推しごとがしたい就活生と推される面接官

砂塔ろうか

推しごとがしたい就活生と推される面接官

「——本日はお時間を割いていただき、ありがとうございました。結果については後日連絡を差し上げます」


 就活生がオンライン会議ツールのルームから退室したのを確認して、男は眼鏡を外し一息つく。

 切れ長の瞳をした、怜悧な印象を与える男である。会社が私服勤務を認めていることをアピールするため、服装はあえてラフなものを着用しているが——所作の一つ一つが、その整った顔立ちが、空気感を引き締める。……というより、弛緩することを許さない。

 男は飲み物を一口、嚥下してPCに表示される時刻を確認した。


(……次の面接は……10分後か。先程の面接が予定よりも長引いてしまったからな……)


 思い、手元のメモを見返しながら先刻面接したばかりの就活生の名前の横に「不」の一字を書いた。


(企業理念への理解、技術レベル、いずれも水準に達していた。熱意もあるようだった。……だが、聞き手のことを考えず、自分のことばかりまくし立てるのは、いただけない。コミュニケーション能力に問題があるとまでは言わないが、あれは普段、「人間と会話をしない」人間の話し方だった。そういう会話慣れしていない人間のサポートを勤務時間内にできるほど、我が社は暇じゃない)


 メモの下の方に、不採用の理由を書きつらねる。第三者が見ても納得のいく理由になっているかと、自問自答しながら。

 男は——新卒面接とは戦いであると考えていた。あるいは、殺し合いと言い換えてもいい。多くの場合において、新卒採用の機会は会社ごとに一人一度きりのものだ。制度の問題としてではなく、実態として、一度落ちた会社の新卒採用に同じ年度内にエントリーすることは——あくまで男の経験上だが——そう多くない。

 一部のレアケースを除き、新卒面接で落選の通知を受け取った就活生の顔を再び見ることなどないのだ。

 ゆえに、落選通知という刃で「切って捨てた」就活生に対する感覚は文字通り、切って捨てたも同然である。彼岸じぶんのしらないところでよろしくやっていようといまいと、此岸じぶんのしかいに入らない限り、彼らは死んだも同然である。


 ——面接開始時間の5分前になった。男はあらかじめ用意しておいたルームのURLをクリックし、アクセスする。そうして準備を進めるうち、入室許可を求める通知が来た。次の就活生がリンクを踏んで、ルームへのアクセスを試みているのだ。


 入室許可を出す。ほどなくして、相手の顔が見えた。

 男は堅苦しい雰囲気を可能な限り打ち消そうとして、意識して朗らかな表情を作る。


「こんにちは。こちらの音声・映像、問題なく届いておりますでしょうか——っ」


 男の作り上げた仮面が、一瞬にして剥がれる音がした。


「こんにちは! 本日はよろしくお願いしまーす!」


 ひとなつっこい笑みを浮かべ、こちらに向けて手を振る童顔の女性。それは、面接の場ですでに2度——今回で3度目になる——見た顔だった。


「また面接官がオトさんで嬉しいです! あ、音声・映像ともに問題ありません!」


「…………え、ええ。どうも。推駆おしかけさん。前も言いましたが、その、ここは面接の場であってライブ会場ではないのですから、サイリウムはしまって下さい。そしてどうか、私のことはオトさんではなく落司おとしと」


「すみません。1回はそうしないとなんだか、自分の魂を裏切ったような気持ちになって……」


 ——推駆支おしかけささえに、いつも通りに苦言を呈して、落司は内心、溜息をこぼす。手元のメモに「公私混同」の四字を書きつつ——


「では、面接を開始します。以前も伺ったことばかりになるかとは思いますが、よろしくお願いいたします」


 面接の相手として、推駆は間違いなく「困った人」の部類にカテゴライズできるだろう。場を弁えないような振舞い、妙に高いテンション、時々怪しくなる目つき……本人は抑えているつもりなのかもしれないが、抑え切れない「何か」が全身から滲み出ており、カメラ越しでも伝わってくる。


 極めて原始的な感情で表現するなら——落司は、恐怖していた。


 自分を落とした相手と面接をすることになったというのに喜び、何度でも選考を申し込んでくる。それも自分目当てに。

 本音を言えば、書類選考の担当者に「彼女はもう面接段階に通さないでくれ」と言いたいくらいだ。


 だが、同時に落司は、そんな彼女を落とすべきではないのかもしれない、とも感じはじめていた。


(また受け答えを改善してきたな……言っていることの大意は同じだが、表現が、順序が、そしてジェスチャーが、以前よりも良くなっている。エピソードもしっかりと練られている。こちらの落選の理由をしっかりと分析し、こちらの質問意図を以前よりも高い精度で汲み取れるようになっている……)


