明るく健全で楽しい推し活の日々 ~でもだからってそれはないっ!!

藤瀬京祥

月嶋律弥に告ぐ

「ねぇ文彦ふみひここれ・・はなんだと思う?」


 友人の月嶋つきしま律弥おとやにそう尋ねられた木嶋きしま文彦ふみひこは返事に困る。

 もちろんこれ・・の正体がわからないわけではない。

 むしろわかっているから困っているのである。

 だが万が一にも違っている可能性もあり、そういう意味でも返事に困っていた。


「ちょっと文彦、聞いてる?」

「……聞いてる……」


 この先の律弥の行動を予想し、困惑しきりに沈黙を守る文彦に容赦なく返事を催促してくる律弥。

 文彦はやむなく、それこそともすれば聞き逃してしまいそうなほど小さな声で答える。

 だが本当に、校内の喧噪に文彦の声はかき消されてしまったらしく律弥には聞こえなかったらしい。

 再度 「ねぇ文彦ってば」 とやや苛ついたように催促してくる。


「聞いてる」


 改めて先程より大きな声で答える文彦。

 それでも朝の校内は賑やかで……もちろん騒音もあった。

 さらには文彦が答える声に被せるように、通りかかった同級の女子生徒が 「律弥君、おはよう」 と挨拶をしていったのである。

 律弥は爽やかな笑みを浮かべながら 「おはよう」 と挨拶を返していて文彦の返事を聞いていなかったくせに、身勝手に文彦を責めてくる。


「ふっ! みっ! ひっ! こっ!」


 業を煮やした律弥は乱暴に文彦の耳を引っ張り、口を寄せて声を上げる。

 その声の大きさに怯む文彦の様子に、同級生たちがクスクス笑いながら通り過ぎてゆく。

 放課後の下駄箱と違い、朝の下駄箱は人気が多い。

 その中でも二人は背が高く目立つため、男女問わず視線を集めていたからとにかく文彦は恥ずかしい。


「だから聞いてるってば」


(もう……朝からなんなんだよ、律弥の奴……)


 半ば自棄になって答えると、思わず溜息を吐く。

 律弥が尋ねる 「これ」 は二人の視線の先にある。

 すでに靴を履き替え終えた二人は上靴を履いているが、二人の前にはまだ下駄箱がある。

 だがそこは二人が所属する1年1組の下駄箱ではなく1年2組の下駄箱。

 さらにはピンポイントで律弥が見ているのは彼の双子の妹、月嶋つきしま琴乃ことのの靴箱である。

 どうやら彼女はまだ登校していないらしく、上履きの入ったそこには他にも入っている物があった。

 先程から律弥が連呼している 「これ」 である。


 恋文ラブレター


 SNSで簡単に連絡がとれるようになった昨今、文彦たちに手紙なんて書く習慣はない。

 ないのだが、時折こうやって琴乃の靴箱には手紙が入っていることがあった。

 そして登校してきた時はいつもどおりだった律弥が、それを見つけたとたんに表情を変えたのである。


「ねぇ文彦、これ・・はなんだと思う?」


 ただ文彦や律弥の勘違いということもある。

 だから文彦は明言を避け続けたのである。

 内容も読まずに決めつけるのは悪い。

 かといってこれ・・は月嶋琴乃宛の手紙であって、いくら幼なじみとはいえ文彦はもちろん、双子の兄弟である律弥だって勝手に封を切ることは許されない。

 それどころか手に取ることも許されず、内容を確かめることは出来ない。


 だが双子の月嶋兄弟と幼なじみの文彦には、この先に律弥がとる行動がわかっていた。

 わかっていたから余計に明言を避け続けたのである。

 十中八九、これ・・恋文ラブレターだ。

 そのこともわかっている。

 わかっているのだが認めたくはなかった。


(琴乃の野郎、なに呑気に寝坊してんだよっ?

 さっさと来いよ!!)


