第5話

  驚く一同


小泉「ビックリした!」


佐藤「何ですか急に」


高畠「(松崎を指差して)あの…間違ってたらごめんなさい。


 あなた、俳優の松崎桐矢さんじゃありません?」


渡部「え!? あの若手イケメン俳優の!?」


小泉「あ! 聞いたことある!」


石田「え? 気付いてなかったの?」


松崎「(少し照れながら)すいません、自己紹介が遅れました。松崎桐矢と言います。


 俳優をやってます」


高畠「やっぱりそうよね!? どっかで見たことあると思ってたのよ!」


渡部「いやあ感激! あとでサインくれる!?」


松崎「いいですよ」


高畠「私も私も!」


松崎「もちろんです」


高畠「やった! どうしましょう!」


渡部「本当! 家に帰ったら自慢しちゃおう!」


  高畠と渡部、手を取り合って喜ぶ


中田「ねえねえ、松崎洞矢って本名なの?」


松崎「はい。本名で活動してます」


高畠「そうだそうだ。この前のドキュメント見たわよ。


 子供の頃、親に虐待されてたのよね?」


渡部「え!? そうなの!?」


松崎「まあ、昔の話ですよ」


高畠「良かったわあ、あの番組。私、録画して三回も見ちゃったもの。それで四回泣いちゃった」


小泉「見た回数より多いの!?」


高畠「一回目は二回泣いたのよ」


松崎「そんなに見て頂いて。ありがとうございます」


高畠「本当に良かったわよ! 特に最後ね、虐待してた母親が病気で亡くなっちゃうのよね?


 でもね、この人はそれでも『今まで育ててくれてありがとう』って、お母さんの手を握ってあげるの。


 そのシーンが何度見ても泣けるのよ!」


渡部「いい話じゃない! 聞いてるだけでも泣いちゃいそう」


高畠「でしょ!?」


松崎「(照れながら)何か恥ずかしいな」


三島「あの、もうよろしいですか?」


高畠「あら、ごめんなさいね。ちょっと興奮しちゃって」


濱谷「ええと、僕、どこまで話しましたっけ」


三島「息子さんが学校へ行ったとこまでです」


濱谷「そうでしたそうでした。十二時頃に息子が学校へ行った後、


 その約一時間後の昼の一時頃に、被告が被害者宅にやって来ます。


 これも、隣のおばさんが確かに見ています。


 そしてそのすぐ後に被害者宅からものすごい物音がしたので、何かあったのかと見に行くと、


 包丁を持った被告と、側で亡くなっている被害者を発見したと」


朝生「何度聞いても嫌な話」


濱谷「部屋の中は争った形跡があり、テーブルの上の物が落ちていたり、


 電話の受話器が外れていたそうです」


高畠「結婚してたときから仲悪かったんでしょ、あの夫婦。


 まだ子供が小さいときから、隣の家では夫婦喧嘩と子供の泣き声が絶えなかったって、


 あのおばさん言ってたじゃない」


三島「皆さん、今のを聞いて、改めて気になることはありませんか?」


香田「別に何もおかしなところは無かったと思うが?


 それとも、おばさんの証言に何か間違いがあるとでも言うのか?


 そんなこと、ここで話し合ったって分かりゃしない」


中田「あのおばさんの話は信じていい気がするな。時間とかも正確だったし、


 弁護士や検事の質問にもはっきり答えてたし。その場で取り繕ってる感じはしなかったと思うけど」


佐藤「それは僕もそう思います」


高畠「そりゃそうよ! おばさんの記憶力なめないでもらいたいわね! (渡部に)ねえ?」


渡部「(胸を張って)ええ!」


三島「それには私も同意見です。でも、一つ引っかかることがあるんです」


小泉「引っかかること?」


三島「被告の行動、何か変だと思いませんか?」


香田「どこが?」


三島「被告は、お金が無くなったから被害者の元妻に借りに行ったって言ってましたよね?」


香田「普通のことじゃないか」


三島「事前に何の連絡もせずにですよ? 被害者の家庭は、お世辞にも裕福とは言えなかったはずです。


 いきなり行って貸してくれって言ったって、そこにはお金は無いかもしれないじゃないですか。


 それなら、前の日に明日借りに行くから、


 お金を用意しとくようにって電話なり何なりすると思いません?」


香田「あの男にそこまで考える頭が無かっただけだろう」


三島「被告の家から被害者の家まで電車で一時間かかるんですよ? 往復で二時間です。


 それが無駄足になるかもしれないのに?」


北山「そういえば、彼はあの日、仕事をサボってまで金を借りに行ったんじゃなかったかな」


三島「そうですよ! そう言ってた! 


