玉人君に恋愛相談してみた

束白心吏

玉人君に恋愛相談してみた

「おはようさくらさん」


 朝、私が席に着いたタイミングで、隣の席から挨拶を受けた。


「おはよう玉人ぎょくと君」


 毎朝の恒例になっている挨拶を返す。すると玉人くんは私の方を向き、両手を合わせて拝み始めた。


「今日も桜さんと話せて光栄です……ありがたやありがたや」

「……」


 私はこれにどう返すのが正解なんだろうか、未だにわからない。

 最初は「そんな大げさだよ」なんて言っていたけど、このやり取りが始まって早5年。毎年同じクラスだった玉人くんは止める素振りも見せず、寧ろ「止めて」というと「御無体な!」と凄い形相で土下座してくるので、本当にどうすればいいかわからなくなっている。

 だから毎日、こうして拝まれたら止めてもらえるヒントを探して会話のキャッチボールをするのだけど……。


「拝んでも私にご利益はないよ?」

「なくてもいいよ。俺は桜さんの美しいご尊顔を見てるだけで心が満たされるんだから」

「……っっ」


 こういう台詞を吐くものだから、私が動揺して会話が途切れてしまう。

 これのお陰で玉人君以外の人との会話はとても得意になったし感謝はしているんだけど……一向に慣れそうにないのはとても悔しい。

 だって玉人君、美しい美しいって言う割にデレデレに鼻を伸ばした風がないし……それがとても私のプライドを傷つける。不公平だと感情が訴えてくるのだ。

 だから今日は更に攻めようと思う。


「そ、そうだ玉人君、今日の放課後って残れる?」

「? 大丈夫だけど……なにか?」

「だったらちょっと教室に残ってよ。相談したいことがあるから」

「――うん。わかった」


 少し間をおいて、ニコリと優しいを笑みを浮かべた玉人君はそう答えた。


■■■■


 放課後。玉人君は約束通り教室に残ってくれた。


「――告白の下準備?」


 説明を聞いた玉人君は首を捻り、オウム返しのようにそう呟いた。


「うん。やっぱ告白って成功させたいじゃん? ならばそういうののシチュエーションの好みを男子に聞いたほうが早いかなって」

「なるほどー」


 玉人君は納得した様子で頷いている。

 ふふふ……ここまでは計画通り。

 私の計画はどこまでも単純なものだ。即ち『好きな人がいることを装って、玉人君の好きなシチュエーションを聞き出そう』作戦。

 これで私は玉人君の好む告白――じゃなくて弱点を知れて、玉人君は私と喋れてお互いにwin-winな作戦でもある。


「それで、玉人君的にはどんなシチュエーションがいいの?」

「そうだなぁ。まあ放課後にされるのが好ましいよね」


 確かに。昼休みや朝、他の休み時間に言われても急いでたりすることもあるから困るよね。


「今の時期なら教室」


 ふむふむ……確かに今は放課後の外に呼び出されても寒いし、妥当な場所選びだね。


「そこで前置きとかなく思いをぶつけてくれると嬉しいかなぁ……」

「案外、現実的というか……一周回ってロマンチスト?」

「その気はあるかも」

「じゃあ彼女に求めるものとかは?」

「んー、特にないかなぁ」

「意外だね」

「そお?」


 キョトン顔のあまりの可愛さに、一瞬このまま告白してしまおうかなんて思考が過ったけど、私は我慢してメモを続ける。


「うん。例えば「桜さんを崇めるような人ー」みたいな」

「あはは。それは僕だけでいいって。それに――」


 続けて玉人君の口から紡がれた言葉で、私は期待していた情報をてにいれられた筈なのに、どうしてかとても心臓の辺りがキュウっとつまるような感覚を覚えた。


■■■■


 それからも、時々玉人君から話を聞いた。

 彼女としたいこと、ABCのペースなど、「まだ告白しにいかないの?」と苦笑されながらも聞いていき、いつの間にか寒かった季節はまた暖かさを取り戻さんとしていた。


「玉人君」

「ん――今日も?」


 この頃になると、放課後に私が声をかけるだけで玉人君は教室に残るようになっていた。



「それで今日はどんなの?」

「今日は他でもない告白をしようと思って」

「おお! 結構はやっぱり金曜日にするの?」

「違うよ! というか古いって」


 あれから普通に会話もするようになって、玉人君は少し古い音楽に詳しいことを知った。他にも色々、好きな食べ物とか愛読書とか、それに玉人君の性癖とか。

 本当に色々な事を知って、私は更に、彼に惹かれた。


 私は玉人君と視線を合わせる。そこまで好きでもない濃い紫の瞳で、彼の真っ黒な瞳を射貫くように見る。

 すると真剣な話と雰囲気で悟ったのか、玉人君も襟を正した。


「――白露しらつゆ玉人ぎょくと君。私は君のことが好きです。付き合ってください」


 噛まないようにと、家で何度も練習した言葉を、とても緊張するこの場で、一語一句噛まずに告げた。


「……待って、桜さん。俺のことが、好きなの?」

「やっぱり、気づいてなかったんだ」


 困惑した様子で聞いてきた玉人君にそう返す。


「だって俺だよ? 本人が言うことじゃないけど、瞳フェチで勝手に他人を崇めてる奇人だよ?」

「本当に本人が言うことじゃないね」

「でも事実だよ。全校生徒のお墨付きくらいならすぐに貰えるくらいにはね」


 自虐的な笑みで、吐き捨てるように言い切った。

 わかっていたことだけど、玉人君は自分を極端に卑下するところがある。勿論、瞳フェチで他人を崇めているのは本当だ。私は当事者だからよく知っている。

 だけどそれで救われた人もまたいるのだ。


「私は奇人じゃないと思うよ?」

「え?」

「好きに一直線でやりたいことをやりたいようにして……そりゃー、病気を疑うくらいに鈍感なところもあるけどさ」


 私は知ったのだ。彼が他人に趣味を理解されようとしていないことを。

 私は知ったのだ。自分の瞳の色を認めて好いてくれる人がいることを。

 故に――


「――そんな君だから、私は玉人君のことが好きになったの」

「……っ!」


 玉人君の目じりに光るものが見えた。だけどそれをあえて見ぬふりをして、玉人君からの答えを待つ。


「……変人認定されても、かばえないぞ」

「うん」


 知ってる。


「……これからも、拝み続けるからな」

「うん」


 どんとこいだ。本望でさえある。


「……それに、桜さんまで好きになれる自信ないぞ」

「……うん」


 それは、遠回しな告白の返事だった。

 私は感極まって思わず抱き着いた。


「それでも――って、俺まだ言葉の途中」

「だって、それもう玉人君はオッケーって言ってるのと同じじゃん!」

「そうだけどさ……」


 玉人君は少ししてから、胸元にすっぽりおさまった私の頭をそっと撫で始めた。


「それに、玉人君もう私のこと好きでしょ」

「え?」

「だって毎日「美しい」って、私に言ってるんだから」

「あ……」


 顔をあげて、何も言わなくなってしまった玉人君の顔を見る。制服越しに、玉人君の心拍数が上がっていくのがわかっていたけど、玉人君の顔は夕焼けなんて目じゃないくらいに真っ赤だった。


「……マジか」

「マジマジ」


 してやったり――そんな気持ちが内心を渦巻く。

 これまでの玉人君の所業を踏まえるとまだまだ序の口だけど、それはこれからやりかえしていけばいいのだから。


 この日から、私と玉人君は正式にお付き合いすることになった。

 だけれど玉人君は相変わらず私を拝む。止めるよう言っても「これだけは譲れない」と頑として止めようとしない。しかしどう反応するのが正解なのか、それはわかったから、私的には良しとする。

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