第3話
佐藤「どうしました?」
松崎「僕、オレンジジュースを頼んだんですけど…」
佐藤「あれ? 本当だ。オレンジジュースが二個しかない。ちゃんと伝えたのにな…」
濱谷「別に飲み物なんて何でもいいんじゃないですか?」
佐藤「そういう訳には―。もう一度行って換えてもらいます」
香田「時間の無駄だ。さっさと終わらせてしまおう。(松崎に)君も、烏龍茶で我慢しなさい」
松崎「(不満そうに)…はい」
小泉「(香田に)あんた、そういう言い方は良くないな。説得と強要は違うよ?
ちゃんと相手を納得させないと。医者って仕事やってんなら尚更でしょ?」
香田「所詮は飲み物を何にするかということだろう? 医者の仕事と一緒にするな」
小泉「だからそういう考え方が―」
松崎「も、もう大丈夫ですから! 烏龍茶でいいです」
小泉「…」
佐藤「…では、そろそろ始めたいと思います。ええと、何から始めたらいいのかな…」
中田「ちょっと、大丈夫ですか?」
佐藤「いや、僕、陪審員の経験はあるんですけど、陪審員長は初めてで…」
香田「いいからさっさと終わらせてくれ。私は早く帰りたいんだ」
小泉「どうしてあんたはそういう和を乱すようなこと言うかなあ」
香田「何度も言うが、私は医者なんだ。
今も私の治療を待っている患者がたくさんいるんだよ!
君のようにのほほんと生きている訳じゃないんだ!」
小泉「(立ち上がって)ちょっとその言い方はないんじゃないかなあ!
あんたに俺の何が分かるってんだよ!」
石田「うるさいなあ、もう」
佐藤「ちょっと、あの、喧嘩はやめてください…」
朝生「もう帰りたいなあ」
と、北山、立ち上がる
北山「お取込み中すまない」
静まる一同
北山「早く終わらせて帰りたいのは皆同じだ。
それなら、こうやって喧嘩している時間の方が無駄じゃないか?」
小泉「ま、まあ…。確かに」
小泉、椅子に座り直す
香田「…」
北山「(佐藤に)陪審員長。とりあえず、被告が有罪だと思うか、
無罪だと思うかで多数決を取りませんか? それが一番手っ取り早い」
佐藤「そうですね。皆さん異論はありませんね? では、多数決を―。あ、そうだ!」
濱谷「(だるそうに)何ですか?」
中田「早くやりましょうよ」
佐藤「一応確認しておきますが、
陪審員の評決は、十二人全員の意見が一致しないと決定とはなりません。
一人でも意見が違えば、話し合いは続けることになります」
香田「そんなことは知ってる」
中田「まあ、今回の事件に関して言えば、意見が割れることなんて無いと思いますけどね」
濱谷「確かに」
佐藤「では、始めます。被告が有罪だと思う方、挙手をお願いします」
手を挙げる、一同
三島だけ手を挙げないでいる
朝生「あれ? 全員一致?」
濱谷「じゃあこれでもう終わり? 何だ。あっという間でしたね」
佐藤「いえ。一人、手を挙げてない方が」
三島を見る一同
小泉「(三島に)お姉ちゃん、どうしたの? 今日まだ一言も喋ってないけど」
三島「あ、あの…」
香田「(佐藤に)陪審員長。もう有罪で決まりでいいでしょう」
佐藤「いえ、そういう訳には」
香田「もう決まったようなものじゃないか」
小泉「まあまあ、彼女の話も聞こうじゃないですか。
(三島に)どうぞ、言いたいことがあるんでしょ?」
三島「あの…、私が有罪に手を挙げなかったのは…その…確信を持てなかったからです」
香田「確信が持てない? 状況から見て明らかにあの男が犯人だと思うが」
三島「確かに、確率で言えば、あの男性が犯人である可能性が圧倒的に高いと思います。
でも、じゃあ100%そうかって言われたら、どうかなって」
香田「一体どこが不満なんだ?」
三島「どこがって言われると困るというか―。私も分からないというか」
香田「君は何を言ってるんだ?」
三島「とにかく、100%確信を持てない限りは、有罪にも無罪にも手を挙げたくないんです!」
香田「だから何故確信を持てないのかと聞いているんだ!」
三島「それが分からないから、皆さんで話し合いたいんです!」
香田「時間の無駄だ!」
小泉「まあまあ落ち着いて」
三島「…それに、私は小学校で教師をやってるんですが、今日のことを生徒たちに話す約束をしたんです。
なのに、被告の有罪はたった一回手を挙げただけで決まってしまったなんて、とても話せません」
香田「それはあんたの都合だろう!? 私は帰りたいんだよ!」
三島「だったら、私を説得してください! 100%有罪だって確信させてください!」
香田「(呆れて)…なんて勝手な女だ…。別に有罪にしてしまえばいいだろう!?
