第2章 双子姉とお出かけ
7.な、なんでその二択なんですか?
花田との一件があった翌日。
今月(五月)の挨拶運動習慣最終日。
今日も今日とて真雪と沙雪は校門の前に立って生徒たちに挨拶をしていた。
「今日はちゃんと挨拶を返してくれるわね」
「みたいね」
あの後、流と真雪を見送った沙雪はすぐに先生を呼びに行き事情を説明した。
先生からの信頼が厚い沙雪の話はすんなりと信じてもらえた。流に倒された生徒たちは一週間の謹慎となった。
花田はどうなったかというとサッカー部員達の証言により、同じく一週間の謹慎となっていた。花田が独断でやったことと沙雪の計らいでサッカー部は部活動停止とまではならなかった。
「ありがとうね。沙雪ちゃん」
「何のこと?」
「龍ヶ峰さんのことよ」
正当防衛とはいえ流も手を出しているお咎めなしとはいかなかった。真雪が言っているのはそのことだ。本来なら流も謹慎になるはずだったのだが、沙雪が正当防衛を主張してくれたので流は反省文を書くだけで許してもらえることになった。
「別に私は何もしてないわ」
「そう言うと思ったわ。それでもありがとうね」
真雪が沙雪に満面の笑みを浮かべると沙雪は少し照れ臭そうに真雪から視線を逸らした。
沙雪が視線を逸らしたその先にはちょうど登校してきた流がいた。
「ほら、姉さんの王子様が来たわよ」
「え、どこ!?」
私の王子さまは流だけ、と言わんばかりに真雪はきょろきょろとカラメル糸の瞳を動かして流のことを探す。
そして流のことを見つけるとキラキラと瞳を輝かせ、へにゃりと幸せそうに笑って「龍ヶ峰さんおはようござます」と言った。
「おはようございます」
いつもと変わらない感じで流は真雪に挨拶をする。
「傷の方はどうですか?」
「おかげさまで治りました」
「そうですか。それはよかったです」
流の口元に貼った絆創膏が無くなっていることに真雪は目を細めて微笑んだ。
「あの、龍ヶ峰さん……」
真雪は周りに沙雪以外に誰もいないことを確認すると、意を決したように流に言う。
「いきなりなんですけど私と連絡先を交換してくれませんか?」
唐突にそんなことを言われた流は目を何度かパチパチとさせて固まった。
数秒固まった末に流は言う。
「いや……お断りします」
昔の流なら頷いていただろう。ここですぐに頷かなくなったことに流は成長を感じていた。真雪からの連絡先を断った流はそのまま下駄箱に向かって歩き始めた。
「いいの? 姉さん。彼行っちゃうわよ?」
「……」
連絡先交換を断られた真雪はフリーズしていた。
先が思いやられるわねと沙雪は心配になりながら真雪の背中をポンと叩いた。
「一回断られたくらいで諦めるの? ダメだったらまた聞けばいいじゃない。嫌われるまで何度もチャレンジしたらいいじゃない」
「でも……もう嫌われたかも」
真雪は瞳に大粒の涙を浮かべて沙雪のことを縋るように見上げる。
「何言ってんのよ。大丈夫よ。嫌われてないから。またお昼休憩に会うかもしれないのよ? 泣いて赤くなった目を彼に見せたいの? 心配されるわよ」
「いや! 心配させたくない!」
「なら、泣き止まないと」
まったくこれじゃあどっちが姉か分からないじゃない、と沙雪は真雪の涙を人差し指で拭った。
「ほら、挨拶運動再開するわよ」
校門を通る生徒たちが涙目の真雪のことを心配そうな顔で見ていた。
そんな生徒たちに真雪は気を取り直したように笑顔を向けた。
☆☆☆
そして昼休憩。
流がいつものように屋上に向かうと、待っていたかのように真雪が話しかけてきた。
「龍ヶ峰さん。朝はいきなりすみませんでした」
真雪は流に向かって丁寧に頭を下げるとニコッと微笑んで「よければ、一緒にごはんを食べませんか?」と提案してきた。
「ダメですか?」
「なんで俺と? いつも妹さんと一緒に食べてるじゃないですか」
そう言いながら流はベンチに目を向けた。いつもなら沙雪もいるはずなのだが、そこには誰も座っていなかった。
そんな流の視線に気が付いた真雪は言う。
「沙雪ちゃんはいませんよ。先生に呼ばれたみたいで、今日は別々に食べようってことになったんです」
そういえば、数学の時間に先生が沙雪にお昼休憩になったら職員室に来るように言ってたな、と流はぼんやりと思った。
「なので今日は一人なんです。一人で食べるご飯って味気ないじゃないですか。だから私と一緒食べませんか? 別に相手をしてくれなくてもかまいません。ただベンチに横に座ってくれているだけでいいので」
「それはいつも一人でご飯を食べてる俺への当てつけですか?」
「ち、違いますよ! そういうつもりで言ったんじゃありません!」
誤解ですと、真雪は首をブンブンと横に振った。