 男女の二卵性双生児とはいえ律弥と琴乃はよく似ている。

 琴乃の長く伸ばした黒髪が艶々のストレートに対し、少し伸ばし気味にしている律弥の黒髪は軽い天然パーマ。

 その程度の違いはあれど、月嶋家の遺伝らしい切れ長の目は二人の兄姉、箏矢そうや楽緒ささおともそっくり。

 整った顔立ちに、切れ長の目をさらに細めながらも涼やかな表情を浮かべる律弥だが、そのうちにどす黒い感情を秘めていることを文彦は知っている。

 そんな彼の行動を止めるには、この手紙の正当な受取人である月嶋琴乃の登場が望ましい。

 彼女がこの手紙を回収すればこの状況は平穏に収束を見るはず。

 そう考える文彦は琴乃の登校を待つが、未だかつて彼女がこの状況に登校してきたことはない。

 なぜかこういう時に限って彼女は寝坊するのである。


(あいつ、わざとかっ?

 わざと寝坊してるのかっ?)


 手紙を見る律弥の目がますます細くなるのを見て焦る文彦だが、偶然も奇跡も起こることはなく、事態は最悪の終幕を迎える。

 ついには律弥が靴箱に手を突っ込み、手紙を取り出したのである。


「あ……名前書いてやがらねぇ……」


 封筒の裏と表を確かめた律弥の低いつぶやきに、文彦は差出人に同情する。


(書かねぇよな、誰に見られるかわかったもんじゃないのに。

 ってかお前が見るの、みんな知ってんだよ!)


「まぁいいや。

 中見て確かめるウザいし」


 そういった律弥は文彦が予想していたとおりの行動をとる。

 熱烈に書き綴ったらしい恋文ラブレターはそれなりに厚さがあったにもかかわらず、律弥は無情にも破り捨てたのである。

 しかも真っ二つに破くだけでなく、何度も何度も破り、最後は紙吹雪にして散らす。


「律弥、おーまーえー!!

 毎回毎回なにやってんだよっ?!」

「なにって、俺なりの推し活?」


 それまで内面でとぐろを巻いていたどす黒いものは紙吹雪と一緒に散らしてしまったのか、爽やかな笑みを浮かべて答える律弥。

 その笑みに男女問わず魅了されるが、幼なじみである文彦には通じない。


「琴ちゃんは俺の一推しだからね。

 堂々と名前も書けないようなチキンを近づけるわけないだろう」


 それこそ手紙なんて姑息な手段をとらず、正々堂々と告白ぐらいやってみろと言い捨てる始末。

 だが文彦は手紙を姑息な手段とは思わないし正々堂々だけが告白ではないと考える。

 幸か不幸か未だ告白を考える状況になったこともないけれど……いや、むしろ初恋もまだという状況に、行動に出た差出人に拍手を贈りたいほど。


「この……シスコンがぁ……。

 いい加減にしないと、琴乃にバレたら嫌われるぞ。

 お前、推し活の意味間違えてるし!

 絶対間違えてるし!!」

「考え方は人それぞれだよ。

 だから、これが俺の推し活の仕方」


 声を荒らげて否定かつ更生を試みる文彦だか、律弥は聞く耳を持たず。

 それどころか歪んだ持論をさも当然とばかりに展開してくる。

 それこそその持論が世の常識のように……。


「……前から思ってたけど、律弥、お前の闇、ちょっと深すぎじゃね?」

「そうかな?

 あぁでも俺、琴ちゃんと同じくらい一推しがもう一人いるんだよ」

「は?」

「一推しと一推しがくっついたら、こんな幸せなことないよね」

「ちょっと待て律弥、なんの話だよ?」

「さぁ~なんの話だろうねぇ~」

「ちょ! 待てよ律弥!

 お前、他にも犠牲者を出すつもりかっ?!」


 鼻歌を歌うようにそういった律弥は踵を返し、自分の教室へと足を向けて歩き出す。

 慌ててそのあとを追いかけた文彦が、律弥の野望に気づくのはまだまだ先の話である。


                                  ー了ー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

明るく健全で楽しい推し活の日々 ~でもだからってそれはないっ!! 藤瀬京祥 @syo-getu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