第6話

弘毅「いや、健志って確か料理上手かったよなって思って」


健志「え? あ、まあ多少できるぐらいかな。何で?」


弘毅「せっかくだから、健志の料理も食べたいなあと思って。多分今まで食べたことなかったよな?」


健志「あ、ああ。そうだっけ」


弘毅「そうだよ。だって、琴子ちゃんにはよく振る舞ってるんだろ? それなら俺たちにだって――」


健志「まあ、また今度な」


弘毅「(残念そうに)そうか……」


桐江「ていうか健志、料理もするんだ。(琴子に)美味しいの?」


琴子「うん。美味しいよ。特にパスタはお店で出せるぐらい」


桐江「へえ」


秀人「勉強もできて顔も良くて料理までできて。神はこいつに何物与えるんだよ」


忍「おまけに将来は医者だからね」


凛「そういえば、健志くんってどうして医者になろうと思ったの?」


弘毅「そういえば、俺たちもそれは聞いたことなかったな」


秀人「ああ確かに」


桐江「やっぱり、病気の人たちを助けたいから?」


健志「そういうカッコいい理由なら良かったんだけど、残念ながら違う」


桐江「じゃあ何なの?」


健志「一言で言うと、お金かな」


桐江「お金?」


忍「まあ、確かに給料はいいよね。でもそれが理由なの?」


健志「うん。秀人や弘毅は知ってると思うけど、俺ん家ってすごく貧乏でさ、親父が早くに死んじゃって、母さんが女手一つで俺と弟を育ててくれたんだ。生活だって苦しいはずなのに大学まで行かせてもらって、母さんには本当に感謝しかないんだ。だから、恩返しって言うとカッコつけてるみたいで嫌だけど、一番稼げる仕事に就いて、できるだけ早く楽させてやりたいなって思って」


桐江「へえ」


凛「いい話だね」


弘毅「そのために昔から勉強ばっかりして、ほとんど誰とも遊んでなかったもんな」


秀人「そうそう! それで、数少ない友達のうちの二人が、俺と弘毅ってわけ」


桐江「そうなんだ。琴子は知ってたの?」


琴子「うん。前に聞いたことあったから」


健志「別に、そんな大した話じゃないよ。元々勉強は好きだったし」


弘毅「医者はいろいろ大変だろうけど、頑張れよ」


忍「うん。応援してる」


秀人「俺達に何かできることがあったら、何でも言ってくれよ」


健志「ああ。みんな、ありがとう。みんながいて、琴子がいてくれるから、俺、がんばれ――」


  と、スマホの着信音が鳴る


健志「何だよ、俺ちょっといいこと言おうとしたのに」


忍「ごめんごめん。私だ」


秀人「お、遂に来たな」


忍「先に健志の聞いてからにする?」


健志「いいよ、聞かなくて」


忍「(笑いながら)そう」


凛「で、誰から? さっきのLINEだよね?」


忍「えっと……あ、弟からだ」


秀人「弟か……」


健志「いるのは知ってるけど、そういえば会ったことないな。弘毅は?」


弘毅「いや、俺もない。ていうか、忍の家族には誰とも会ったことないんだ」


秀人「え!? そうなの!?」


弘毅「うん。何度か会わせてってお願いしてるんだけど、忍が会わせてくれなくて」


琴子「(忍に)何か理由があるの?」


忍「え……それは……何か恥ずかしいじゃん? 私、弘毅が初めての彼氏だから、家族に会わせるのに慣れてないってうか、照れくさいっていうか……」


桐江「それより、なんて来たの? 弟さんから」


忍「あ、うん。ちょっと待ってね。(文面を読む)……」


弘毅「なんて?」


忍「……ねえ、これって、本当に読まなきゃ駄目?」


弘毅「え?」


桐江「そりゃそうよ。みんなちゃんとルール守ってるでしょ」


忍「そっか。そうだよね……」


桐江「まあ、自分で読むのが嫌だったら、他の人に読んでもらうのもOKだけど」


弘毅「俺読もうか?」


忍「ううん。いい。分かった。自分で読む」


  忍、スマホを見る


忍「『母さん、また変な水と数珠買って来てる。これを飲んで身に着けてれば、邪気が追い払えるんだって』」


  静まる一同


弘毅「……しのぶ――」


忍「二年ぐらい前からさ、お母さん、変な宗教にハマっちゃって……。水とか水晶とか変な石とかいろいろ買わされて、一時期は家族の生活費が無くなりそうになったぐらい。それで家族会議になって、何とか生活に支障が出るほど買うのはやめさせられたんだけど、宗教自体はやめさせられなくて……」


