9. する予定はないので食べます!
流は駅前で真雪が来るのを待っていた。
一昨日いきなり真雪から届いたお出かけメッセージ。
断る理由もなかったし、どうせ休日は特にやることもなく暇をしていたので了承をしたのだが、了承をした後でよく考えたらこれってデートになるんじゃないかと思った。
そのせいで、そのあとに送られてきた『どんな服が好きか?』というメッセージに返信するのに一時間以上もかかってしまった。
一度決まってしまったものをやっぱり無しでと言えるほどの度胸は流にはない。
だから、こうして真雪に指定された待ち合わせ場所に流は駅前にやって来ていた。
腕時計をチラッと見る。十時四十分。真雪に指定された集合時間十一時まではまだ二十分ある。
まだ二十分もあるなら、駅中にある本屋にでも言って時間をつぶそうかと思ったが、どうやらそんな暇はないらしい。
遠くの方で「龍ヶ峰さん~」という声が聞こえ顔を上げると薄水色のさわやかなワンピース姿の真雪がこちらに向かってきていた。
「お待たせしてしまいましたか?」
「いや、俺も今来たところです」
そんな初々しいやり取りに真雪は嬉しそうに微笑んだ。
「私が先に来て龍ヶ峰さんのことをお待ちしてようと思ったのに、どうやら先を越されてしまったみたいですね。次は三十分前に来ないといけませんね」
少し悔しそうにそう呟いた真雪は「それじゃあ少し早いですけど行きましょうか」と歩き始めた。
流はどこに行くのかは聞かされていなかったので真雪についていくしかなかった。真雪の後を追い隣を歩く。
「まずは昼食を食べに行きましょう。流さんは好き嫌いはありますか?」
「野菜全般苦手です……」
「そうですか。こういう時は何がいいんでしょうか?」
「無難にラーメンとかどうですか?」
流はラーメンが好きだった。カップラーメンとかよく食べる。もちろん、カップラーメンばかりだと飽きるのでお店に食べに行くこともしばしば。
「そうですね。じゃあ、ラーメンにしましょうか。どこか美味しいお店知ってますか?」
「あ、それなら行きつけのラーメン屋があります」
少しテンション高めに流はそう言った。
「ではそこに行きましょう。案内してくれますか?」
そう言われ流が「うん」と頷くと真雪は楽しみですと微笑んだ。
というわけで流の先導の元、流の行きつけのラーメン屋に行くことが決まった二人はラーメン屋を目指してゆっくりと歩みを進めた。
「ところで龍ヶ峰さん。今日の私の服装はどうですか?」
ラーメン屋に向かって歩いている途中で真雪がいきなり今日の服装についての感想を求めてきた。
「一応、龍ヶ峰さんに言われて可愛い系のお洋服で来たつもりなんですけど……」
どうですか? と真雪は感想を聞かせてほしいと流のことを見上げた。
もちろん流が真雪の私服姿を見るのは今日が初めてのことだった。
薄水色のワンピースは初夏にピッタリだった。二の腕の部分がシースルーで、腰回りはきゅっとなっているからよけいにその豊満なそれが強調されていて、真雪のスタイルの良さが際立っていた。
思わず見とれてしまうほど、よく似合っているし可愛い。
流は女性経験に乏しいがいつも母親から『女性は褒めるものよ』と言われているので感想を素直に真雪に伝えることにした。
「可愛いと、思います」
少し頬を赤らめて感想を口にすると、真雪はその顔に花を咲かせるようにパッと笑顔になった。
「そう言ってもらえてよかったです。龍ヶ峰さんのために新調した甲斐があるというものです」
「え、もしかして今日のために新しい服を買ってくれたんですか?」
「もちろんです! 初めての龍ヶ峰さんとのお出かけなんですよ。気合を入れないわけにはいかないじゃないですか!」
その気持ちはもちろん嬉しいが、それ以上に申し訳ないという気持ちが勝った。
自分なんかのためにわざわざ新しい服を買ってくれた真雪に流は申し訳なく思う。
「なんか、すみません……」
「なんで謝るんですか。私が自分のためにやったのですから龍ヶ峰さんが謝ることはないと思いますけど?」
「でも、俺のためにわざわざ買ってくれたんですよね?」
「そうですね。私が龍ヶ峰さんに可愛いと思ってもらいたくて買ったんです。なので、龍ヶ峰さんが謝る必要はありません」
これ以上は謝るの禁止ですと付け加えた真雪は方を膨らませた。
それでも、申し訳ないと思った流はせめてラーメンを奢らせてくれと言った。
「分かりました。それで手を打ちましょう。その代わり、今後申し訳ないと思うのは禁止ですからね。せっかくのお出かけが楽しめなくなっては意味がないですから」
「分かった」
流が頷くと真雪は満足そうに微笑んだ。
その後は他愛もない話をしながら歩いていると流の行きつけのラーメン屋に到着した。
「ここが龍ヶ峰さんの行きつけのラーメン屋さんですか」
「今更だけど、本当にラーメンでよかったんですか?」
「もちろんですよ。あんまり食べたことはないですけど」
「え、そうなんですか?」
「はい。外食自体あんまりしませんからね」
だからだろうか、真雪はカラメル色の瞳をキラキラと輝かせてラーメン屋を見つめていた。
「早く入りましょう! 龍ヶ峰さん!」
まるで子供のようにはしゃぎだすと真雪はラーメン屋の中に入っていった。
まだ開店したばかりということもあって、お店の中はそれほど混んではいなかった。
テーブル席に案内されて向かい合うような形で座る。
