第1章 一途な双子姉
3.私は一途なの
真雪がサッカー部のエース花田の告白を断った翌日。
学校では不穏な噂が流れていた。
本日も挨拶運動週間のため校門のところに立っていた真雪と紗雪はいつもと違う生徒たちに異変を感じ取っていた。
「ねぇ、なんか今日みんな変じゃない?」
「紗雪ちゃんもそう思う?」
「まぁね」
特に真雪に対しての態度がおかしい。
二人ともそう感じていた。
「何かあったのかしら?」
「十中八九そうでしょうね」
真雪が「おはようございます」と挨拶をしてもすれ違う生徒たちからはぎこちない返事が返ってくるばかりだった。
「まぁ、いいわ。気にせずに私たちは挨拶を続けましょう」
「そうね」
それからしばらくして流が登校してきた。
「おはようございます。龍ヶ峰さん」
「おはようございます」
流の顔を見た瞬間に、生徒たちの異変などどうでもよくなった真雪は満面の笑みを流れに向けた。
そして、頭を軽く下げた。
「昨日は変なところを見せて申し訳ありませんでした」
「何度も謝らなくていいって。別に何も気にしてないから」
「そうですよね。すみません」
しゅんっとした顔になった真雪を見て流は慌てて謝った。
「ご、ごめん」
「なんで龍ヶ峰さんが謝るのですか?」
「いや、なんか悲しませかなって」
罰が悪そうに流は真雪から視線を逸らした。
「ふふ、龍ヶ峰さんはやっぱり優しいですね」
そんな二人のやりとりを呆れた顔で見ていた紗雪が間に割って入った。
「そこ、二人だけの世界に入らない。姉さんは挨拶して。生徒会長でしょ」
「え〜。もう少し龍ヶ峰さんとお話したいのに〜」
残念ですと不服そうに真雪は小さく頬を膨らませた。
「じゃあ、俺はこれで」
「あ、はい。またお昼にお会いしましょう」
流は真雪に頭を下げると教室へと向かった。
教室に入った流は誰にも挨拶することなく自分の席に座った。
窓側の席の流は何をするでもなく机に頬杖をついて窓の外を眺めた。流の教室からはちょうど校門が見下ろせる。
校門の前ではまだ真雪たちが挨拶運動をしていた。
「なぁ、聞いたか? あの噂」
「ああ、聞いた」
「あれ、マジなんかな?」
「どうだろうな? ありえない話ではないだろ?」
「だよな~。もしもそうなら俺もその一人に加えてくれねぇかな〜」
流のそばの席の男子生徒たちがそんな会話をしていた。彼らだけではない。教室にいる生徒のほとんどがある噂についての話しをしていた。
流は一応その噂に聞き耳を立てていた。
どうやら真雪に関しての噂が流れているらしい。
『月乃真雪はビッチである』
『何十人もの告白を断るのはすでに付き合っている男が何人もいるから』
そういう噂だった。
「くだらねぇ」
流はその噂を聞きながら呟いた。
その噂を誰が流したのかということにも、その噂自体にも流は興味がなかった。
ただ興味はなかったが、なんの確証もない噂で盛り上がっている一部のクラスメイトを見ているとイライラはした。
人のことを悪く言って楽しむやつにろくな奴がいないことを流は知っている。
そういう奴らを見ているとあの記憶が蘇ってくる。二度と思い出したくないあの記憶が。
「いったい何の騒ぎなの」
挨拶運動を終えた沙雪が教室に入ってきた。
クラスメイトが一斉に沙雪に視線を向けた。
今すぐにでも噂の真偽を確かめたいといった感じだった。
「な、何なの?」
いきなりクラスメイト全員からの視線を受けた沙雪は少したじろいだ。
だれか聞けよ、とクラスメイト達は遠慮がちに視線を交わし合っている。
そんな視線を受けながら沙雪は自分の席に座った。
「言いたいことがあるなら言ってくれない? ジロジロと見られるの嫌なんだけど」
沙雪はクラスメイトに向かってそう言い放った。
しかし誰も沙雪に聞こうとしない。
沙雪は生徒から嫌われているわけではないが、その冷たい性格から話しかけにくいと思われていた。
そんな沙雪に声を翔のには勇気がいる。
このまま噂を噂のままで終わらせるか、噂の真偽を聞くか、流以外の生徒の頭の中ではそんな二つの選択肢がぐるぐると回っていた。
しかし、どうやら噂の真偽を確かめたい気持ちが勝ったらしく、一人の男子生徒が沙雪の席に近づいた。
「さ、沙雪さん。こんな噂が流れてるんですけど、これって本当ですか?」
その生徒はスマホを沙雪に見せた。
スマホにはSNSの書き込みが映っていた。
それを見た沙雪はこれでもかと目を見開く。SNSというものをやっていない真雪と沙雪はその情報を今初めて目にした。
