第4話 いじめっこ撃沈
幼稚園のなかに入ると、保護者は別室で入園式の説明を受けていた。同じ頃、園児たちは四人の先生に連れられて園内の探検だ。
水飲み場、トイレ、広場に行って、渡り廊下から外に出るとグラウンドの遊具場を探検して、最後にウサギ小屋の前を通った。
三歳児たちは誰もかれもが、ふわふわのウサギを『可愛い』と大絶賛した。
「見て見て朝俊、ウサギ可愛いね♪」
「うん、可愛いね」
花憐と同じ気持ちを共有する朝俊。対して、悟理はクールな表情でウサギを眺めながら、右手が震えるのを感じた。視線を落とすと、悟理が握っている美涼の手が震えている。
美涼はうつむいたまま、周囲を警戒するようにうかがっている。
――こいつは何がそんなに不安なんだ?
美涼の気持ちを理解できないまま、悟理はウサギ小屋のウサギと、美涼を見比べる。
そのとき、さっきの飛行機幼女が、ウサギ小屋の金網を容赦なく叩きはじめる。
「ウサちゃんおいでおいでぇ♪ ほらおいでぇ♪」
金網の騒音に、ウサギがびっくりして逃げて行く。同じように、妙に小柄な男の子も驚いて、先生のうしろに隠れてしまった。
飛行機幼女を中心に、みんなはウサギをなでたがるが先生に却下されてしまう。幼女たちがぶーぶー文句を言うなか、悟理は気にせずウサギと美涼を見比べていた。
白い毛に赤い瞳、背中をまるめて小さくなっている姿を見て思う。
――やっぱりこいつ、ウサギみたいなやつだな。
ウサギをなでたがるみんなを尻目に、ふと、悟理の左手が自然と美涼の頭をなでた。
「?」
頭に伝わる、温かくてしびれるような感触。美涼は悟理を見上げて、小首をかしげた。
「ど、どうしたの?」
美涼の頭をなでながら、悟理は無表情に答える。
「代替品」
「だいたい……え?」
◆
幼稚園内の探検が終わると、園児たちはそれぞれの教室へと案内される。
いま、教室では優しそうな女の先生が、みんなの前で手を叩いて注目を集める。
「はーい、じゃあみんな入園式がはじまるまでこのお部屋で遊ぼうねぇ。トイレ以外でお外に出ちゃだめだよー♪」
『はーい♫』
教室には遊ぶためのオモチャがたくさんあって、みんなそれぞれ勝手に遊びはじめる。
運よく、朝俊と花憐は同じペンギン組だった。
花憐は朝俊の手を握ると、教室の一角へと引いた。
「朝俊、あっちにミニカーがあるよ、行こ♪」
「うん」
花憐は女の子だが、意外にもミニカーなど男の子向けのオモチャが好きだった。だからこそ、朝俊と花憐は仲良くなれたのかもしれない。
でも、ミニカーで遊ぶ前に、朝俊と花憐はとある声を耳にしてしまう。
◆
美涼は、三人の幼女に詰め寄られて、うつむいていた。
「ねぇ、なんであんたの髪、白いの?」
「ほんとだ、へんなの」
「へぇんっ、おばあちゃんみたーい」
美涼は泣きそうだった。頼みの綱の悟理はトイレに行ってしまっている。戻ったらショーギというものを教えてくれるらしいが、そのあいだにこのざまだ。
「あ、あたしその人形好きなんだよね、貸して」
幼女のひとりがそう言って、美涼が遊ぼうとしていた人形をぶんどる。美涼は何か言いたそうにするも、三人の幼女は笑いながら立ち去った。幼女たちと交代するように新キャラ登場。今度はひとりの男の子、鎌瀬犬由が、待っていましたとばかりに美涼を指差した。
「うちのばあちゃんだってまだ少し黒いのあるぜ。ここはババアが来るところじゃないんだよ。早く帰れよお前」
帰れ。その一言で、美涼は胸がキンキンと痛くなって、下唇を噛んだ。
だから家に帰りたかったのに、なんでこんな所に来てしまったんだろう。そんな気持ちで美涼の胸が張り裂けそうになる。
先生は他の子に絵本を読んであげているので、美涼のピンチには気づかなかった。
「おらどうしたんだよ帰れよほら、ほらほらほら、ほ――」
言い知れぬ重圧が鎌瀬犬由の言葉を遮る。鎌瀬はゆっくりと振り返った。ランドセルを背負えそうな少年が鎌瀬を見下ろしている。
デビュー初日の不良なら一発で焼き殺せそうな眼光を滾らせ、その少年、夜神悟理は氷のような声音で鎌瀬に追求した。
「おいお前、美涼に何か用か?」
「ひぎッ!?」
この瞬間、鎌瀬の心は折れた。と、同時に頭で理解する。こいつを怒らせてはいけないと。コンマ一秒後、豪速球がしたたかに鎌瀬のこめかみを打ち抜いた。
「女の子をいじめるなんてサイテー!」
キャッチボール用のボールを投げたのは、花憐だった。その横では、朝俊が『やりすぎじゃあ』とばかりに目が点だ。
汚い悲鳴を上げ、ゴキブリのようにひっくりかえる鎌瀬。心はもう折れているのにまさかのトドメ。折れた心が砕け散った鎌瀬はしばらくのあいだ何もできなかった。ようやく保身のために謝ろうとして、あらたな幼女が声を上げる。
「うわー、女の子をいじめたあげく謝りもしないなんてサイテー! みんなー、ここにいるのは女の敵だから近づいちゃだめだよー!」
朝、美涼の横を飛行機のマネをしながら通り過ぎた、あの小柄過ぎる飛行機幼女だった。
周囲の幼女たちは、途端にひそひそ話をはじめる。
「聞いた? あいつ女の子をいじめたらしいよ」
「ひど、あたしあいつきらい」
「それで謝りもしないなんてしんじられない。あいつには近よらないようにしよ」
ようやく騒ぎを聞きつけた女の先生も、困った顔で鎌瀬を見下ろした。
「お友達をいじめちゃだめだよ犬由くん。みんな仲良くしないと」
「…………………………はい」
悟理に睨まれて、鎌瀬の心は折れていた。なのに花憐にぶたれて、鎌瀬の心は砕け散っていた。それで謝ろうとしたのに、謝りもしない男としてクラス中に認知されてしまった。
鎌瀬犬由。保育園時代は男子たちの中心人物として威張り散らしていたガキ大将である。
が、この日のショックから立ち直るのに一週間もかかり、五日連続でおねしょをするという黒歴史を刻むこととなる。
「おれは……おれは……」
鎌瀬は体育座りになり、ひとりで壊れた人形のように呻き続けた。
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