真雪はテーブルに備え付けられているメニュー表を興味津々といった表情で見つめていた。
「決まりましたか?」
「これだけ種類があると悩みますね」
「ゆっくりでいいので、食べたいものを選んでいいですからね」
「龍ヶ峰さんはもう決められたんですか?」
「俺は何回も来てるので、もう決まってますね」
ここのラーメン屋の常連の流はいつも注文するメニュー頼もうと思っていた。
「じゃあ、私も龍ヶ峰さんと同じものにします。決まりそうにないので」
「分かりました」
流は「すみません」と店員さんを呼んで、味噌ラーメンとチャーハンセットを二つ注文した。
「味噌ラーメン。初めて食べます」
「え、マジですか?」
「はい。さっきも言いましたけどあまりラーメンを食べないので」
「なら、後悔するかもしれませんね」
「どういうことですか?」
「それは食べてからのお楽しみです」
流は悪戯な笑みを真雪に向けた。そんな流の初めて見る表情に真雪は目をパチパチと瞬かせた。
「龍ヶ峰さんってそんな顔もするんですね」
「あ、ごめんなさい……」
つい、自分の行きつけのラーメンを誰かに食べてもらえるのが嬉しくてテンションが上がってしまっていた。流はバツが悪そうに真雪から目を逸らしてお冷に口をつけた。
「べつに攻めてるわけじゃないんですよ。ただ、そんな顔を見るのは初めてで新鮮でしたので」
「さっきのは忘れてください」
「それは無理な注文ですね。しっかりとこの目に焼き付けてしまいましたから」
今度は真雪が流に悪戯な笑みを向けた。
「それにいいじゃないですか。私はいろんな龍ヶ峰さんを知りたいんです。なのでもっといろんな龍ヶ峰さんを見せてください」
真雪がそう言ったすぐ後に二人分の味噌ラーメンとチャーハンと、頼んでいない餃子が運ばれてきた。
「あれ? 私たち餃子なんて頼みましたっけ?」
「たぶん。店主のはからいです」
流が厨房にいる店主の方を向くと、店主と目が合ってニコッと微笑まれた。ここの常連となっている流と店主は仲が良かった。
店主に頭を下げると流はわり箸を綺麗に割った。
「これ、どうやって割るんですか?」
「もしかしてわり箸を使うのも初めてなんですか?」
「はい」
珍しいな思いつつと流は真雪にわり箸の割り方を教えた。
「龍ヶ峰さんのように綺麗に割れませんでした」
初めてわり箸を割った真雪のわり箸は歪な形だった。
「これ使ってください。そっちは俺が使うので」
そう言って流は真雪に自分のわり箸を差し出した。
「そんなの申し訳ないですよ。私はこれで食べるので……」
「ダメです。怪我するかもしれないので、こっちを使ってください」
「そこまで子供じゃありませんよ?」
「それでも、こっちを使ってください」
流は真雪の手から歪な形のわり箸を取ると自分のわり箸を渡した。
真雪は納得してなさそうだったが、流は気にせずにその歪なわり箸でラーメンを啜った。さすがにもう交換するとは言ってこないだろう。
「それじゃあ、有難く使わせていただきます」
「どうぞ」
真雪はいただきますと手を合わせると、ラーメンに髪の毛がつかないように耳にかけると一口啜った。
たったそれだけの所作なのに美しい。ずずずとラーメンを啜った真雪は目を見開いて流のことを見た。
「な、なんですかこれ!?」
「どうですか? 美味しいでしょ?」
「はい。とても、美味しいです」
よほど美味しかったのかカラメル色の瞳をキラキラと輝かせて真雪はすぐに二口目をずずずと啜った。
美味しそうにラーメンを啜る真雪に満足そうな笑みを浮かべた流も二口目を啜った。
「こんなに美味しいラーメンを食べたのは初めてです」
「俺が後悔するかもしれないって言った理由が分かりましたか?」
「なんとなくは……」
流が後悔するかもしれないと言ったのはここの味噌ラーメンがあまりにも美味しすぎるからだ。ここの味噌ラーメンを食べてからというもの、他のお店の味噌ラーメンでは味気なさを感じてしまうようになってしまった。
普段ラーメンを食べない真雪ならなおのこと、この衝撃は凄いだろう。
真雪のラーメンを啜る手は止まりそうになかった。
「本当においしいですね。ハマりそうです」
「そう言ってもらえたなら連れてきた甲斐があるというものです」
流は餃子を一つ箸で掴んだ。
そしてここの餃子も絶品だ。
「餃子。食べるんですか?」
「はい。せっかく店主が焼いてくれたので。どうかしましたか?」
「いえ、ただ口の中がニンニク臭くなってキスできなくなるなと……」
「する予定はないので食べます!」
いきなり何を言い出すんだと、流は餃子を口に運んだ。
「ふふ、冗談ですよ。でも、ニンニク臭くなるのはちょっと気になっちゃいますね。龍ヶ峰さんに臭いって思われないか心配です」
「それなら、俺はもう食べてしまったのでお互いさまでは?」
「ニンニク臭くても嫌いになりませんか?」
「なりませんよ」
「なら、いただきます」
「どうぞどうぞ。ここは餃子も美味しいので食べないのはもったいないですよ」
真雪は餃子に小さく齧り付いた。
「ほんとだ。美味しいです」
「ですよね。たくさんあるのでどんどん食べちゃってください」
そう言って流はもう一つ餃子を食べた。
美味しそうにラーメンを食べている真雪の顔を見て一安心した流は味わうように慣れ親しんだ味を堪能した。
☆☆☆
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