首が飛んでいきそうなくらい首を振っている真雪のことを見て流はクスっと笑った。
「冗談です。まぁ、そのくらいならいいですよ」
「ほ、本当ですか!?」
「はい」
流が微笑むと真雪は嬉しそうに真っ白な歯を見せてはにかんだ。
「それじゃあ、ベンチに座りましょう!」
真雪は無意識に流の手を握る。
「!?」
いきなり手を握られた流は目を見開く。
女性に手を握られるの母親以外では初めてのことだった。
スベスベで柔らかくて小さな真雪の手が大きくて少しゴツゴツした流の手をしっかりと握りしめていた。
そのままベンチに連れていかれた流は真雪の隣に座った。
ただ隣に座っていてほしいと言われたので、流は真雪の隣に座って総菜パンの袋を開けた。
心臓の音が早くなるのを感じながら総菜パンを一口食べる。
「いただきます」
律儀に手を合わせた真雪は弁当箱の蓋を開けた。
弁当箱の中には可愛らしいチさなおにぎりが二つと美味しそうなおかずが数種類、隙間なく詰めれれていた。
そんな美味しそうな真雪の弁当に吸い寄せられるように流の視線は向かっていった。
「よかったら食べますか?」
「えっ……」
その流の視線に気が付いた真雪は「好きなのを差し上げますよ」と微笑んだ。
「いえ、大丈夫です」
「遠慮なさらなくていいのですよ?」
「いや、本当に大丈夫なので」
そう言って真雪の弁当から視線を逸らした流は総菜パンを齧った。
「いつも思ってたんですけど、龍ヶ峰さんってお昼それだけでたりるのですか?」
「まぁなんとか」
そう言ったそばから流のお腹が「ぐぅ~」と音を立ってたので真雪に笑われた。
「龍ヶ峰さん。嘘つきましたね?」
「嘘じゃない。今日はたまたま朝ご飯を食べる時間がなかったから……」
「嘘つきにはこうです」
真雪は自分の弁当から唐揚げを端でつかむと流の口の中に押し込んだ。
口の中に押し込まれた唐揚げを流は無意識に噛んだ。あふれんばかりの肉汁が口の中に広がる。
「うまっ……」
流は無意識のままに呟いた。
その呟きを聞いた真雪は嬉しそうにへにゃっと頬を緩めて目を細めた。
「自分の作った料理を好きな人が食べてくれて美味しいって言ってもらえるのは幸せですね」
「えっ……」
聞き間違えではないかと流は目を見開いて真雪の顔をまじまじと見つめた。
しかし帰ってくるのは幸せそうな笑顔だけだった。
「もう一つどうですか?」
「もういいです……」
これ以上真雪の笑顔を見つめていると心臓に悪いと思った流は真雪に背を向けた。
「本当にもういらないんですか? 今なら食べ放題ですよ?」
そんな真雪の甘い囁きに流は喉を鳴らす。
「早くしないと全部食べちゃいますよ~」
どこか楽しげに流のことをからかう真雪。
(やばいです。楽しいです。好きな人と話すのってこんなに幸せな気持ちになるんですね)
流は真雪に背中を向けていてよかっただろう。
今の真雪の顔を見たら流の心臓は張り裂けていたかもしれない。
「そうですか。もう知りませんからね。食べちゃいますからね」
頑なに振り向こうとしない流に不満そうに頬を膨らませた真雪はおにぎりを端で掴んで口に運ぶ。
「うん。美味しいです」
わざと流に聞かせるように真雪はおにぎりの感想を言った。
「この卵焼きも美味しいですね~」
チラチラと流の背中を見ながら卵焼きも口に運んだ。
それでも頑なに振り向こうとしない流に痺れは切らした真雪は強行突破をすることにした。
(むぅ~。絶対に食べさせます)
真雪は弁当箱とともに立ち上がると流の前に回り込んだ。
「ほら、龍ヶ峰さんお弁当ですよ」
「……」
ニコッと微笑んだ真雪の顔を見て流は固まる。
「遠慮せずに食べていいんですよ?」
「いいって、言いましたよね……」
「仕方ありませんね~。では、強情な龍ヶ峰さんに選択肢を与えましょう。大人しくこのお弁当を食べるか、それとも私と連絡先を交換するか。さぁ、どっちがいいですか?」
「な、なんでその二択なんですか?」
どちらかを選ばないといけない理由は流にはない。だけど、流は選んでしまう。
真雪は気が付いていないようだが、真雪と流は間接キスをしている。そのことに気が付いている流は真雪が口をつけた端でご飯を食べるということを避け、連絡先を交換する方選択した。
どちらを選んでも得しかなかった真雪は流と連絡先を交換できて満足そうだ。
そんな真雪は嬉しそうな顔で残りの弁当を食べた。
(今朝は成長できたと思ってたんだけどな……)
結局、流はまだ成長できていないようだった。その場の雰囲気に流されて真雪と連絡先を交換することを選んでしまったのだから。
☆☆☆
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