第三赦喪事 災厄

第三赦喪事だいさんしゃもじ 災厄さいやく


 俺は母さんのいる部屋へと近づいた。不安で手や足が少し汗ばんでいるのがわかる。


優一郎「おい、母さん! いるなら返事ぐらいしろよ!」


 相変わらず返事はない。


優一郎「ったく、まだ怒ってるのかよ! いい加減にしてくれよ!」


 何度呼びかけても返事はないままだ。俺は思い切って部屋のドアを開けることにした。しかし、ドアノブを握りしめて部屋を開けようとした瞬間、また違和感を感じた。それも未知の恐怖が入り混じった違和感だ。


 確かにそこに母さんがいる気配はする。だが、何かが違う。母親の服を着た別の誰か、いや人間ではない別の何かといっても過言ではない。そんな違和感が急に俺を襲ったのだ。


 そして次の瞬間、その違和感は恐怖へと変わった。



 勇気をふりしぼって恐る恐るゆっくりとドアを開けると、そこにいたのは人間ではなかった。母親の服を着た別の何かだった。


 俺は「そいつ」をよく知っている。


 洋服店に飾られている、木の板で出来たマネキンのような姿だった。厚みは1㎝くらい。「そいつ」が母さんがいつも着ている服を着て、座っているのだ。「そいつ」は俺の方へと身体を傾けて、ゆっくりと立ち上がった。


 あまりの恐怖に俺はしばらく硬直したまま「そいつ」と向き合っていた。目を少しだけ上の方へやると、何やら黒い文字が「そいつ」の頭の上に浮かんでいるのが見えた。



「見つけた…、人間だ………!」



 そんな風に真っ黒なおどろおどろしい書体の文字が「そいつ」の頭の上に浮かんでいる。「そいつ」は一言も喋らないものの、言語や感情を文字にして発することはできるようだ。


 そして「そいつ」は、身体を「カタカタ」と小刻みに震わせながら両手を上にあげた。身体の震えは段々と大きくなってゆく。身体を小刻みに震わせる時の「カタカタ」という音も、黒い文字で現れている。


 味わったことのない恐怖に腰を抜かし思わず床に倒れたが、俺は必死にその場から逃げた。だが、「そいつ」も両手をバタバタ震わせて、「ドドドン、ドドドン」と洋太鼓のような足音を立てながら追いかけてくる。

 そして何故か洋太鼓のような足音とともに、「ドドドン、ドドドン」という黒い文字もついて来る。


 父さんが出勤するのはいつも午前9時頃。俺は助けを求めて一目散に父さんの部屋へ駆け込んだ。


優一郎「父さん、母さんの部屋に変なヤツがっ!?」


 だが、そこにいたのも父親の服を着た別の何か、「そいつ」だった。「そいつ」は丁度スーツに着替えたばかりのようだった。「そいつ」がネクタイを締めながらゆっくりと身体をこちらに向けた。



「変なヤツは…、お前の方ジャないかなアァァァァァァ………? アーーーアッアッアッア………!」



 黒い文字が浮かび上がる。


 「そいつ」もまたさっきと同じように、体を小刻みに震わせながら両手を上げバタバタと震わせて、「ドドドン、ドドドン」と洋太鼓のような足音を鳴らして追いかけてくる。


 何がどうなっているのかさっぱりわからない。ここはどこで「そいつ」らは一体何者だ? 俺は困惑しながらも必死に逃げて家を出た。そして、頭の中でこう名付けた。


 全身木の板で出来た身体にしゃもじのような形をした頭。そう、「そいつ」らは「しゃもじ人間にんげん」だ。


 その日もいつもと同じ朝を過ごして学校へ行くはずだった。そう、「そいつ」らに遭うまでは………。

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