみたいでかわいいって思うよ」
先生は、トイレ以外で外に出てはいけないと言っている。そのせいか、悟理と美涼は言葉に困る。でも花憐と雛実は違う。
「いいねそれ。朝俊あったまいい♪」
「じゃあミッションスタートだね♪ 早くいこ♪」
雛実を先頭に、花憐、朝俊、悟理、美涼がぞろぞろと教室のドアをくぐる。すると、トイレから戻って来たひとりの男の子と鉢合わせした。それは朝、美涼と同じくらい幼稚園を怖がって、母親に無理矢理引っ張られていた小柄な男の子だった。
「あれ? みんなどこに行くの? お外にはいっちゃだめって先生がいっていたよ」
花憐が即答。
「みんなでウサギ小屋に行くんだよ。君も来るなら早くして、置いていっちゃうんだから」
「え?」
置いていく。そのワードに反応して、男の子は急に慌てだす。
「まま、まって、ぼくもいくよぉ」
こうして、また新しい仲間が増えたのだった。
◆
男の子の名前は昼原直樹(ひるばらなおき)。雛実(ひなみ)のように体が小さく、美涼のように気の小さい男の子だ。
幼馴染の朝早朝俊と東雲花憐は、小柄で内気な昼原直樹と小柄で元気な日宮雛実、背が高くてクールな夜神悟理、背が高くて臆病な月城美涼と、かなりバラエティに富んだメンバーと一緒に脱走。
だが、迷わずウサギ小屋に行くと、さっそくミッションは暗礁に乗り上げてしまう。
当然と言えば当然だが、ウサギ小屋にはカギがかかっていた。
小さくてチャチなものだが、一応は南京錠だ。
花憐がガチャガチャと力任せにいじって、朝俊は周りに何か使えるものはないかと 探す。雛実はみんなに任せッきりで、金網越しに可愛いウサギを眺めてニコニコ笑顔だ。
直樹と美涼は、勝手に外に出てもいいのだろうかと、何度も園舎のほうを振り返る。
「う~ん、カギがないとダメね。こうなったら先生たちの部屋からカギを盗むしかないわ」
南京錠から手を離すと、花憐はいかにも悪だくみをしていそうな顔でアゴに指を添えた。そのあいだに、悟理が南京錠を両手で上下に引っ張る。
バキンッ と鋭利な音を立てて、南京錠は千切れた。
悟理の手の上では、Uの字部分が飴のように千切れ曲がった南京錠が御臨終だった。
「あ、開いたんだ、じゃあみんな入ろ」
三歳の花憐は深く考えず、みんなを引きつれてウサギ小屋に入る。悟理だけが目を丸くしたまま固まる。表情筋を微動だにさせず、悟理は一瞬で思考を巡らせた。
結果、ポケットティッシュで南京錠の指紋をふき取り、地面に落として土をまぶし、草むらへと蹴り飛ばして証拠を隠滅した。
表情はクールさを保つが、悟理の心臓はバックバクのドッキドキだった。
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