あなたはそこにいますか?

一繋

あなたはそこにいますか?

【後悔しない推し活のために!】


 こんな安いキャッチコピーを掲げたサービスが、経営の傾いた探偵事務所を再生させたのだから、商売というのは本当にわからない。


「海○ア○カさんですが、実在しないことが確認されました」


 もともとこのサービスは「人探し」の要領で始めたもので、「中の人」が実在するか知りたいというニーズを想定して始めた。


「おおっそうですか。いやぁ


 だが、蓋を開けてみれば、依頼は「不在証明」が大半を占めている。


 初めのうちこそ「恐ろしい世の中になったものだ」と社会の変化を憂いてみたが、よくよく思い出してみれば、俺が学生の時分から「中の人」を必要としない人種はいた。「三次元はクソ、二次元こそ至高」という言葉を何度聞いたことだろう。


 現在の配信文化は、アニメキャラと声優の関係性に近しい。オタクが先進的な感覚を持っていただけで、技術が追いつけば、人は遅かれ早かれこの文化を受け入れた。そう考えると、薄ら寒い心地になる。


「助かりましたよ。スポンサードを検討している配信者さんが強いこだわりをお持ちでして。どうしても『中の人』については明かしたくないと」


「やはり御社も『人』は推せないわけですね」


「ええ、リスクマネジメントというやつです。『AI』の配信者にしか出資が認められていないんですよ」


 AIには、炎上や不祥事のリスクがない。幻想はいつまでも裏切られず、ファンをグッズを叩き割る心配をせずに推せる。


 しかも、AIには給料も休みも必要ない。サンプルの声を入力し、志向性のパターンさえ用意すれば、AIは勝手に学習を重ねて配信を行ってくれる。必死にネタを考え、編集を行う人間の配信者たちは、次々とAIに仕事を奪われていった。


「AIが文学賞で入選した」というニュースからつかの間。気がつけばAIは、「中の人」の有無を判別できないほどのクオリティに到達した。AIと人間の配信を見分けるために、泥臭く足で確認する探偵にお鉢が回ってくるのだから皮肉なものだ。




 「不在証明」の仕事は懐を暖めてくれる一方、空しさが付きまとう。クライアントが帰った後は、いつの間にか屋上で一服するのがルーティンとなっていた。


 床のタイルは剥がれ、コンクリートがむき出しになった雑居ビルの屋上。仕事を終えて、このくたびれた風景を見る度に、いい年になっても中央線沿いのライブハウスで弾き語りを続ける友人を思い出す。


 あるとき、打ち込みで簡単に曲を作れるのに、なぜわざわざギターを弾くのかと尋ねた。


「バンドで鳴らす音ってのは、曖昧なんだ。例えば、DTMで『ド』を鳴らせば、それは100%正しい『ド』が出力される。だが、ギターで『ド』を鳴らそうとしても、周波数のうえでは限りなく『ド』に近い音にしかならない。チューニングが合っていない、指に力を込めすぎている……そんな様々な要因が重なって、完全な『ド』は鳴らないんだ」


 酔いが回って見当外れの答えになっていると呆れていると、話は続いた。


「一つの音階ですら、そんな有様だ。ギター・ドラム・ベースでいっせーのせで音を出せば、二度として同じ曲は弾けないんだよ」


 友人は何度かこの話をしたことがあったのだろう。オチまでしっかりと用意していた。


「そんな曖昧なものを愛してやまないのが、ロックなのさ」


 人間は偶像としてはあまりにも不完全だ。年を取るし、結婚もする。性格に難があるかもしれない。幻滅する要素でありふれている。


 そんな曖昧な存在を推すのは、もはやロックなのだろうか。


 「ロックは死んだ」という名言は、こんな世界を予想していただろうか。

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