第6話

北山「陪審員長、いいかな」


佐藤「はい、どうぞ」


小泉「おいおい、まさかあんたまで無罪なんて言わないよな?」


北山「いやあ、この調子で行くと時間がかかりそうだなと思って。一旦休憩にしませんか?


 飲み物もほら、全然減ってない」


佐藤「あ、そうですね。では、十分休憩にしましょう。トイレに行きたい方は今のうちにお願いします」


  と、朝生、立ち上がる


朝生「はーい、私行って来まーす」


高畠「私も行こうかしら」


渡部「あ、じゃあ私も」


  部屋を出て行く、朝生、高畠、渡部と、小泉、ソファに座り、週刊誌を読み始める


  中田、小泉の横に立つ


中田「今回の事件のこと、載ってます?」


小泉「ああ。ここにでかでかと。『金の無心を断られ、元妻を殺害!』だって」


  と、濱谷、小泉の横に立つ


濱谷「ていうか、そんなもの持ってきてたんですか?」


小泉「待ち時間が長いから、暇つぶしにね」


  週刊誌の表紙を見ている、佐藤


佐藤「…」


小泉「(佐藤に)あの…どうかしました?」


佐藤「え?」


小泉「いや、何かずっとこっち見てるから」


佐藤「あ、いや、この前のレースの記事が載ってるなって思って」


濱谷「レース?」


中田「ああ、この前の万馬券の」


佐藤「そうでそうです!」


  小泉、週刊誌のページをめくり、あるページで止まる


小泉「あった! これでしょう?」


濱谷「何ですか、これ?」


小泉「知らないの? この前、あるレースですごい万馬券が出たんだよ」


佐藤「確か、百円が一千万円ぐらいになったんですよね!」


濱谷「一千万!? そんなことあるんですね」


小泉「稀にだけどね。(佐藤に)何だあんた、こういうのイケるクチ?」


佐藤「ええ、実は。下手の横好きなんですけどね」


中田「僕もこのレース賭けてたんですけど、さすがにこれは予想できなかったなあ。


 上位人気が次々落馬するんだもん」


小泉「そうそう!」


佐藤「あのときは思わず叫びましたよ!」


濱谷「(中田に)ていうか、あなたニートなのに競馬やってるんですか?」


中田「ニートは競馬やっちゃいけないってルールでも?」


濱谷「いや、もう好きにしたらいいですけど」


小泉「しかし当たった奴は羨ましいなあ」


濱谷「当たった人いるんですか?」


佐藤「確か一人だけ当たってましたよね?」


小泉「そうなんだよ。こんなのどうやって当てたのか…」


中田「いいなあ。当てたいなあ。万馬券」


濱谷「あなたはちょっとは真面目に働きなさいよ」


中田「嫌だ。働いたら僕は死ぬんです」


石田「死ねばいいのに」


  中田、大笑いする


濱谷「いや何で笑ってんの? あなたのことですよ?」


小泉「こいつの考えてることは分からん」


  と、朝生、高畠、渡部がドアを開けて入ってくる


朝生「ただいまでーす」


  と、三島、立ち上がる


三島「お三人も帰って来ましたし、そろそろ休憩終わりにしますか」


佐藤「え!? でもまだ五分ほどしか経ってませんよ?」


三島「別に学校の休み時間じゃないんだから、きっちり十分休む必要なんてないでしょう」


佐藤「でも…」


高畠「あの、そのことなんだけど、ちょっといいかしら」


三島「何ですか?」


高畠「さっきおトイレ行ってるときに気付いたんだけどね、


 あの男の人がもし犯人じゃないとしたらね、じゃあ誰が奥さんを殺したの?」


佐藤「あ…」


濱谷「そうだ! そうだよ! 何で今までそのこと考えてなかったんだろ」


渡部「それ私も思ってたのよ!」


石田「ていうか、そんなことも気付いてなかったの?」


香田「他に犯人がいることを証明できなきゃ、あの男はやはり有罪ということになる!


 (三島に)どうなんだ?」


三島「それは…」


中田「頑張って!」


三島「ええと…」


香田「これは有罪で決定だな!」


三島「…自殺です!」


小泉「自殺?」


三島「そう…。あの女性は、本当は自殺だったんですよ!


 今の人生が嫌になって、自殺をしたんです!」


香田「何を言い出すかと思えば―。じゃあ何故あの男はわざわざ包丁を持っていたんだ?