そもそもあの男が有罪になろうが無罪になろうが、俺にもあんたにも、
ここにいる誰にも関係のないことなんだから!」
三島「そんな…」
北山「ちょっといいかな」
北山を見る、一同
北山「(佐藤に)陪審員長。陪審員制度は原則全員一致で有罪無罪が決まり、例外は無い。
間違いないね?」
佐藤「は、はい」
北山「なら、いかなる理由があろうとも全員の意見が一致しなければ、
私たちはここから出られないわけだ。
(香田に)つまり、私たちは何としても彼女を納得させなければならない。100%彼が犯人だと」
香田「何で私がそんなこと…」
北山「それにね、君はさっき、被告が有罪になろうと無罪になろうと自分たちには関係ないと言ったが、
あの男の今後の人生は、私たちが出す結論にかかっている。もしかしたら、彼の生死さえも。
だったら、私たちが無関係であるはずがないと思うが」
香田「…」
石田「説得すればいいじゃない」
香田「何?」
石田、スマホをしまう
石田「そんなに早く帰りたいんなら、その人を説得してあげればいいじゃない。
おじさん、さっきから人の文句ばっかり言ってるけど、自分は何もしてないじゃん。
おじさんこそ、自分の都合を人に押し付けてるんじゃない?」
香田「…」
石田「どうなの?」
香田「…いいだろう。説得してやる」
三島「すいません、何か、私のせいで皆さんにご迷惑を―」
小泉「本当だよー」
三島「すいません。でも、これだけは譲りたくないんです」
香田「おい、もういいか」
三島「はい。お願いします」
香田「まず、さっきも言ったが、状況から見て明らかだ。
発見者は被害者の女の隣の部屋に住んでいるおばさん。
隣の部屋から激しい物音がするから様子を見に行ってみたら鍵が開いていて、
中を開けたら被害者の死体と、その横に立っている被告の男を目撃。
そして被告の手には血まみれの包丁が握られていた。そうだったな?」
三島「その通りです」
香田「この状況で、逆にどうやってあの男が犯人じゃないという考えに至れるんだ?」
濱谷「確かに、あの弁護士も、無罪を取りに行くっていうよりは、
できるだけ罪を軽くするっていう方向に持って行こうとしてましたもんね」
小泉「まあ決まりだろう」
三島「(少し考える)…。(佐藤に)陪審員長」
佐藤「(少し驚いて)はい!」
三島「他の方の意見も聞きたいのですが、構いませんか?」
佐藤「ええ、はい。それは、もちろん」
三島「(高畠に)では、お隣のあなた」
高畠「(驚いて)え!? あたし!?」
三島「はい。あなたです。あなたはどう思われますか?」
高畠「どう思うって…。(困惑して)嫌だわ、どうしましょう…」
三島「あの、ちゃんと今までの話聞いてました?」
高畠「いや、それは…その…」
三島「聞いてなかったんですか?」
佐藤「え!? 聞いてなかったんですか!?」
高畠「あの、その…」
渡部「どうせ、今日の夕飯の献立でも考えてたんでしょ?」
高畠「ちょっと!」
三島「ちょっとじゃないです! ちゃんと話し合いに参加してください!」
渡部「本当よ」
高畠「(渡部に)あなただって人のこと言えないでしょ!」
渡部「(悪戯っぽく笑って)あら、ばれちゃった?」
三島「(渡部に)あなたもですか!?」
渡部「だって、主婦は大変なんだから。毎日毎日家事に追われてさ。
ご飯だってちょっと同じものが続けばすぐ飽きたって文句言われるし。
あなたはまだ若いから分かんないでしょうけど」
三島「(呆れる)…」
濱谷「あのおばさん二人、最初はやかましく喋ってたのに、
いつの間にか静かになったと思ったら、そんなこと考えてたのね」
三島「(高畠に)じゃあ、あなたは意見をまとめておいてください。また後で聞きますから」
高畠「そうしてくれる? ごめんなさいね」
三島「じゃあ、次は隣の―」
中田「(香田を指差して)あ、僕はそこのお医者さんと同じ意見です。過不足なくね」
石田「私も」
三島「(困って)…じゃあ、誰か意見のある人はいらっしゃいませんか?」
朝生、手を挙げる
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