4.ばかっ! ばかばかばかばかばか!
「別の場所で食べてるんじゃない? 教室から出て行くところは見かけたから」
「もしかして、昨日ので嫌われたのかな・・・・・・」
真雪はそのカラメル色の大きな瞳をうるうるとさせた。ここで「かもしれないわね」なんて冗談でも言おうものなら本格的に泣き出しそうなので、紗雪は「そんなことないわよ」と真雪の頭を優しく撫でながら真雪のことを慰めた。
そんな真雪の心配は大外れで、流は体育館裏である男が来るのを待っていた。
☆☆☆
昼休憩になってすぐに流は花田のいる二組に向かった。
「あの、すみません。このクラスに花田って生徒いますよね?」
流は教室の入り口で話をしていた女子生徒に話しかけた。
誰?という視線を流に向けた女子生徒は「花田さんならあそこです」と教室の一番後ろの席で数人の生徒たちに囲まれてゲラゲラとバカ笑いをしている生徒を指さした。
「ありがとうございます」
流はお礼をいうと花田の席へと向かった。
流が席の近くまでやってきても花田は気が付いた様子を見せなかった。
花田が流のことを認知したのは流が花田の名前を呼んだ時だった。
「あ? なんだお前」
「ちょっとついてきてくれませんか?」
「は? 誰だよお前」
昨日の放課後に花田は流と目を合わせたはずが、花田はそのことをすっかりと忘れている様子だった。流とは今初めて会ったと言わんばかりの口ぶりだ。
「誰だか知らねぇが、俺の貴重な時間を使うだけの用なんだろうな?」
花田は流に睨みを利かせるが流は怖がる様子も見せず「そうだな」と言った。
「チッ。せっかく楽しく話してたってのによ。で、なんの用なんだよ。ここでは言えないことなのかよ」
「別に俺はここで言ってもいいけど、あんたはいいのか? 真雪の件って言えば何のことか分かるよな?」
流が真雪の名前を出すと花田は右眉をピクッと動かした。それを見た流は確信した。
(あの噂を流したのは花田だ)
昨日花田が真雪に告白をして断られた場面に流もいた。だから、花田にあたりをつけて花田の教室に足を運んだというわけだ。違ったら違ったでそれでいいと思っていたがどうやら当たりだったらしい。
「ああ、そういうことか。お前はあのビッチ生徒会長がキープしてる男の一人ってわけか。あの噂は本当だったんだな」
花田は教室に聞こえるような声で白々しくそう言うと口角を上げた。
教室の中にいた生徒たちがざわざわと騒ぎ出す。
「でも、分からねぇな。なんで、俺のところに来たんだ? まさか俺が噂を流したとでも思ってるのか?」
何の証拠もないと思っているのか花田は余裕そうな笑みを浮かべていた。
実際はサッカー部の証言という証拠があるのだが、流は何の証拠も持ち合わせていない。だが、流は昨日あの場面にいたというカードを持っていた。流はそのカードを切る。
「それは知らない。だが、お前昨日真雪に振られたよな? そんなことがあった次の日だからな。お前が流した可能性が高いと俺は思っている。もちろん違う可能性もあるがな」
流がそう言うと花田の顔が徐々に強張っていくのが分かった。
そしてそこでようやく思い出したのか花田は「お前昨日の」と呟いた。
「チッ。場所を変える。誰だか知らねぇがお前は先に体育館裏に行ってろ。俺もすぐに行く」
「分かった」
そんなやり取りがあって流は今体育館裏にいた。
「待たせたな」
流が体育館裏に来てから数分後、花田がやってきた。
「それにしてもまさかお前みたいな陰キャが俺に話しかけてくるとはな。昨日はあまりにもどうでもいいから無視したんだが間違いだったみたいだな」
花田はゆっくりと流に近づく。
「で、何が目的だ? まさかお前みたいな奴が真雪の言っていた心に決めた人なんて言わねえよな?」
流のバカにするように花田は笑った。
「ないか。お前みたいな奴に俺が負けるわけがねぇもんな。となると、ただの偽善か? 真雪に同情でもしてんのか?」
「どっちでもねぇよ。これはただの自己満だ」
「は? 意味わかんねぇ。そんなことしてお前に何のメリットがあるんだよ。結局は真雪のポイント稼ぎがしたいだけだろ」
「ポイント? なんだそれ。そんなものには興味ねぇよ。言ったろ自己満だって。イライラすんだよ。陰に隠れて誰かを陥れようとするのを見ると」
制服の下に隠れた古傷が疼く。
言った通りこれはただの自己満だ。真雪のためにやるわけでは決してない。自分が変わったということを証明するための自己満にしか過ぎなかった。
「やっぱり偽善じゃねぇか。うぜぇよ。関係ない奴が出しゃばってくんなよ」
花田は両手をポケットに突っ込み貧乏ゆすりをしている。
「首を突っ込んできたのはお前の方だからな。今更後悔しても遅せぇからな」
そう言うと花田は誰かを呼ぶように「おい」と後ろに向かって叫んだ。
すると、体育館の陰からぞろぞろと数人の生徒が姿を現した。
「バカだよな。自ら首を突っ込んでこなければ痛い目に遭わずにすんだのにな」
なるほど。体育館裏に来るのに時間がかかったのはこいつらを集めるためだったってわけか。
流は不敵に笑った。
「これから殴られるってのに随分と余裕そうだな」
「そっちこそいいのか? サッカー部のエースなんだろ? こんなことがバレたら他の部員に迷惑がかかるんじゃないのか?」
「俺は手を出さねぇからいいんだよ。それに俺はこの場にはいなかったってことにするからな」
お前らやれ、という風に花田は首で合図を出した。
数人のガラの悪そうな生徒が流のことを円形上に取り囲んだ。
「じゃあな。せいぜい死なないようにな」
そういった花田はケラケラと笑いながら立ち去っていた。
「悪いな。お前に何の恨みはないが俺たちもあいつには逆らえないんだ」
流を取り囲んでいた生徒のうちの一人がニヤニヤと笑いながらそう言った。
(本心が見え見えだっての)
今すぐ殴りたいとでもいうようにその男は体をうずうずとさせていた。
それは他の生徒も同じようだった。
「じゃあ、俺たちのサンドバックになってくれよ!」
じりじりと流を取り囲んでいた生徒たちが近寄ってくる。
流はその場から一歩も動かなかった。
「なんだこいつ。びびって動けねぇんじゃねぇか?」
「どうやらそうみたいだな」
実際はわざとその場から動かないようにしていただけなのだが、勘違いをしてくれている分には好都合だった。
まずは相手に手を出してもらわないと正当防衛にならないからな。
流は殴りかかってきた男の攻撃をよけることなく顔にパンチを食らった。
それによって少し口の中と唇が切れたが特に気にすることはなかった。
「これで正当防衛が成立するな」
「は? 何言ってんだこいつ。バカなんじゃねぇの?」
流の呟きを聞いた生徒が笑う。
「この状況をちゃんと分かってのか? 正当防衛だろうがお前が何かできるわけ……」
最後まで言い終わる前に流はそのしゃべっていた生徒の腹にパンチを食らわせた。流のパンチをくらった生徒は「うっ……」と呻き声を上げて腹を押さえながら倒れこんだ。
「で、次は誰が来る?」
流は眼鏡を外して前髪を掻き揚げると残りの生徒たちに冷たい視線を送った。
「な、なんなんだよこいつ!? ただの地味な奴じゃなかったのかよ! 話しがちげぇよ」
倒れこんだ生徒を見た他の生徒は面を食らったように慌てふためいていたが「やるしかねぇんだよ!」と流に次々と向かっていった。
流は一人ずつ対応して襲い掛かってきた生徒を次々と倒していった。
中学生の一件以来、流は週三でキックボクシングを習っていた。その腕前はプロ並みとまではいかないがアマチュアの大会にでればそれなりにいいところまで残ることができるほどだった。
「さて、後始末どうすっかな」
流は地面に倒れている生徒たちを見て呟いた。
襲ってきた来たから返り討ちにしたのだが、どうするかなと流は頭を悩ませる。
すると後ろの方から「龍ヶ峰さん!? 大丈夫ですか!?」と真雪の声が聞こえてきた。振り返るとそのカラメル色の瞳に涙を浮かべた真雪が走ってきていて、そのままの勢いに流に抱きついた。
「つ、月乃さん!?」
急に抱きつれた流はうまく受け止められず真雪に押し倒されるように尻もちをついた。
「……何やってるんですか。もしかして私のためですか?」
流の足の間にすっぽりとはまっている真雪は流のことを見上げて涙声で言った。
「違う」
真雪から視線を逸らしながら流は小さく呟いた。
「聞いててムカついたから。自分の都合通りにならないからって、その相手を傷つけるのは間違ってる。そう思たからやっただけ。だから、あんたが涙を流す必要は……」
「ばかっ! ばかばかばかばかばか! それで龍ヶ峰さんが傷ついてどうするんですか! もっと自分を大事にしてください!」
泣きながら怒っている真雪は流の胸をぽかぽかと叩く。
どうやらよほど心配させてしまったらしい。泣いている真雪の姿を見て流は申し訳ない気持ちになった。
流が真雪にごめんと言ったタイミングで沙雪がやってきて「何この状況……」とその場の光景を見て呟いた。
☆☆☆
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