第8話

凛「あれ、また弘毅くんじゃない?」


弘毅「また? 何で俺ばっかり……」


忍「ちゃんと読んでね?」


弘毅「分かってるよ。読めばいいんだろ……。あ、さっきと同じ人だ。ええと……『またK.I.さんとはいろいろお話ししたいです。確か最後にお会いしたのは、去年の1月14日の京都でしたよね。祝日だったのでよく覚えてます。思ってたよりお若くて驚きました』」


秀人「お前その人と会ってんのかよ!」


凛「オフ会ってやつ?」


弘毅「いや、これはオフ会とかじゃなくて——」


桐江「オフ会じゃなくて、何?」


弘毅「その……イベント? みたいな」


琴子「イベントって、何の?」


弘毅「それはその……AV女優さんの」


秀人「いやお前AV女優のイベント行ってんのかよ!」


凛「しかもわざわざ京都まで」


健志「めちゃくちゃ映像作品以上として観てんじゃん!」


弘毅「いや、俺は女優さんを心から尊敬してるから、だったら会いたくなるじゃん!」


桐江「まあ、その気持ちは分からんでもないけど」


忍「まあそれはいいんだけどさ、それよりも私は気になることがあるんだけど」


弘毅「え? ……何?」


忍「そのイベント、いつって言ってたっけ?」


弘毅「えっと……それは……」


秀人「去年の1月14日だろ? あれ? それって……」


忍「その日って、高校の同窓会の日じゃなかった?」


健志「あ、そうだ! 成人式と同じ日だったから、俺も覚えてる!」


琴子「あれ? でもその日って、弘毅くん熱出して寝てたんじゃ——」


秀人「そうだ! あれ? てことは……」


忍「わざわざ熱出たって嘘ついて同窓会サボってまで、京都のAV女優に会いに行ってたんだ」


弘毅「(苦い顔)……」


凛「すごい執念……」


弘毅「もうやめてくれよ! これ以上俺の秘密を暴かないでくれよ!」


秀人「(笑いながら)ごめんごめん。もう言わないから」


桐江「でも、元を正せばみんなに隠してた弘毅が悪いんでしょ? 最初から公言してれば、こんなことにならなかったんだから」


弘毅「いやだって——」


忍「確かに、桐江の言う通りだね」


弘毅「ええ……」


健志「まあまあ、元気出せよ」


弘毅「よし、決めた」


秀人「な、何だよ?」


弘毅「俺だけこんなに秘密がバレるのは恥ずかしいし、不公平だ。今から全員、みんなに隠してることを一個ずつ発表していこう!」


秀人「何でそうなるんだよ!」


凛「弘毅くん、それはちょっと……」


桐江「そんなことしたら、このゲームをやってる意味がないじゃない」


弘毅「ゲームの意味なんか知らん!」


琴子「いつも冷静な弘毅くんが……」


忍「完全に壊れたね」


弘毅「じゃあ秀人からな!」


秀人「何で俺なんだよ!」


弘毅「お前今日トイレに閉じ込められた吉岡と電話してただけだろ! そんなの不公平だろ! ほら早く!」


秀人「そんなめちゃくちゃな——」


  と、スマホの着信音が鳴る


秀人「あ、ほら、凛に電話が——」


弘毅「そんなの後でいい! 先に秀人が秘密を話せ!」


秀人「ええ……」


桐江「それは駄目。スマホが鳴ったら、何をおいてもゲームの進行を優先する。そういうルールだから」


弘毅「(不満げに)……分かったよ。(凛に)ほら、早く出てあげて」


凛「う、うん。あ、またお母さからだ」


  凛、電話に出てスピーカーフォンにし、スマホをテーブルに置く


凛「もしもし、お母さん?」


凛の母の声「あ、もしもし。ごめんね、こんな時間に」


凛「どうしたの? 晩御飯食べに行ったんじゃなかったの?」


凛の母の声「そうなのよ! 知ってる最近隣町にできたどんぶり専門店」


凛「知らないよ」


凛の母の声「ここお母さんたちの間で美味しい美味しいって噂になっててね、いつか来たいと思ってたのよ。いい機会だから、一人で食べに来ちゃった」


弘毅「(忍に向かって囁くように)知ってる?」


忍「(囁くように)うん。行ったことはないけど、何回か通ったことある」


凛「だから知らないって。よかったね。切るよ」


凛の母の声「あ、ちょっと待って! ちゃんと用があるから電話したのよ!」


凛「何? 早く言ってよ」


凛の母の声「ここのお店ね、お持ち帰りできるらしいんだけど、あんた何かいるかと思って電話したのよ。明日の朝御飯にでもしようかと思って。そうしたら、お母さんも楽できるでしょ?」


