10. それはズルいです


 真雪は餃子に小さく齧り付いた。

「ほんとだ。美味しいです」

「ですよね。たくさんあるのでどんどん食べちゃってください」


 そう言って流はもう一つ餃子を食べた。

 美味しそうにラーメンを食べている真雪の顔を見て一安心した流は味わうように慣れ親しんだ味を堪能した。


☆☆☆




 ラーメンを食べ終えた二人は食後の運動と称して商店街をゆっくりと歩いていた。


「食べ過ぎて少し辛いです」

「大丈夫ですか?」

「はい。歩けないほどではないので」


 ご心配ありがとうございます、と真雪は微笑む。

(せっかくのこの時間を無駄にはしたくありませんから)

 少し無理をしてでも真雪は歩く覚悟だった。

 そんな真雪の気持ちを察してなのか流は「無理するなよ」と言った。


「それはズルいです」


 真雪は少し頬を赤くしてそう呟いた。

(その口調でそんなこと言われてときめかないわけがないじゃないですか)

 恥ずかしさを隠すように真雪は流の肩をポコポコと叩いた。


「な、なんですか?」

「なんでもないです」

「なら、なんで叩いてくるんですか?」

「龍ヶ峰さんがズルいからです」

「意味が分からないんですけど」

「分からなくていいです」


 流は困惑したような目を真雪に向けたが真雪は知らんぷりをした。


(なんだったんだ……)

 説明を求めても返って来なさそうなで流はそれ以上は何も聞かなかった。

 それからしばらくお互い無言で商店街を歩いていると不意に真雪が声を上げた。


「あっ、ゲームセンター」

 真雪の視線の先にはこじんまりとしたゲームセンターがあった。

 真雪はゲームセンターに行きたそうな視線を送っていた。


「ゲームセンター行きたいんですか?」

「あ、はい……」

「なんだか少し意外ですね。ゲームとかされるんですね」


 学校での生徒会長としての真雪の姿しか見たことがなかった流はそう言った。

 真雪がゲームをしている姿はあまり想像できなかった。


「意外ですか?」

「はい。優等生のイメージが強すぎてそういうものはしないと思ってました」

「実はゲーム大好きなんですよ」

「そうなんですね」

「でも、ゲームセンターにも滅多に行けないですけどね」

 真雪は少し悲しそうに苦笑いを浮かべた。


「どうしてですか?」

「沙雪ちゃんに一人では行ってはダメって言われてるんです。かといって、沙雪ちゃんを付き合わせるわけには行きませんし、一度ゲームセンターに入ったら時間も忘れて一人で楽しんじゃいますから」