「な、何よこれ!? 誰がこんなことを!?」
驚きを隠せない沙雪は机にバンっと手をついて立ち上がった。
「そ、それでこれって……」
男子生徒のことなどすでに眼中になかった沙雪は教室を飛び出していった。
向かった先はもちろん真雪のクラスだ。
「ふざけんじゃないわよ。誰がこんな嘘の噂を流したのよ。姉さんがビッチですって、何にも男がいるですって、嘘ばっかりじゃない!」
その美しい顔を怒りで歪めた沙雪は一直線に真雪のクラスに向かった。
もしもあの噂を姉さんが目にしたら……。
「姉さん!」
どうやら遅かったらしい。
たくさんの生徒が真雪の席を囲んでいた。
「姉さん大丈夫!?」
「あら、沙雪ちゃんどうしたの?」
沙雪の心配は意味がなかったかのように真雪はいつもの微笑んだ。
その顔は特に何も変わった様子は見られなかった。そのことに沙雪はとりあえずホッとした。
「姉さん。気にしちゃダメだからね」
「分かってるわよ。そもそも、嘘じゃない。これ。私は一途なの。他の人になんか目移りするなんてありえないわ」
そう言った真雪の頭には流の顔が浮かんでいた。
「誰のことを想像してるか分かるわ」
「あら、そう?」
真雪はふふっと笑った。
「とにかく気にしたらダメだからね」
「分かってるってば」
「で、あなたたちはこの噂が嘘だって広めなさい」
紗雪は四組のクラスメイトに向かってそう言った。
「それから、この噂を誰が流したのか探し出してちょうだい」
嘘の噂か紗雪の信頼を勝ち得るか。
どちらの方が得なのかを考えるのに四組の生徒は数秒も要らなかった。
四組の生徒は声を揃えて「はい」と言った。
昼休憩までにはこの噂を流した犯人は特定されるだろうと思いつつ紗雪は自分のクラスへと戻った。
さすがは真雪といったところだろうか。
生徒からの絶大な信頼を得て生徒会長になっただけはある。
真雪の噂は昼休憩になるころにはすっかりと終息していた。
「それにしてもあんな噂誰が流したのかしらね〜」
「花田よ」
噂を流した犯人を特定するのはすぐだった。
四組の生徒の中にサッカー部の生徒がいて、昨日真雪たちと別れた後に部室でその噂を言いふらしていたらしい。
紗雪が見せられたSNSのアカウントはいわゆる捨てアカウントだったが、おそらくあれも花田が書き込んだのだろう。
「昨日姉さんに振られた腹いせにやったのよ」
「ふ〜ん。そうなのね」
さも興味がなさそうに呟いた真雪は卵焼きを口に運んだ。
「姉さんってほんと自分に興味がないっていうか、周りがどう思っていようとどうでもいいタイプよね」
紗雪は呆れたように言いながら卵焼きを口に運んだ。
「そうでもないわよ? 紗雪ちゃんには頼れるお姉さんって思われたいし、龍ヶ峰さんには可愛いって思われたいって思ってるから」
「どこが頼れるお姉さんなのよ。だったら、毎回ヒヤヒヤさせないで」
口ではそう言いつつも紗雪は内心ではずっと昔から頼れる姉だと思っている。
普段ふわふわとした雰囲気で天然な真雪だが、決める時はビシッと決めるし、たまに見せる真剣な表情がカッコいい。
(まぁ、恋ではビシッと決めれないみたいだけどね)
そんな真雪の唯一の弱点らしい弱点ですら可愛いと思ってしまうほど紗雪は真雪のことを姉として好きだし尊敬している。
だからこそ大好きで尊敬してる姉のことを陥れるようなことをした花田のことが許せなかった。
真雪にこんなことを言ったら絶対にやめなさいと言われるのは分かりきっているので、紗雪は放課後に花田を呼び出すことを密かに心の中で決めた。
そう決めた瞬間に真雪に「ねぇ、紗雪ちゃん」と声をかけられて肩をビクッとさせた。
「な、何?」
「龍ヶ峰さんは?」
「知らないわよ」
「いないんだけど」
真雪が悲しそうな瞳で紗雪のことを見つめる。
「別の場所で食べてるんじゃない? 教室から出て行くところは見かけたから」
「もしかして、昨日ので嫌われたのかな・・・・・・」
真雪はそのカラメル色の大きな瞳をうるうるとさせた。ここで「かもしれないわね」なんて冗談でも言おうものなら本格的に泣き出しそうなので、紗雪は「そんなことないわよ」と真雪の頭を優しく撫でながら真雪のことを慰めた。
そんな真雪の心配は大外れで、流は体育館裏である男が来るのを待っていた。
☆☆☆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます