5.仕方なくてもダメです。ちゃんと自分を大事にしてください

「ばかっ! ばかばかばかばかばか! それで龍ヶ峰さんが傷ついてどうするんですか! もっと自分を大事にしてください!」

 泣きながら怒っている真雪は流の胸をぽかぽかと叩く。


 どうやらよほど心配させてしまったらしい。泣いている真雪の姿を見て流は申し訳ない気持ちになった。

 流が真雪にごめんと言ったタイミングで沙雪がやってきて「何この状況……」とその場の光景を見て呟いた。


☆☆☆

 

 遡ること少し前。

 真雪が流に嫌われているんじゃないかと心配していた少し後のこと。

 弁当を食べ終えて二人が生徒会雑務に誰を指名するの話をしている時のことだった。


「ねぇ、なんか下の方が騒がしくない?」

 沙雪がそう言いながらベンチから立ち上がって落下防止用の柵から身を乗り出して下を覗き込んだ。

 校舎の正面には体育館があり、屋上からちょうど体育館裏が見下ろせた。


「沙雪ちゃん。危ないわよ」

「姉さん。あれって、彼じゃない?」

「え、彼って、龍ヶ峰さん?」

「うん」


 沙雪が頷くと真雪はベンチから立ち上がって沙雪同様に落下防止の柵から身を乗り出して下を覗き込んだ。

 二人が目撃したのはちょうど流が殴られた瞬間だった。


「龍ヶ峰さん!?」

 それを目にした真雪は体育館裏に向かうために走り出していた。


「ちょ! 姉さん!?」

 沙雪もその後を追うように屋上を後にする。


 そして現在に戻る。

「ねぇ、これ一人でやったの?」

 沙雪が地面に倒れている五人の生徒を見て言う。


 流は小さく頷いた。

 真雪は相変わらず流の胸の中で泣いていた。


「龍ヶ峰君って実は凄い人?」

「龍ヶ峰さんは凄い人なんです!」

 沙雪の質問に答えたのは真雪だった。相変わらず涙声だ。


「まぁいいわ。ここは私が対処しておくから二人は保健室に行ってきなさい」

「そうよ! 龍ヶ峰さんその傷の手当をしに行きましょう!」

「いや、このくらいなら大丈夫だから」

「ダメです! そこからばい菌が入ったらどうするんですか!」


 真雪は母親のように流のことを叱って、泣き腫らした瞳で流のことを見上げてくる。

(この状態は非常によろしくない)


 先ほどから意識しないようにしていたが流の太ももに真雪の豊満なそれが当たっているのだ。

 そろそろ離れてもらはないと理性が崩壊してしまいそうだった。

 胸の中で泣かれていたから離れようにも離れられなかった。


「わ、分かったよ。行くからそろそろ離れてくれ」

「離れないとダメですか?」

「なんで保健室に連れて行こうとしてるのに、離れたくないんだよ」

「だってこんな機会めったにないでしょうから。その、もったいないなって……」

 少し頬を赤らめた真雪はチラチラと流のことを見る。


「うん。離れようか。てか、俺から離れるわ」

 もう真雪は泣いていないので、流は真雪から逃げるように体を起こした。

 真雪は「むぅ~」と頬を膨らませて立ち上がる。


「あのまま勢いでキスまでしていれば既成事実が……」

 何やら恐ろしいことを呟いているが流は聞かなかったことにした。


「まぁいいです。それじゃあ保健室に行きましょう」

 真雪はスカートをはたいて綺麗に整えると流に向かって微笑んだ。

 流は頷くと真雪の後に続いて保健室に向かった。

 校舎の中を二人並んで歩く。


「龍ヶ峰さんが殴られた時、気が気がなかったんですからね」

「見てたのか?」

「屋上で沙雪ちゃんと一緒にお弁当を食べてましたからね」

 そういえばいつも二人でベンチに座って食べてるなと流は思った。


「心臓が止まるかと思いましたよ」

「それは悪いことをしたな。でも、仕方なかったんだ」

「仕方なくてもダメです。ちゃんと自分を大事にしてください」

「別にこのくらいなら……」

 中学生の時のあれに比べれば、このくらいの傷なんでもない。


「それに一応鍛えてるから」

「何かされてるんですか?」

「週三でキックボクシングをしてるな」

「そうなんですね。それでも自分を大事にしないといけないですよ? 次はこんなことしないでくださいね?」 

 真雪がカラメル色の瞳を真っ直ぐに流に向ける。 


「でも、ありがとうございます。私のために怒ってくれたんですよね」

「だからそんなんじゃないって言ったろ」

「またまた~。照れなくてもいいんですよ?」

「だから違うって」

「まぁ、そういうことにしておきましょう」

 ふふっと嬉しそうに真雪は微笑んだ。


 保健室に到着した。どうやら保険の先生はどこかに行っているみたいで誰もいなかった。

「誰もいないみたいですね~。準備するのでそこに座っててください」

 真雪に言われるがままに流は椅子に座った。 


 どうやら真雪は保健室の勝手を知っているようで棚の中から消毒液と絆創膏を取り出していた。

「少し染みるかもしれませんけど我慢してくださいね。自業自得なんですから」

 そう言いつつも真雪は優しく流の傷の手当を行った。


「なんか慣れてるな」

「よく沙雪ちゃんの手当をしてましたからね。それに勇大君がやんちゃでよく怪我をしてて帰ってくるので」

「彼氏か?」

 流がそう聞くと真雪は違いますよと慌てて首を横に振った。

「弟です。五歳なんです」

「それは確かにやんちゃなお年頃だな」

 自分の弟(流雅)の五歳の時を思い出して流は微笑んだ。


「もしかして龍ヶ峰さんも弟さんが?」

「ああ、今年中一になる弟がいる」

「そうなんですね」

「流雅もよく怪我をして帰ってきてお母さんに怒られた」

「いつかお会いしてみたいです」

「会ってどうするんだよ」

「もちろん仲良くなります! いつかは私の弟になるかもしれませんからね!」


 そう言って真雪は流の切れた箇所に絆創膏を貼った。

「はい。これで終わりです」

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 真雪がにっこりと微笑んだ。

 そんな真雪のことを流は見つめる。


「わ、私の顔に何かついてますか?」

 流に見つめられた真雪は頬を染めて恥ずかしそうに視線を逸らした。


「いや、何も。相変わらず綺麗な顔してるなって見てただけ」

 この距離で見つめても毛穴一つ見当たらないほど真っ白で美しい肌。大きな琥珀色の瞳。少し垂れ気味な可愛らしい眉毛。

 いつまでも眺めて痛くなるほど綺麗な顔だった。


「き、綺麗!? あ、あんまり見つめないでください! 恥ずかしいです……」

 流にいきなり「綺麗」と言われた真雪は耐えきれなくなって顔を瞬間沸騰させた。

 それから真雪は何も話さなくなってしまった。

 これでもかと恥ずかしそうに顔を赤くしている真雪を見て流までも恥ずかしくなった。


 二人の間に静寂が流れる。

 昼休憩の終わりを告げるチャイムの音が鳴るまでその静寂は続いた。


☆☆☆

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