凛「ああそう。何でもいいよ。お母さんの好きなもので」


凛の母の声「あらそう? じゃあミニ親子丼とかにしとく?」


凛「はいはい。それでいいから」


凛の母の声「じゃあ買っとくから、明日食べるのよ。あと、ここすっごく美味しいから、あんたも秀人くんたちと食べに来たら?」


凛「大きなお世話」


凛の母の声「ただ、店構えがちょっと派手で、お母さんそこはあんまり好みじゃないわね」


凛「知らないって。じゃあ本当に切るからね」


凛の母の声「はいはい。気を付けて帰って来るのよ」


凛「はいはい」


  凛、電話を切ろうとする


忍「ちょっと待って!」


凛「え?」


桐江「(囁くように)ちょっと忍!」


忍「ごめん桐江。ルール違反だけど、どうしても確かめたいことがあって」


凛の母の声「え? 何? 今の誰?」


忍「お母さん。こんばんは。草野忍です。前に一度会ったことあるんですけど、覚えてます?」


凛の母の声「草野忍。ああ! あの髪の短くてボーイッシュな」


忍「はい、そうです」


凛の母の声「どうもお久しぶり。今日は凛と一緒に?」


忍「はい。すいません。凛との電話が聞こえて、どうしてもお聞きしたいことがあって」


凛の母の声「どうしたの?」


忍「お母さん、今隣町のどんぶり専門店にいらっしゃるっておっしゃってましたよね?」


凛の母の声「そうだけど」


忍「そしてそこは店構えが派手だとか」


凛の母の声「そうね」


忍「私もそのお店、何度か近くを通ったことあるんですけど、もしかしてその派手な店構えって、どんぶりの『丼』っていう字が大きく出てるんじゃないですか?」


凛の母の声「ああ! そうそう! まさにそれよ!」


忍「その『丼』っていう字、今日は何か変なとこありませんでした?」


健志「(琴子に囁くように)何を言ってんだ?」


琴子「(首を横に振る)……」


凛の母の声「変なこと? ……ああ! そういえば、『丼』の真ん中の点が取れてたわね。それがどうしたの?」


忍「やっぱり」


凛「ねえ、忍ちゃん。さっきから何の話をしてるの?」


忍「よく考えてみて。『丼』の字の真ん中の点が無くなったらどうなる?」


凛「それは……井戸の『井』?」


忍「そうじゃなくて——」


弘毅「シャープだ!」


凛の母の声「わっ! びっくりした! 誰?」


琴子「シャープ?」


秀人「そうか! でっかいシャープ!」


健志「吉岡が言ってたやつ!」


桐江「そうか。吉岡って人が見たのは、シャープじゃなくて、『丼』だったんだ」


凛の母の声「なになに!? 急にいろんな人の声が——」


健志「ていうことは——」


秀人「吉岡はすぐ近くにいる!」


忍「(頷く)……お母さん。その近くに公園ってありませんか?」


凛の母の声「公園……? 急に何言って——」


凛「お母さん! 言うこと聞いて! その近くに閉じ込められてる人がいるの!」


凛の母の声「閉じ込め——大変!」


凛「だから、私たちの言うことを聞いて!」


凛の母の声「うん、分かった。公園ね。うん、お店のすぐ近くにあるわよ!」


忍「じゃあ、そこに公衆トイレってありますか?」


凛の母の声「ちょっと待ってね……。ある! あるわよ!」


忍「よかった。じゃあ、男子トイレの方に入ってもらえますか? その個室に、私たちの知り合いが閉じ込められてるんです!」


凛の母の声「分かった! ちょっと待ってね……。(ノックの音)誰かいる?」


吉岡の声「あ! いる! います!」


