第5話
琴子「ありがとう」
健志「今更何を説明しようってんだよ」
琴子「聞いて、健志。あのね……金子くんはね……EDなの」
健志「……え?」
桐江「ED?」
秀人「EDって、あのED?」
琴子「うん。金子くん、大学で彼女ができたらしいんだけど、その人に酷い振られ方したらしくて、それがショックで、そうなっちゃったんだって」
健志「……それで、何でお前に?」
琴子「すごくデリケートな問題だから、金子くん、誰にも相談できずに困ってたみたい。それで、前に付き合ってて、実家が病院である私に相談してきたの。私は金子くんに、私の病院で治療を受けさせてあげて、たまに相談にも乗ってあげてたの。金子くん、今彼女がいるらしいんだけど、そういうことができなくて悩んでるみたいで……」
健志「(複雑な表情)……」
琴子「病院には患者さんの情報に関して守秘義務があるから、今まで言えなかったの。今日は本当に特別。絶対に誰にも言わないって約束して」
一同、首を縦に振る
琴子「(健志に)……分かってくれた?」
健志「……その話、本当なんだな?」
琴子「何なら今から金子くんに電話してみる?」
健志「……分かった。ごめん。疑って悪かった」
琴子「(笑って)ううん。ありがとう、信じてくれて」
健志「みんなもごめん。空気悪くしちゃって」
忍「ううん。二人が仲直りできてよかった」
凛「そうだね! 勘違いで別れちゃったりしたら悲しいもん」
琴子「うん。みんなごめんね。隠し事してて」
弘毅「しょうがないよ。言いたくても言えなかったんだから。なあ、桐江」
桐江「え? あ、うん……。そうだね……」
秀人「じゃあ、仲直りもできたことだし、食うか!」
凛「うん! せっかく美味しいご飯があるんだもん。食べないともったいないよ」
忍「そうだよ。私と凛が丹精込めて作ったんだから、食べて食べて」
健志「うん。もらうよ」
一同、食事を始める
健志「うん。やっぱりこれ、すげえ美味い」
琴子「うん。すっごく美味しい」
忍「ありがとう」
秀人「しかし、EDか。あいつも大変だな」
琴子「あ、さっきも言ったけど、この話は絶対に誰にも言わないでね」
秀人「分かってる。誰にも言わないよ。いやさ、自分の好きな人とそういうことができないのって、辛いだろうなって想像しちゃってさ」
琴子「それはそうかも。金子くん、本当に辛そうで……」
秀人「そっか……」
弘毅「……ねえ、琴子ちゃん」
琴子「何?」
弘毅「……その、いまいち説明しづらいんだけど、そういうことができないのって、金子の話みたいに、男側に原因があることが多いだろ?」
琴子「……うん、まあそうかな」
弘毅「その……女の子側に原因があってできないってこともあるのかな?」
琴子「ううん、どうだろう……」
健志「あるよ」
弘毅「それって?」
健志「いろいろパターンはあるよ。例えば、昔、性暴力を受けたことによるトラウマがあるとか、性行為に対する嫌悪みたいな精神的なものもあるし、もしくは『挿入障害』っていう病気の場合もある」
弘毅「挿入障害?」
健志「うん。挿入しようとすると、膣が縮んで拒否しちゃうんだって。治療には何年も時間がかかるって聞いたことがある。もちろん、個人差はあるけど」
弘毅「……そうか……」
健志「知り合いにそういう人でもいるのか?」
弘毅「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
忍「(弘毅を見つめる)……」
桐江「危ない!」
一同、桐江の声に驚く
桐江「秀人のペンダントがサラダに当たりそう!」
秀人「え? あ、本当だ」
秀人、首にかけているペンダントを服の中に入れる
秀人「お前、そんな大声出さなくてもいいだろ」
凛「びっくりしたー」
桐江「ごめんごめん」
忍「ていうか秀人、そんなペンダント持ってたっけ?」
秀人「え?」
健志「ああ確かに。全然秀人の趣味じゃないよな。凛があげたのか?」