 そこまでしてお金を借りに行くのに、何の確認もせず行きますか?」


香田「それは…」


  と、中田、立ち上がる


中田「面白い!」


  驚いて中田を見る、一同


  中田、三島に近づく


中田「あなた、面白いですよ! すごく面白い!」


三島「(動揺しながら)な、何ですか?」


中田「あなた、職業は先生でしたね? (佐藤に)あなたは?」


佐藤「? 普通のサラリーマンですけど」


中田「なるほど。(香田に)あなたはお医者さんでしたね。(高畠に)あなたは?」


高畠「専業主婦ですけど」


中田「(石田に)あなたは?」


石田「何で言わなきゃいけないの?」


中田「まあ言いたくないならそれでも別に構いませんが」


石田「…OL」


中田「OLさん」


  と、朝生、手を挙げる


朝生「はいはい! 私も同じ!」


中田「ありがとうございます。(松崎に)あなたは俳優さんで、(北山に)あなたは―」


北山「私は既に退職して年金暮らしだ」


中田「ほうほう。(渡部に)あなたは?」


渡部「私も専業主婦よ」


中田「(濱谷に)あなたは?」


濱谷「僕も普通のサラリーマンです」


中田「そして…」


小泉「俺は飲食店やってる。よかったら皆来てよ。ここからすぐ近くだから」


中田「なるほど。よく分かりました」


香田「一体何なんだ。何が言いたい?」


中田「では、僕の職業をお教えしましょう。僕は…ずばり…ニートです!」


小泉「は?」


中田「僕は毎日昼前、あるいは昼過ぎに起きて、録画した深夜アニメを見て、漫画を読んで、


 ゲームをして、ネットサーフィンをして、たまに外に出たかと思えば行くのは秋葉原のみ!


 まさに悠々自適な生活! もう親のすねかじりまくりです! そんな僕は来年三十二になります!」


香田「何を言ってるんだ?」


中田「ちょっと前に、『働いたら負け』なんていう、僕らニートを揶揄した言葉が流行りましたよね。


 でも、そんなことを考えるニートは、僕に言わせればまだまだ半人前のニートです。


 僕ほどのニートにとってはね、働くことは負けなんていう甘いもんじゃない。


 僕にとって労働は死です! 僕は、働いたら死ぬんです!」


濱谷「いやめちゃめちゃクズじゃん」


小泉「ていうか、中学生の頃からあんた何も変わってないんだな」


香田「ここまで説得力の無い演説は初めてだ」


中田「何と言われようと結構。ちゃんと自覚してます。


 そんな正真正銘、真のニートの僕が言うんだから間違いない!


 (三島を指差して)この人は面白いですよ! (三島に)先生、僕はあなたにつきます。


 (佐藤に)陪審員長。僕は有罪から無罪に変えます!」


佐藤「え!?」


香田「おい待て! それじゃ帰るのがまた遅くなるじゃないか!」


中田「あなたの都合は知らない。ただ僕はこの人の意見に同意すると決めたんです! 今決めました!」


三島「あ、ありがとうございます!」


  三島、中田に頭を下げる


中田「いえいえ。僕はただ自分の好奇心に従っただけですから」


香田「信じられん! 何なんだこいつは!」


石田「ていうか、あんたニートのくせにさっき私をナンパしてたの?」


中田「ニートはナンパをしちゃいけないっていうルールがあるのかい?」


石田「…次誘って来たら殺す」


中田「怖い怖い」


小泉「しかし、これで無罪が二人か…」


高畠「あの…私も何だか無罪な気がしてきたんですけど…」


香田「はあ!?」


濱谷「今の話のどこに揺らぐ要素があったんですか?」


高畠「いえ、ニートの方の話じゃなくてね、さっきの連絡を入れてなかったって話。


 あれを聞いたら、確かに変だなって」


中田「あなたも無罪に入れますか?」


高畠「(考えながら)うーん。じゃあ無罪で!」


濱谷「おいおい!」


渡部「あ、あなたが無罪なら、私も無罪です!」


香田「何を言ってるんだお前らは!? 気でも狂ったのか!?」


佐藤「しかし、これで有罪8、無罪4です」


  と、北山、手を挙げる

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