  湧く一同


凛の母の声「ドアの下に物が挟まって開かなくなってたのね。今出してあげるからね!」


吉岡の声「ありがとうございます!」


凛の母の声「……はい! 開いたわよ——ってくっさ!」


吉岡の声「ああ、すいません!」


秀人「あいつウンコ流してなかったのか」


凛の母の声「早く下履いて!」


健志「何で下も脱いだままなんだよ」


吉岡の声「すいません! トイレでの生活に慣れちゃって、下脱いだまま、ウンコも流さずに過ごしてました!」


弘毅「説明しなくていいから早く履けよ」


吉岡の声「本当にありがとうございます! もう駄目かと——」


凛の母の声「う、うん……。よかったわね……」


吉岡の声「秀人たちもありがとう! お前らが助けを呼んでくれたんだろ?」


秀人「礼なら忍に言えよ。忍がいなかったら、マジでお前餓死してたぞ」


吉岡の声「そうなのか! 忍さん! 誰かは知らないけどありがとう!」


忍「いえいえ。とりあえず、お母さんが困ってるだろうから、お礼を言って早く帰宅してあげて」


吉岡の声「はい! ありがとう!」


凛の母の声「じゃあ、これでいいのね? お母さんもう帰るわよ?」


凛「うん、ありがとう。助かった」


凛の母の声「はーい」


  電話が切れる


秀人「いやあ、すごかったな」


桐江「こんな偶然あるのね」


健志「ていうか、忍よく気付いたよな」


忍「たまたまよ」


琴子「でもすごいよ! 探偵みたいでカッコよかった!」


忍「そんなこと……」


弘毅「まあ何にしても、忍のお陰で吉岡は助かったんだから、お手柄ってことでいいんじゃないか?」


忍(照れる)……まあ、みんながそう言うなら」


  微笑む一同


秀人「ていうか、さっきの話の後にチョコのケーキ食うのちょっと嫌だな」


桐江「ああ、確かに」


凛「真っ先にケーキ選んだ欲張りに罰が当たったんじゃない?」


秀人「お前らが早い者勝ちだって言うから!」


  笑う一同


忍「私、ちょっとトイレ行って来るね」


弘毅「おう」


  忍、部屋を出て行く


秀人「まあいいか。さっさと食っちゃお」


健志「そうだな」


  ケーキを食べ始める一同


  と、スマホの着信音が鳴る


弘毅「あ、忍のだ」


琴子「電話だから早く呼んであげないと」


弘毅「うん。忍!」


  着信音だけが鳴り響く


秀人「駄目だな。多分聞こえてない」


凛「こういうときって、忍が戻ってきたら掛け直してもらうんだっけ?」


桐江「うん、そう」


琴子「でもこのままだと、留守電になっちゃいそう」


秀人「確か、留守電もスピーカーにできたよな?」


健志「できるけど、それってルール的にアリなの?」


桐江「どうだろ。そこまでちゃんと決まってる訳じゃないから」


  と、着信音が終わる


凛「あ、留守電になった」


秀人「ばあ、どうする?」


弘毅「どうするって言われても——」


  桐江、忍のスマホをスピーカーフォンにする


秀人「お、おい……」


桐江「(スマホを見つめる)……」


女性の声「もしもし。こちら『心のクリニック』です。次回の診療の日程についてご相談させていただきたくご連絡差し上げました。ご都合のよろしい時間帯に折り返しいただけましたらと思います。それでは失礼します」


  留守電が切れる

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