凛「ううん。私も知らない間に、自分で買ったんだって」
健志「何で急に?」
秀人「別にいいだろ。俺も大学生になって、おしゃれに目覚めたんだよ」
桐江「いいじゃん。似合ってるよ」
凛「そうかなあ? 私は秀人っぽくないと思うけど」
秀人「そ、そうか?」
凛「うん。あ、そうだ。今度一緒に買いに行こうよ! 私が秀人に似合うの選んであげる!」
忍「いいじゃん。秀人より凛の方がよっぽどいいの選んでくれそう」
秀人「お前、失礼だな!」
凛「じゃあ今度の日曜空けといてね!」
秀人「……あ、ああ。OK」
桐江「ねえ秀人」
秀人「何?」
桐江「そのペンダントって――」
と、スマホの着信音が鳴る
一同、音に驚く
凛「びっくりした!」
秀人「何回やっても慣れないな」
健志「次は誰だ?」
弘毅、スマホを持ち上げる
秀人「また弘毅?」
秀人「これで3回目だ」
弘毅「何で俺ばっかり。呪われてるのかな」
忍「メール? それともTwitter?」
弘毅「Twitterだ」
秀人「また映画の話?」
弘毅「多分そうだな。あ……」
琴子「どうしたの?」
弘毅「いや、何でもない。これ、読み上げればいいんだよな?」
桐江「そうよ。もう何回もやってるでしょ」
弘毅「うん。分かった。……じゃあ、読むぞ」
秀人「何をもったいつけてんだよ」
弘毅「ええと……。『K.I.さんにオススメしてもらった作品観ました。設定や本番に持っていくまでのストーリー展開はさすがって感じでしたけど、女優の演技が残念でしたね。感じ方も嘘っぽかったです』」
少し沈黙
秀人「……うん? 何かよく分かんないとこなかった?」
弘毅「え? そうか?」
忍「『感じ方』って何?」
弘毅「ああ、多分、感情の表現の仕方のことじゃないかな。略して『感じ方』みたいな」
忍「いや、そんな略し方しないでしょ」
弘毅「まあ、この人独特の言い回しなんだろ」
忍「(怪しむ)……」
桐江「ていうか、『K.I.』って何? さっきの名前は『コーキ』だったでしょ?」
琴子「あ、そういえば」
弘毅「それはあれだよ。また別の映画アカウントで――」
忍「2個も映画アカウント持ってるの? 何で?」
弘毅「それは……用途によって使い分けてるというか……」
忍「用途? 映画の感想言い合う以外にどんな用途が――」
と、弘毅のスマホが鳴る
凛「あ、また来た」
忍「読んで」
弘毅「え?」
忍「読んで」
弘毅「……お、おう……」
弘毅、スマホを操作する
弘毅「……。『そもそもの話になりますが、僕はこの女優はあまり好みじゃないですね。痩せてて全身骨みたいだし。僕はもうちょっと女性らしい、肉付きのある方が好みです』。へ、へえ。そうなんだ……」
忍「『そうなんだ』じゃないでしょ。何で映画の感想言うのに女優のスタイルの話になるわけ?」
弘毅「そういう味方をする人もいるってことだよ」
と、弘毅のスマホが鳴る
琴子「あ、また」
弘毅「(複雑な表情)……」
忍「はい読んで」
弘毅「分かったから。読むからそんなに高圧的に言わないで」
弘毅、スマホを操作する
弘毅「……。『でも、女優の撮り方は綺麗だと思いました。罪を犯すことへの罪悪感と、それでも快感を感じてしまうことへの背徳感が上手く表現できてたと思います。傑作とまでは言いませんが、十分満足できるAVだったと思います』」
秀人「いやAVの話かい!」
桐江「何かおかしいと思ったら……」
忍「弘毅、説明してくれる?」
弘毅「これはその……なんて言えばいいのかな。俺……AVが好きなんだ」
忍「それはもう分かってる」
弘毅「いや、でも違うんだ! 勘違いして欲しくないのは、俺はあくまで、映像作品としてのAVが好きなんだ!」
忍「は?」
弘毅「女子はあんまり知らないだろうけどさ、AVにもいろいろ種類があって、単に性欲を掻き立てるものもあれば、それこそ映画みたいに、ストーリーにすごく凝ってて、その中で性行為があるっていう作品もあるんだよ」
健志「何か、弘毅がこんなに必死になってんの初めて見たな」
