第7話

健志「いやタイミングよすぎだろ!」


秀人「あいつどんだけ馬鹿なんだよ」


忍「でもどうするの? これで本当に助けるのが難しくなったよ」


秀人「うーん。でも、もう連絡も取れないしな」


琴子「今度こそ連絡も取れなくなっちゃったもんね」


桐江「GPSとかあればいいんだけど」


  一同、無言で考える


弘毅「……あれ?」


秀人「どうした?」


弘毅「何か今の会話、デジャヴだなと思って」


忍「あ、そうだ! さっきもその話なったじゃん!」


秀人「ああ、そうだ!」


凛「確か、さっきはスマホを探すアプリが使えないかって話になって、琴子ちゃんが調べてくれようとして、そしたら——」


健志「ちょうど金子からLINEが来て、いろいろややこしくなったんだ」


秀人「そうだった! あれ、結局途中で終わってたよな?」


琴子「うん」


桐江「琴子、もう1回お願いしていい?」


琴子「分かった」


  琴子、スマホを操作する


  と、スマホの着信音が鳴る


秀人「ああもう! 何でこれをやろうとするとスマホが鳴るんだよ! 誰!?」


  健志、ゆっくりとスマホを持ち上げる


健志「俺だ」


秀人「おお、ここで健志か」


忍「先にアプリの方試したら?」


凛「そうだね。健志くんの方は後回しで——」


健志「いや、これ母さんからの電話だ。何かあったのかもしれないから、先に出てもいい?」


  静まる一同


桐江「出て」


弘毅「うん。出た方がいい」


  健志、頷く


  健志、電話に出てスピーカーフォンにし、スマホをテーブルに置く


健志「もしもし?」


健志母の声「もしもし、健志?」


健志「どうしたの? こんな時間に珍しい」


健志母の声「ごめんね、お友達といるとこ」


健志「いいよ別に。何かあった?」


健志母の声「いやね、別に何かあったってわけじゃないんだけど、ちょっと声が聞きたくなってね」


健志「(笑いながら)何だよ。声なら毎日聞いてるだろ。何かあったのかと思って慌てちゃったじゃん」


健志母の声「ごめんね。すぐに切るからね」


健志「別に気にしなくていいって。健太郎はもう帰って来た?」


健志母の声「ううん、まだ。学校終わって友達とご飯行ってるみたい」


健志「そっか。まあそのうち帰って来るよ」


健志母の声「うん。そうだね……」


健志「……母さん?」


健志母の声「?」


健志「どうかしたの?」


健志母の声「ううん。何でもないよ。あんまり邪魔するのも悪いし、そろそろ切るね」


健志「うん、分かった。明日の昼までには帰るから」


健志母の声「うん。気をつけてね」


健志「うん、じゃあ——」


健志母の声「健志」


健志「…? 何?」


健志母の声「……」


健志「(笑いながら)どうしたんだよ」


健志母の声「あのね……お母さん、やっぱり反対だな」


健志「反対って、何に?」


健志母の声「あの……琴子って子との結婚の話」


  固まる一同


琴子「(動揺する)……」


健志「え……何で?」


健志母の声「健志が、うちのことを思ってくれてるのは嬉しいよ? でも、病院の娘だからって、好きでもない相手と結婚しようとするのは、健志のためにも賛成できないよ」


健志「(焦って)な、何言ってんだよ。前にも言ったけど、俺は本気で琴子のことが好きだから付き合ってるし、結婚したいと思ってるんだよ。病院の娘だからじゃない」


健志母の声「本当に? 無理してない?」


健志「本当だよ。だから心配しないで。もう寝た方がいいよ。明日も早いんだろ?」


健志母の声「うん。ありがとうね。でも、無理だけはしないでね」


健志「だから無理なんてしてないって。おやすみ」


健志母の声「……おやすみ」


  電話が切れる


  静まる一同


琴子「(健志に)どういうこと?」


健志「違うんだ、琴子」


琴子「私と付き合ってたのは、私が病院の娘だったからなんだ?」


健志「だからそれは違うってさっき——」


琴子「それはお母さんを心配させないためでしょ!?」


健志「そうじゃない」


琴子「医者として成功したいなら、病院の娘と結婚するのが一番手っ取り早いもんね!」


健志「違うんだって!」


琴子「最初から全部嘘だったんだ!? 最初から健志の目的は私じゃなくて病院だったんだ!?」


健志「(怒鳴る)違う! 聞けって!」


  健志、琴子の肩を触る


  琴子、それを振り払う


琴子「触らないで!」


  少し沈黙


健志「全部話すよ」


  琴子、健志から目を逸らす


健志「確かに、最初の目的はそうだった。医者として成功したくて、母さんに恩返ししたくて琴子と付き合ってた。それは事実だ。でも、付き合っていくうちに、俺、本気になってたんだよ。本気でお前のこと、好きになってた」


琴子「……」


健志「母さんは、まだ俺が無理してお前と付き合ってるって思ってるんだ。だからさっきはあんな電話——」


琴子「……」


健志「信じてくれ……」


琴子「(悩む)……」


弘毅「琴子ちゃん、健志の言うこと、信じてあげてもいいなじゃないかな」


琴子「……?」


弘毅「さっき金子から電話があって、琴子ちゃんが浮気してるんじゃないかって疑われたとき、健志本気で怒ってただろ。まあちょっとみっともなかったけど、あれは琴子ちゃんを本気で好きだからこそ、あそこまで怒ったんじゃないかな」