 なぜ沙雪に行ってはダメと言われているのかは分からないが、なんだか不憫だなと思った流は「じゃあ、せっかくなので行きますか?」と真雪に提案した。


「え、いいんですか!?」

「俺はいいですよ」

「久しぶりなので何時間いるか分かんないですよ?」

「それはほどほどにお願いします」


 流が苦笑いを浮かべると真雪は「分かりました!」と本当に分かっているのかと疑ってしまいたくなるほどテンションの高い声で言うとゲームセンターに向かって走っていった。

 そんな真雪の背中を見て「本当に好きなんだな」と呟いた流もゲームセンターへと向かった。



 ゲームセンターに入って数分。

 沙雪が一人では行ってはダメと言った理由が流は分かった気がした。


「見てください龍ヶ峰さん! このぬいぐるみ可愛くないですか!」


 真雪まるで子供のようにカラメル色の瞳をキラキラと輝かせてUFOキャッチャーの中のぬいぐるみを見てはしゃいでいた。

 しかもUFOキャッチャーをプレイしている時の真雪は集中していて無防備で、たぶんほっぺをぶにぶにと突いても気が付かないだろうと思った。もちろんやらないけど。


「龍ヶ峰さんこれも取っていいですか?」

 すでに五個のぬいぐるみを取っている真雪だがまだ取り足りないらしく、イルカのぬいぐるみを指差してそう言った。

 断る理由もないので流はどうぞと頷いた。


「ありがとうございます!」

 ゲーム好きということもあってか、真雪のUFOキャッチャーの腕前はかなり凄かった。流では千円以上かけそうな物でも真雪は数百円で簡単に取っていた。

 現に今もイルカのぬいぐるみを五百円以内で取ってしまった。


「やりました! 取れましたよ!」

 満面の笑みを浮かべながら流にイルカのぬいぐるみを見せつける真雪。


 そんな真雪が妹のように見えてしまった流は真雪の頭にそっと手を伸ばして優しくなでた。

 頭を撫でられた真雪は目をパチパチと瞬かせ何が起きたのかと流のことを真っ直ぐに見つめていた。


「あ、ごめん……」

 その真雪の視線で自分が何をしたのかを理解した流は真雪から視線をUFOキャッチャーの中のイルカに逸らした。


「いえ、急でビックリしましたけど、その、嬉しいです……」

(こんなのどうしたってにやけてしまいます)

 へにゃっと頬を緩めた顔を隠すように真雪はイルカのぬいぐるみで口元を隠した。


「と、とりあえず、向こうに行きましょか」

「そ、そうですね」

 気恥ずかしくなった二人はメダルコーナーへと向かった。


「め、メダルゲームとかでも遊んだりするんですか?」

「遊んでましたね。メダルゲームなんか特に時間を忘れてやってしまいます」

「やりますか?」

「う~ん。やめておきます。本当はやりたいですけど、時間がもったいないので」


 真雪がそう言うのでメダルゲームはやらないことになった。

「それよりもあれをやりませんか?」

 そう言って真雪が指差した先にはプリクラがあった。


「プリクラですか……」

「ダメですか?」

「ダメってわけじゃないけど、俺なんかと一緒に撮っていいんですか?」

「一緒に撮ってはダメな理由があるんですか?」

 ないですよね、とでも言わんばかりの視線を流に向ける真雪。 


「分かりました。一緒に撮りましょう。その代わり撮ったことがないのでやり方を教えてください」

「プリクラ初めてなんですね。もちろんです。私が一から教えてあげます!」


 そう言って微笑んだ真雪に少しだけ危機感を覚えた流だったが一緒にプリクラの中に入った。


「といっても教えることなんてあんまりないんですけどね。ただ一緒に写真を撮るだけですから」

 真雪がお金を入れると撮影が開始した。


「ほら、龍ヶ峰さんも早くポーズをしてください」

「ぽ、ポーズ……」


 こういうことに疎い流はどんなポーズをすればいいのかと、頭を悩ます。

 頭を悩ましている間に一回目の撮影が終わり二回目が始まった。


「龍ヶ峰さん悩んでいる時間なんてないですよ。ほら、私のポーズに合わせてください」


 真雪は流に向かって片手を差し出していた。その手の形はハートの形の片割れだった。それが、何のことなのか分からなかった流はとりあえず真雪の手の形に合わせて自分の手を合わせた。

 ハートの形を二人で作った写真が画面に一瞬だけ映し出されてすぐに消えた。 

 それかはとにかく必死にいろんなポーズをした流は、撮影が終わるころにはぐったりと疲れていた。


「疲れましたか?」

「ですね。プリクラがこんなに疲れるとは思ってもいませんでした」

「ふふ、でもその分楽しい思い出ができますから」


 取り出し口に出てきたプリクラを手に取った真雪は近くの台においてある鋏で半分に切り分けて流に渡した。


「ほら、いい顔してますよ」 

 そう言われてプリクラに目を通すと、確かに楽しそうな顔をしていた。

(てか、この二枚目の写真って……)


「なんだか私たちカップルになったみたいですね」

「えっ……」

「ふふ、冗談ですよ」


 流のことをからかうように笑った真雪は「ちょっとお手洗いに行きますね」とトイレに向かった。

 ちょうど流もトイレに行きたいと思っていたところなんで、交互に行こうということになって、先に真雪がトイレの中に入っていた。


「ビックリした……」

 流はトイレの前のベンチに腰を下してボソッと呟いて、さっき撮ったプリクラをもう一度見た。

 二枚目の二人の手でハートの形を作っているプリクラは完全に恋人同士でするようなポーズだった。


☆☆☆

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