11. お断りします。連れがいますので
流のことをからかうように笑った真雪は「ちょっとお手洗いに行きますね」とトイレに向かった。
ちょうど流もトイレに行きたいと思っていたところなんで、交互に行こうということになって、先に真雪がトイレの中に入っていた。
「ビックリした……」
流はトイレの前のベンチに腰を下してボソッと呟いて、さっき撮ったプリクラをもう一度見た。
二枚目の二人の手でハートの形を作っているプリクラは完全に恋人同士でするようなポーズだった。
☆☆☆
「お断りします。連れがいますので」
流が手を洗ってトイレから出ると、ベンチに座っている真雪の前に二人の男が立っている光景が目に入った。
茶髪の男と金髪の男。見た感じ大学生くらいだろうか。
どうやらまた真雪はナンパをされているようだった。
「なぁいいじゃねぇか。ちょっと一緒に遊ぶだけだって。ちょっとだけ、俺たちと一緒にゲームしようぜ」
「そうそう。ちょっとクレーンゲームで遊ぶのに付き合ってくれるだけでいいからさ~」
そう言った男二人の顔には「もちろんそれで帰す分けねぇけどな」と書いてあった。
「すみません。もう満足するほどクレーンゲームでは遊んだので、結構です」
真雪はツンっと突っぱねるようにそう言った。
「そう言わずによ。俺たち男二人でクレーンゲームなんかしても味気ねぇんだよ」
「だったら、来なければいいのでは?」
文化祭の時も思ったが、真雪はナンパをされることには慣れっこらしい。男二人を相手にまったく怯む様子も見せなかった。
「可愛げねぇやつ。まぁいいわ。顔が可愛ければ関係ねぇし」
「そうだな」
二人はニヤニヤと笑いながら真雪のこと上から下まで舐めるように視線を這わせた。
「気持ち悪いのでやめてください。それをしていいのは龍ヶ峰さんだけです」
そう言ってそっぽを向いた真雪と目が合った。
「あ、龍ヶ峰さん」
嬉しそうな笑みを浮かべた真雪は男たちを無視して流のもとへと小走りでやってきた。
「お待たせしました」
「もう、遅いですよ」
そう言って真雪は流の胸をポカポカとした。
「ねぇ、もしかして君が待っていた連れてそいつ?」
流のことを指差して笑いが止まらない茶髪の男。
「こんな地味な男と一緒にいて何が楽しいわけ? 俺たちの方が何倍もイケメンじゃん」
「マジそれな! 絶対俺たちと一緒に遊んだほうが得だって!」
だから俺たちと遊ぼうぜ、と金髪の男が真雪の手を掴もうと手を伸ばした。
その手が真雪の手に触れる前に流が阻止した。
それが分かった真雪は流に微笑むと、男たちの方を振り返った。
「あなたたちの目は節穴なんですか? ちゃんと目がついてるですか? どこをどう見たら龍ヶ峰さんよりも自分たちの方がカッコいいと思えるんですか?」
それは初めて見る真雪の怒っている姿だった。
怒った真雪はどこまでも冷え切っていて、凄い迫力だった。
その迫力に男たちも押されているようだった。顔を引き攣らせて少し後ずさりをした。
「そういうわけなのでお引き取りください。私は龍ヶ峰さん以外に興味はないので」
真雪が目だけが笑っていない微笑みを男たちに向けると、男たちは逃げるように立ち去っていった。
「まったく、この世界に龍ヶ峰さん以上にカッコいい人なんていませんよ。冗談を言うのも大概にしてほしいです」
ぷんぷんと真雪は頬を膨らませた。
「私のことをバカにするのはかまいませんけど、龍ヶ峰さんのことをバカにするのは許しません」
真雪の怒りは未だにおさまらないといった感じだった。
そんな怒りの言葉とも好意の言葉とも聞こえる言葉を聞いた流はどうしていいのかと頬を引き攣らせた。
「はぁ~。せっかくの楽しいおでかけが台無しです。龍ヶ峰さんなんかすみません」
真雪は流の方を振り向くと申し訳なさそうに頭を下げた。
「い、いや。俺は大丈夫ですけど……怪我とかないですか?」
「それは、はい。大丈夫です」
「なら、よかったです」
「ご心配ありがとうございます。やっぱり龍ヶ峰さんは優しいですね」
そう言って真雪は流に微笑みを向けた。その微笑みには先ほどまでの冷たい感じはなく、温かみしか感じなかった。
「さて、ちょっとしたハプニングがありましたが、お出かけの続きを再開しましょうか。ゲームセンターはもう満足したので、次の場所に向かってもいいですか?」
「いいですけど、このぬいぐるみを持ったまま移動ですか?」
「あ、それは確かに大変ですね。ちょっと待ってください。沙雪ちゃんに連絡して取りに来てもらうので」
真雪はスマホを肩掛けカバンから取り出すと沙雪に連絡を入れた。
「十分くらいしたら来てくれるそうです」
「そんなに早く来れなくないですか?」
「今日はお母さんがお休みなので、お母さんと一緒に車で来てくれるそうです」
「えっ……」
突然の真雪の母親との対面に流は驚く。
(これから月乃さんのお母さんと会うのか……)
冷静にそう考えてみたが、冷静にはなれなかった。
「ちょっと待って、それってつまりこれから俺は月乃さんのお母さんに会うってことだよね?」
「そうですね」
微笑みを崩すことなく真雪は頷いた。
「うん。俺は中で待ってるから月乃さん一人でぬいぐるみ渡しに行って」
「なんでですか?」
「なんでって、その……誤解されるかもしれないだろ」
「誤解? 私と龍ヶ峰さんがお付き合いしてるんじゃないかっていう誤解ですか?」
真雪は流のことをからかうようにそう言った。
流が小さく「うん」と頷くと、真雪は満面の笑みを浮かべる。
「いいじゃないですか! むしろ私としては好都合です! それにお母さんはずっと龍ヶ峰さんにお会いしてみたいって言ってたんですよ」
「いや、よくないから。月乃さんみたいな美人な人が俺なんかと付き合ってるって誤解されたらお母さん悲しむと思う」
「龍ヶ峰さん」
真雪は流の名前を呼ぶと、流の顔を包み込むように両手で頬に触れた。
「さっきの聞いてましたよね? 私にとって龍ヶ峰さんが世界で一番カッコいいと思いますし、龍ヶ峰さん以外の人になんて興味ないんです。だからそんなことを龍ヶ峰さんが勝手に決めないでください」
真剣な表情で、真雪は流に真っ直ぐに言葉を伝えた。それは真雪の本心で何があっても変わることのない本音だった。
「龍ヶ峰さんがどうしてそんな風に自分を低く評価するようになったのかは私は知りませんけど、これだけは覚えておいてください。私は龍ヶ峰さんのことを……いえ、こんなところで言うことではありませんね」
真雪は今自分がいる場所を思い出して最後まで言うことをやめた。
「こんなところで言ってもロマンチックのかけらもありませんからね。ぬみぐるみは私が一人で私に行ってくるので龍ヶ峰さんはお店の中で待っていてください」
ふわりと微笑むと真雪は踵を返してベンチの上に置きっぱなしになっていたぬいぐるみのもとへ向かった。
流は真雪に名前を呼ばれるまでしばらくの間、トイレの前で立ち尽くしていた。
☆☆☆
十分後。
ゲームセンターの前に停まった高級車から沙雪と美しい女性が出てきた。
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