  何故部屋を荒らした?」


三島「それは…だから…、何らかの理由で被害者の部屋に来て、


 そしたら女性が亡くなってて、それで気が動転して、部屋を荒らしたり、


 包丁を手に取ったりしちゃったんですよ。そこを隣のおばさんに見られてしまった。


 ほら、よくドラマとかであるじゃないですか! 犯人だと間違われちゃうってやつ」


香田「それはドラマの話だろう? これは現実の事件だ!」


三島「でも、可能性がゼロとは言えないでしょう!?」


香田「ゼロだ!」


三島「ゼロじゃないです!」


  と、北山、立ち上がる


北山「ちょっと待ちなさい。(三島に)お嬢さん。


 確かにあなたの話、可能性はゼロとは言い切れないかもしれない」


香田「ちょっと!」


北山「まあ聞きなさい。(三島に)いいかね? 確かに可能性はゼロじゃないかもしれない。


 しかし、それを言い出したら、何を言ったってその理由で説明できてしまう。


 例えば、犯人は隣のおばさんかもしれない。中学三年生の息子かもしれない。


 はたまた全く関係のない第三者かもしれない。どの可能性だってゼロじゃない訳だ。


 では、一番可能性の高い仮説はどれか。それは言うまでもないでしょう。


 あなたは、被告が犯人であることと同じか、もしくはそれ以上の可能性がある仮説を、


 私たちに提示すべきだ。違うかね?」


三島「…違いません」


北山「それができないのなら、これ以上の話し合いはまさに時間の無駄。


 即刻やめるべきだ。


 私たちは、あなたの生徒たちへの話の種のためにここに集まってるのではないからね」


三島「…少し、考えさせてください」


  三島、ソファへ移動する


中田「僕も一緒に考えましょう」


  中田、三島の隣に座る


香田「考えたって答えは同じだ。あの男が犯人で決定」


北山「まあ、もうちょっとだけ待ってあげましょうよ」


香田「…(鼻を鳴らす)」


  静まる一同


濱谷「…何か、暇になっちゃいましたね」


小泉「しりとりでもしますか」


濱谷「子供じゃないんだから」


朝生「じゃあ山手線ゲームは?」


濱谷「いや合コンじゃないんだから」


香田「うるさいな。じっとしてられんのか」


朝生「だって無言でじっと待ってるのも退屈じゃないですか。


 どうせなら何かしながら待ってましょうよ」


高畠「じゃあ、せっかく芸能人の方がいるんだし、芸能界の裏話なんか聞くのはどうかしら」


渡部「それ面白そう!」


高畠「でしょ!?」


朝生「確かに! 私もそれなら聞いてみたいかも!」


松崎「ちょ、ちょっと待って下さい! それって、もしかして僕が話すんですか?」


高畠「あなた以外に誰がいるのよ」


渡部「どの役者とどの役者が付き合ってるとか、


 そのアイドルとどのアイドルが仲悪いとか、そういうのいろいろあるでしょ?」


松崎「そんなの僕は知りませんよ。それに、たとえ知ってたとしても、


 こんなところで話す訳ないでしょう」


渡部「何よ、つまらない」


朝生「じゃあやっぱり山手線ゲーム!」


濱谷「だからそれはしないって」


朝生「(がっかりして)ええ…」


小泉「じゃあさ、心理テストはどう? 俺さ、こういうときに話のネタに困らないように、


 いくつか心理テスト持ってんの」


濱谷「あ、それならちょっと面白そう」


小泉「だろ? これがキャバクラの姉ちゃんにウケるんだ! どう? やる?」


濱谷「やりますやります」


朝生「何だか本当に合コンみたい」


香田「勝手にしろ」


小泉「じゃあ行きますよ。今、あなたの目の前では川が氾濫していて、そこで人が溺れています。


 周りに人は誰もいません。あなたはどうしますか?」


朝生「私ならすぐ助けに行きます!」


小泉「まあ待って。まだ選択肢があるから。まずA。川の水量が減るのを待つ。次にB。


 泳いで助けに行く。そしてC。ロープを投


 げてたぐりよせる。最後にD。舟になりそうなものを見つけて助けに行く。


 さあどれだ?」


朝生「私はBね」


濱谷「僕はAかなあ」


小泉「(佐藤に)あんたは?」


佐藤「僕ですか? 僕は…Dかな」


小泉「(笑いながら)なるほどね。(香田に)あんたは?」


香田「どうしてそんなのに答えなきゃならないんだ」


小泉「いいじゃない。こういうのは皆でやった方が面白いんだから。順番に言っていきましょ」


香田「…Aだ」


高畠「私もAかしらね」


小泉「(石田を見て)ええと…」


石田「…(溜息をついて)D」


小泉「お答えいただきありがとうございます」


松崎「僕はCですね」


北山「私はAかな。もうこの歳じゃ助けに行く体力はないからね」


渡部「私もA」


小泉「(笑いながら)へえ。なるほどー」


濱谷「で、これで何が分かるんですか?」


小泉「聞きたい? ねえ聞きたい?」


香田「何なんだ! 早く言え!」


小泉「そんな怒らなくても。何だかんだ言って、結構楽しんでるじゃない」


香田「焦らされてイライラしてるだけだ! 早く言え!」


小泉「はいはい。言われなくても言いますよ。今ので分かるのはですね…」


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