秀人「うん。こいつこんなに早口で喋れるんだな」
弘毅「ほら! 映画にも濡れ場っていうのがあるだろ!? 俺が観てるのは、濡れ場が強調された映画みたいなもんなんだよ!」
凛「でも、何て言うか……」
琴子「必死になればなるほど、弘毅くんのイメージがどんどん崩れていくね」
桐江「ちょっと哀れに見えてきた」
忍「なるほどね。あんたの言いたいことは分かった」
弘毅「本当か?」
忍「つまり、あんたは元々好きな映画鑑賞の延長でAVを観るようになったわけね」
弘毅「そう! まさにそうなんだよ!」
忍「そして、『コーキ』って名前でやってる映画の情報交換アカウントと、『K.I.』って名前でやってるAV情報交換アカウントがあるってわけだ」
弘毅「うん。……そう」
忍「じゃあ何で隠してたの?」
弘毅「え?」
忍「別にやましいと思ってないなら、最初から隠さずに話してればいいじゃない」
弘毅「だって、こんなの信用してもらえないと思ったから。こうやって変な感じになるのも嫌だったし」
忍「ふうん。なるほどね」
弘毅「な、何?」
忍「じゃあ、もう一つだけ聞いてもいい?」
弘毅「……何?」
忍「あんたさっき、AVは映画の延長、純粋に映像作品として観てるって言ったよね?」
弘毅「お、おう。それが?」
忍「じゃあ聞くけど、あんたは今までAVで抜いたことは無いってことね?」
弘毅「(固まる)……」
秀人「……あれ? おーい。弘毅?」
健志「痛いところを突かれすぎて脳がストップしてる」
秀人「まあまあ忍。あんまり弘毅を怒らないでやってくれよ。こいつも別に悪気があったわけじゃ――」
忍「別に怒ってないよ」
秀人「え?」
弘毅「え?」
凛「あ、動いた」
忍「ていうか、そんなのとっくに知ってたし」
弘毅「え!?」
忍「あんたがベッドの下に大量のAV隠してるの、ずっと前に見つけてるから」
弘毅「ええ!?」
忍「確かに、どっちかっていうとドラマっぽいやつばっかりだったから、そういうのが好きなんだろうなとは思ってた」
弘毅「(絶句する)……」
忍「まあ、裏アカまで作ってるのは知らなかったけど」
弘毅「(恥ずかしがる)……」
忍「そういうわけだから、別に私に遠慮せず、自由に趣味を楽しんで」
弘毅「……お、おう……」
弘毅、静かに座って食事を再開する
秀人「な、何とも言えない空気になっちゃったな」
凛「そ、そうだね……」
健志「とりあえず、食べよう」
琴子「そうだね。忍もほら、美味しいよ!」
忍「うん、ありがとう」
忍、食事を再開する
秀人「しかしあれだな、何かもっと、笑えるメールとか電話とか来て欲しいよな」
桐江「笑えるのって例えば?」
秀人「ほら、弘毅のとこに来た迷惑メールとか、凛の母親からの電話とか」
忍「ああ確かに」
琴子「何かほっこりしたよね」
凛「ええ。何か納得いかないなあ」
桐江「凛は私たちの精神安定剤だね」
凛「それ褒めてるの?」
桐江「褒めてる褒めてる」
秀人「まだ何も来てないのは、健志と琴子と、忍か」
健志「願わくば、このまま誰からも連絡が来ずに終わって欲しいよ」
忍「本当に」
琴子「そうだね」
秀人「くそう。こればっかりは俺たちがどうすることもできないからな」
弘毅「全員恥ずかしい秘密がバレればいいのに……」
静まる一同
秀人「……ま、まあそれはいいとして、そうだ! 健志、この前琴子ちゃんの両親と飯行ったんだろ?」
忍「え、そうなの?」
凛「へえ」
桐江「そうか、さっきこの話したとき、二人はいなかったんだっけ」
忍「何? 聞きたい」
健志「別に大した話じゃ――」
秀人「(囁くように)いいんだよ。適当な話でもして、弘毅がさっきのこと忘れてくれれば。この空気のまま飲み会続けるのキツイだろ?」
健志「ま、まあそうだけど……」
弘毅「そうだ」
驚く秀人と健志
秀人「な、何? どうした?」
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