2.えっ!? あ、な、なんで、龍ヶ峰さんが!?

「あ……」


 二人同時に声を漏らした。

 流の目には沙雪の姿が、沙雪の目には流の姿が映っていた。

 放課後の空き教室の前。沙雪は真雪の告白の行く末を教室の扉のそばで隠れて見守っていて、流は担任に呼ばれた帰りにたまたまその空き教室を通って下駄箱に向かおうとしているところだった。


「どうも」

「なんであんたがここに……」

「いや、普通に帰るところだけど」

「ちょうどいいわ。あなたも残りなさい」

「え、なんで?」

「いいから」


 沙雪は流にしゃがむように促した。

 流はなぜそんなことをしなければいけないのかと思いながらも沙雪の隣にしゃがみ込んだ。


「静かにしてて。絶対に声を出さないで」

「意味わかんないんだけど」

「いいから静かにしてて」


 こちらを見向きもせずにそういった沙雪は教室の中をこっそりと覗き見ていた。


「お時間を作っていただきありがとうございます」

「いいえ。どういたしまして」 


 教室の中には真雪と花田がいた。

 真雪は無表情で花田は柔らかな笑みを浮かべていた。


「あまり生徒会長のお時間を取らせるのもなんですので、早速本題に入らせていただきますね」


 イケメン花田はさわやかな笑みを作る。


「月乃真雪さん。あなたのことを一目見た時から好きでした。よければ僕とお付き合いしていただけませんか?」 


 低姿勢で告白をした花田は真雪に向かって右手を差し出した。

 真雪は首を横に振って言う。


「そのお気持ちは嬉しいですけど、すみません。私にはすでに心に決めた方がいますので。花田さんとはお付き合いすることはできません」

「どうしてもですか?」

「はい」

「こんなに僕が頼んでるのにですか?」

「申し訳ありません」


 真雪は花田に向かって丁寧に頭を下げた。


「チッ。こっちが低姿勢で告白してるってのに。断りやがって。生徒会長だからって調子に乗るんじゃねぇぞ」


 花田は舌打ちをすると態度が急変させた。

 さっきまでの低姿勢はどうやら演技だったらしい。この傲慢な態度こそ花田の本性なのだろう。

 真雪を威嚇するように花田は舌打ちをしたのだろうが、どうやら意味がなかったようだ。

 真雪は花田の急変にも特段驚いた様子を見せなかった。


「あの、話はもう終わりですか? 声色を変えて私を威嚇しているみたいですけど無駄ですよ? 私にはそういうのは聞きませんから」


 むしろ、真雪はどんなことをしても無駄ですと煽るように言った。


(おいおい。大丈夫なのかよ・・・・・・)


 そんな真雪のことを見て流は内心ヒヤヒヤしていた。そう思っていると隣から「まったく。姉さんたら」と呆れた声が聞こえてきた。


「だから、私が見守ってないとダメなのよ」


 呆れつつもどこか嬉しそうな紗雪は立ち上がると教室の中に入っていった。

 一体何をするのかと流は紗雪のことを心配そうな顔で見つめていた。

 紗雪は真雪と花田の間に割って入った。


「あなた、もういいでしょ。あなたでは姉さんの恋人にはなれないわ。だから、とっとと諦めて帰ってくれない?」


 紗雪は花田の目を真っ直ぐに見つめて冷たくそう言い放った。


「チッ。覚えてろよ」


 花田はもう一度舌打ちをすると教室から出ていった。

 流とすれ違いざまに目が合った花田は夕焼け照らす校舎へと消えていった。


「紗雪ちゃん。ありがとう」

「はいはい。どういたしまして」

「それじゃあ帰りましょうか」


 二人が教室から出てくる。

 すっかりと帰るタイミングを見失っていた流は教室から出てきた真雪と目を合わせた。


「えっ!? あ、な、なんで、龍ヶ峰さんが!?」

「あ、そういえばいたわね」


 今思い出したかのように紗雪は呟いた。


「もぅ! 紗雪ちゃんなんで教えてくれないのよ!?」


 真雪は頬を膨らませて紗雪のことを睨みつけた。その目は少し涙目だ。


「ごめんって忘れてたのよ」


 紗雪は悪びれる様子もなく真雪に謝った。


「こんなところ龍ヶ峰さんに見られたくなかったのに」

「別にいいじゃない。ねぇ?」


 紗雪は流に視線を向ける。


「まぁ、そうだな。てか、盗み聞きするようなことしてごめん」

「いえ、どうせ紗雪ちゃんが座れとか言ったんでしょうから」


 真雪は紗雪にジト目を向けた。


「なんで分かるよ」

「紗雪ちゃんのことはなんでもお見通しなの。それに龍ヶ峰さんは自ら盗み聞きするような人じゃないって分かってますから」


 そう言って真雪は流にニコッと微笑んだ。

 その笑顔があまりにも眩しすぎて直視できなかった流は顔を逸らして立ち上がった。


「じゃあ、俺はこれで」


 流れはそう告げると二人の横を通り抜けて下駄箱に向かった。


「私たちも帰りましょう」

「そうね。あいつ何もしないといいんだけど」

「何かされたらその時に考えればいいわよ」

「何かあってからじゃ遅いんだからね」


 まったくと紗雪は肩をすくめながら苦笑いを浮かべた。


「てか紗雪! 龍ヶ峰さんがいるなら事前に言ってよ!」

「また、その話? 忘れてたんだからしょうがないでしょ」

「忘れないでよ! 大事なことでしょ!」

「姉さんにとってはそうでも私にとっては違うんだから仕方ないじゃない」

「次からは気をつけてよね! 龍ヶ峰さん変なところは見られたくないんだから!」


 真雪は流に変なところを見られたと思っているが、流はこれっぽちもそんなことを思っていなかった。

 好きな人には、流には可愛く見られたいと思っている真雪は告白を断っている時の自分はあまり好きではない。

 告白を断っている時の自分はほとんど無表情だから。

 流の前ではいつでも笑顔でいたいし、可愛い自分でいたい。

 だって好きだから。

 真雪は流のためだったらなんだってする覚悟を持っていた。


「大丈夫だって、そもそもまだ姉さんに興味ない感じだし」

「もぅ! そんな悲しいこと言わないでよ。事実だけど・・・・・・」


 それが問題なのだと真雪は思う。

 今のところ流が真雪に好意を抱いているという感じはしない。というか、紗雪の言う通り興味のないといった感じだった。


「絶対に好きになってもらうからいいの!」

「結構手強そうだけどね」

「それは分かってるわ。だからいろんな攻めをするのよ」

「例えば?」

「う〜ん。今は思いつかないけど・・・・・・」


 真雪は小首を傾げる。


「先が思いやられるわね。まぁ、でも姉さんの魅力をたくさん伝えていけばそのうち落ちるんじゃない? 姉さんの魅力に逆らえる人なんていないわよ」


 私を含めてねと紗雪は苦笑いを浮かべた。

 二人も下駄箱へと向かうために歩き始めた。

 学校を後にした二人はどうすれば流のことを振り向かせられるのかの会議をしながら家に帰った。



☆☆☆

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