琴子「……」


秀人「俺もそう思う。別に、健志が幼馴染だから庇うわけじゃないけど、さっきのお母さんとの電話も、嘘ついてるようには思えなかったよ。あれは、健志の本心だと思う」


琴子「……」


弘毅「健志のこと、信じてやってくれないかな?」


琴子「(悩む)……」


  健志、無言で琴子を見つめる


琴子「……分かった……。信じてみる……」


健志「(微笑む)……ありがとう」


  健志、琴子を抱きしめる


  微笑ましく健志と琴子を見る5人


秀人「あれ? 何か大事なことを忘れてる気がする」


凛「え? 大事なこと?」


忍「何かあったっけ?」


弘毅「さあ……?」


桐江「何も思い当たることは無いわね」


健志「みんなごめん。空気悪くしちゃって」


琴子「ごめんね」


秀人「もういいよ。今日は何回も空気悪くなってるんだから」


弘毅「(笑って)確かにそうだな」


  一同、笑う


忍「あ、そうだ。ケーキ買って来てたのすっかり忘れてた。みんなで食べようよ」


凛「あ、そうだった! 私と忍ちゃんで選んだんだよ!」


秀人「へえ! いいな! 食べようよ!」


忍「今持って来るね」


  忍、立ち上がってキッチンの方へ消える


桐江「そうか。さっきの電話で、全員回って来たことになるんだ」


弘毅「そういえばそうだな」


秀人「しかし、お互いのことは何でも知ってると思ってたけど、まだまだ知らないことってあるもんだな」


桐江「やってみてよかったでしょ?」


秀人「それはどうかな」


弘毅「俺はあんまりバレたくない秘密がバレちゃったしな」


秀人「(笑って)確かにな」


琴子「でも、お互いのことをいろいろ知れて、前よりも仲良くなれた気はするな。私は」


健志「うん。俺も」


  健志と琴子、見つめ合う


秀人「何だよお前ら。いちゃつくなら後にしてくれよ」


弘毅「ははは」


  忍と凛、キッチンからトレイに乗せたケーキを持って現れる


忍「はい。ケーキ持って来たよ」


  忍と凛、ケーキをテーブルに置いていく


秀人「うわ、美味そう」


凛「結構いい値段したんだよ、これ」


忍「食べたいの早い者勝ちね」


凛「あ、私と忍ちゃんは、既に選んでるからね」


秀人「えー。そんなのズルいじゃん」


忍「買い物と料理もしてあげてるんだから、これぐらいいいでしょ」


秀人「……まあ、仕方ないか。じゃあ俺チョコもらお」


桐江「あ、それ私がもらおうと思ってたのに」


秀人「へへへ」


桐江「じゃあ私はこのイチゴのやつ」


健志「じゃあ俺はこれにしようかな」


忍「弘毅は?」


弘毅「俺は何でもいいよ。最後に余ったやつにする」


忍「そう。じゃあ私はこれ」


健志「琴子も選びなよ」


琴子「うん。じゃあモンブランにしようかな」


弘毅「じゃあ俺はこれで」


秀人「じゃあいただきまーす!」


  一同、ケーキを食べ始める


秀人「うっめ!」