 つまり「成長」している。


 それに、彼女には仕事への高いモチベーションがある。落司が志望動機を尋ねると、推駆はいつもと変わらぬきらきらとした顔で告げた。


「御社に入社して、オトさんのお仕事をお側で支えたいからです!」


 はじめは、笑えない冗談だと思っていた。ふざけているのだと。

 だが、こうも見せつけられては、見せつけられ続けては理解せざるを得ない。彼女は本気なのだと。


「…………つまり、人事業務を志望していると? この面接はエンジニア志望ですが」

「いえ、オトさ……落司さんは元々エンジニア部署に在籍していたと伺ったので。是非ともエンジニアとして採用していただきたいんです。そして私は、あなたのように働きたい。落司さんのインタビュー記事、エンジニア時代の執筆記事……それらすべてを拝読いたしました。カンファレンスでの登壇動画や勉強会での記録映像も。すべて。それらから伝わる落司さんの姿勢に私は感銘を受けました……」


 推駆は淀みなく語る。エンジニア職を強く志望するに至った経緯を。落司のどんなところに、どのように感銘を受けたのかを。そして、自分がどうなりたいのかを。


(私を支えたい、などとは言うがそれとは無関係に自分自身の目指すキャリアパスを10年先、20年先を見据えて構築している……前回の落選理由を真剣に検討した結果だろう。決して受け身なわけではないらしい)


 あまりに真っ直ぐな推駆の話を、落司は少しの気恥ずかしさを覚えながら聞いていた。


「こほん。あなたの熱意は非情によく伝わりました。……これは以前は伺わなかったことだったと思いますが、推駆さん。あなたが私に、そうまで熱意を向ける理由……いえ、きっかけはなんですか?」


 ふと、「そういえばまだ聞いていなかったな」と思った。それだけの、軽い気持ちだった。しかし、画面に写る推駆はわずかに固まった。

 ——通信に問題が発生したのか? 落司は一瞬、その可能性を疑った。これまで淀みなく話していた彼女が質問の答えに詰まるなどとは、思いもしなかったからだ。


 わずかな間を置いて、推駆は訥々と語りはじめた。


「……きっかけは、この面接でした。私は面接の場で落司さんにお会いして、その実直な雰囲気、そして私を誰よりも……母よりも父よりも姉よりも……まっすぐに見てくれる、その姿に感動しました。

 当時の私は、上手くいかない就職活動、こちらを不躾に、点数つけて見てくる多くの面接担当者、そうした経験により心が荒んでいました。……昔から人の顔色を窺うのは得意でした。なんとなく、分かるんです。どういうつもりで、こちらを見ているのかは。

 一日に何人も見ないといけないわけですから、そういう風になってしまうのは仕方ない……そう、自分に言い聞かせていました。

 だから、落司さんの面接を受けた時は衝撃的でした。まさか、こんなに私をまっすぐに見てくれる人がいたなんて——と。私の話をしっかりと聞いてくれて、私自身も気付いていなかった私を見つけてくれる人に会ったのは、はじめてですから。

 それで、私は落司さんに興味を持って、この人のことをもっと知りたいと、そう思うようになったんです。そうしたら、素はちょっと堅苦しい感じの人なのに登壇するときとかは緩い雰囲気を作ってることとか、自分の夢を叶えるためにひたむきな努力をしてきたこととか、今に至るまで、色々な苦労をなさってきたこととか、意外とかわいいものが好きとか、そういうことが分かってきて……気がついたら、落司さんが推しになっていました」

「…………そう、でしたか」


 孫子に曰く、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」。

 採用面接の場において、知るべき己は自分自身、そして敵とは企業である。

 ——だが、彼女は、推駆は面接担当者を知った。

 就活生を見る側が、就活生に見られていた。

 落司はささやかな達成感を覚えた。報われた、とすら思った。

 滲み出るものを堪え、落司は礼をする。


「ありがとうございます」


 多くの就活生にとって、面接担当者などは就職の踏み台に過ぎない。少なくとも落司はそのように感じていたし、それで良いと思っていた。会社のことを、そして自分の志向をきちんと理解しているのであれば、それで。

 でも、推駆は違ったのだ。面接担当者を——彼女の話から察するに、それが誰であっても——見ている。そんな就活生がいるという事実が、落司の心にささやかな希望となって灼きつく。


 だが、まだ面接は終わっていない。落司は気を取り直して、質問を続けた。推駆は調子を取り戻し、はきはきと話す。そうして、毎回変わる逆質問の内容が今回も違ったことに感心して、面接は終了した。


 推駆が退室したのを確認して、落司は退出ボタンを押した。


 手元のメモ用紙。「推駆支」の名前の横に落司は一字書く。


「……キャリアパスを練ってきたのは安心できるが、俺が転職したときどう動くかわからんしな。残念だが……」


 「不」の一字を。


(了)

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