弘毅「……知らなかった」


忍「変に心配させたくなかったから。みんなにも……」


琴子「そんなこと……」


凛「忍ちゃん。もし私たちで力になれることがあったら――」


忍「大丈夫。ありがとう。でもこれは、うちの問題だから」


凛「……そっか……」


健志「忍。俺たちは、いつでも助ける準備はできてるからな」


秀人「おう!」


桐江「うん。何かあったらいつでも言って」


忍「(笑顔で)……うん。みんなありがとう」


秀人「さて、これで忍も来たから、あと来てないのは健志と桐江か」


桐江「私はこのメンバー以外とはそんなに連絡取らないから、誰からも来ないかもね」


凛「そうなの?」


健志「それで言うと、俺は母親からよく電話とか来るけど、いつもすぐ寝ちゃうから、この時間はもう寝てるんじゃないかな」


弘毅「そうか」


秀人「分かんないぞ。そういうこと言ってたら家族から電話が——」


  と、スマホの着信音が鳴る


秀人「ほらほら! 言ってるそばから! 誰だ誰だ!?」


  桐江、スマホを手に取る


桐江「(秀人に)あんたの言うこともあながち間違いじゃないのかも」


秀人「おお! 遂に桐江か!」


琴子「誰から?」


桐江「えっと……あ、綾音からLINEだ」


忍「綾音って?」


弘毅「桐江の妹だよ」


凛「去年の文化祭に来てた子だよね?」


忍「あー。あの美人の」


秀人「そうそう!」


琴子「今日病院に行ってるって言ってたよね?」


桐江「うん。もう終わったのかな」


健志「何だって?」


  桐江、スマホを見る


桐江「……『今電話できる?』って」


秀人「それだけ?」


桐江「うん」


凛「何かあったのかな?」


弘毅「ちょっと心配だな」


琴子「返してあげた方がいいんじゃない?」


桐江「うん。『いいよ』」


  と、桐江のスマホが鳴る


忍「ちゃんとスピーカーにしてね」


桐江「分かってる」


  桐江、電話に出て、スピーカーフォンにした後、スマホをテーブルに置く


桐江「もしもし?」


綾音の声「……お姉ちゃん……」


桐江「どうしたの? 病院は?」


綾音の声「……行って来た。……さっき……」


桐江「それで? どうだったの? どうせ夏風邪とかでしょ?」


綾音の声「……ができてた……」


桐江「え? 何て?」


綾音の声「……赤ちゃん、できてた……」


  固まる一同


桐江「……え?」


綾音の声「私、妊娠してたの……」


桐江「……いや……嘘でしょ?」


綾音の声「こんな嘘つかないよ!」


桐江「……誰の?」


綾音の声「彼氏に決まってるじゃん! 私、他の人とそんなことしない!」


桐江「……」


綾音の声「ねえ、どうしよう? 妊娠したって言ったら、別れるって言われるかな?」


桐江「いや、それよりお母さんとお父さんに言う方が先でしょ」


綾音の声「言えるわけないじゃん! 絶対堕ろせって言われるし」


桐江「ちょっと待って? あんた産む気なの?」


綾音の声「だって、この子に罪は無いし」


桐江「馬鹿じゃないの? あんたまだ高校生なのよ!? 産んでどうやって育てる気!?」


綾音の声「高校辞めて働く! 啓介も協力してくれるはずだし!」


桐江「協力してくれるって、その彼氏も高校生でしょ? あんた自分が何言ってるか分かって——」


綾音の声「もういい!」


  と、電話が切れる


桐江「あ、ちょっと——」


  少しの沈黙


忍「ねえ桐江——」


桐江「ごめんね! ほら、食べよ食べよ!」


弘毅「桐江。1回家に帰った方がいいんじゃないか?」


琴子「そうだよ。ちゃんとお家の人と話した方が——」


桐江「大丈夫。多分、今日は私も綾音も冷静じゃないし、まともに会話できないと思うから。明日になって1回頭冷やしてから、ゆっくり話すつもり」


健志「……でも——」


桐江「お願い。今日はここにいさせて……」


  少し沈黙


弘毅「……分かった。桐江がそう言うなら、そうしよう」


桐江「……ありがとう」


  琴子、桐江の背中をさする


  桐江、琴子に笑顔を見せる


忍「……ねえ、桐江?」


桐江「……?」


忍「何かあったらいつでも相談して? 私にできることがあったら力になるから」


桐江「(笑顔で)ありがとう」


  と、スマホの着信音が鳴る


秀人「あ、俺だ。……あ!」


凛「何? どうしたの?」


秀人「吉岡から電話だ」


健志「吉岡って……」


琴子「さっきトイレに閉じ込められてた?」


忍「いろいろあって完全に忘れてたわ」


弘毅「でも、確かスマホの充電無くなったんじゃなかったっけ?」


秀人「そのはずなんだけど」


凛「とにかく、早く出てあげなよ!」


秀人「おう」


  秀人、電話に出でスピーカーフォンにし、テーブルに置く


秀人「もしもし?」


吉岡の声「おお! よかった繋がった! もう寝てたらどうしようかと思ったよ!」


秀人「お前、スマホの充電切れたんじゃ?」


吉岡の声「そうなんだよ! それで俺も終わったと思ったんだけどさ、何か外に出られるもの入ってないかなと思って鞄の中見てみたら、モバイルバッテリーが入ってたんだよ!」


秀人「ああそう。よかったな」


吉岡の声「何だよ! もうちょっと喜べよ!」


秀人「いや、別にそこまでじゃ——。あれ? てことは、お前もしかして——」


吉岡の声「そうだよ! 俺まだトイレの中なんだよ! 早く助けてくれよ!」


秀人「助けてくれって言ったって、お前がどこにいるのかも——」


吉岡の声「もうここ暑すぎて、さっきから汗だくなんだよ!」


秀人「いや知らねえよ」


吉岡の声「違うんだよ! 俺ってめっちゃ手汗かくじゃん?」


秀人「だから知らねえって」


吉岡の声「その手汗で滑って、さっきからスマホ何回もトイレの床に落としてんだよ! 俺このスマホを耳に当てんの嫌なんだよ! ウェットティッシュで拭かせてくれよ!」


秀人「いや一番知らねえわ! ていうかお前、そんなにスマホ落としやすくなってるなら、便器に落とさないように気をつけろよ。今スマホが無くなったら、お前本当に終わりだぞ」


吉岡の声「分かってるよ! さすがにスマホを便器に落とすなんて馬鹿しねえよ! いくらなんでも俺を馬鹿にしすぎ——あ! やべ——」


  と、電話が切れる


秀人「あ……」


凛「もしかして……」


弘毅「落としたな」

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