桐江「うん。すごく美味しい」


忍「本当?」


凛「高いお店で買った甲斐あったね」


忍「うん」


  と、スマホの着信音が鳴る


秀人「何だよ、美味しくケーキ食ってんのに」


弘毅「悪い。俺だ」


健志「またTwitter?」


弘毅「残念ながら、そうらしいな」


凛「どのアカウント?」


健志「いや待って。先に文面を読んでもらおうよ。それでどのアカウントに来たリプライか当てるんだよ」


秀人「いいね、面白そうじゃん!」


弘毅「ええ……」


桐江「弘毅、お願い」


弘毅「……分かったよ。読むよ。『先日オススメしていただいた作品観ました。控えめに言って傑作でした。脚本が秀逸で、よくこんな話思いつくなと、素直に感心しました。』」


秀人「脚本が秀逸? てことは映画の方かな」


忍「いや、まだ分かんないよ。さっきの弘毅の話だと、AVは映画の延長だって言ってたから、脚本とかにも注目して観てるのかも」


秀人「確かにそうだな」


弘毅「(忍に)何で忍が一番楽しんでるんだよ」


忍「いいじゃん。面白いんだもん。ほら、早く続き読んでよ」


弘毅「(ため息)……。じゃあ続きな。『俳優の演技合戦も、見応えありました』」


健志「あ、これで決まりだな」


凛「うん。映画の方だね」


忍「いや、まだ分かんないよ」


健志「え? だって——」


忍「(弘毅に)ちゃんと最後まで読んでみて」


弘毅「(苦い顔)……『素晴らしい作品をオススメしていただきありがとうございました。“隣に引っ越してきたお姉さんに誘惑された僕はもう我慢できません”は、紛れもない傑作です』」


秀人「いやAVの方かよ!」


琴子「すごいタイトルだね……」


健志「ていうか、お前らの界隈ではAV女優とか男優のことを『俳優』って言うのかよ」


桐江「あと演技合戦って何? ああいうのって演技じゃない方が良いんじゃないの?」


凛「とても俳優の演技合戦が行われるようなタイトルとは思えなかったけど」


弘毅「タイトルは、買ってくれる人を増やすためにも分かりやすくしないとダメなんだよ。ほら、最近のゴールデンでやってるようなバラエティ番組だって、タイトルだけでどんな番組か分かるようになってるだろ? それと一緒だよ! 内容はすごく良い人間ドラマなんだよ! 主人公の男の子と、隣人のお姉さんが恋に落ちるんだけど、二人の間にはいろんな障壁があってさ——」


忍「何か急に早口で話し出した」


桐江「落ち着いて弘毅。必死になればなるほど恥ずかしいよ」


秀人「そうそう。もうお前の言いたいことは分かったから」


弘毅「本当に分かってるか?」


秀人「分かってるって!」


弘毅「俺は本当に、AVを映像作品として観てて、決してそれ以上の気持ちは——」


健志「だからそれはもう分かったって!」


  と、スマホの着信音が鳴る

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