第一部 集合
第1話 集合 - perspective A -1
吉田は渋滞の中にいた。
「昼は混むんだよな・・・。集合時間に間に合わないと積み込みが遅くなるな。」
吉田は今、人力飛行機の機体を飛行場に運ぶためのトラックを運転している。人力飛行機は分解して運ぶことが出来るが、乗用車に積むわけにはいかない。なぜなら3mとか5mとかある部品がいくつもあるからである。重さは35kgしかないのに部品が大きいのでトラックが必要となる。空気を運んでいるようなものだ、と吉田は思う。
今日もいつも通り14時にチームの作業場に集合することにしている。しているというのも、吉田が決めたことだからである。吉田は人力飛行機チーム「Tiny Flippers」(TF)のリーダーである。チームを作るとき、学生チーム時代の目標から離れ競技会にでないと決めた自分がわずかでも足掻いて進むというつもりで、「ヒレ」を名前にした。考えてみればヒレのある動物に失礼な話であるが、そうやって少しずつ進めてきた。製作に二年を費やし、やっと今年飛ばせるところまで機体が完成し飛行場に2回ほど持って行くことが出来た。だけれどもまだ力が足りず、その2回とも組み立てだけで滑走路の使用時間切れとなってしまい一度も飛ばすことは出来なかった。それでも問題を修正してきたので、今日はこの機体をメンバーと飛ばせるかも、とハンドルをさすりながら吉田は思った。
目の前に伸びる車列をみながら、観戦に行かなかった今年の競技会の事を考えていた。6年前までは学生として毎夏、競技会に出ていた。卒業後も後輩の応援に毎年通っていたものだが、TFを始めてから製作を優先し昨年、今年と応援には行かなかった。今年伝え聞くところによると後輩チームは好成績を残したらしい。既に1ヶ月以上も経っているが、仕事と機体の改良に忙殺されていた。詳しいことはタケルに聞こう。あいつもTFを手伝ってくれたらいいのにな・・・仕事が忙しいらしいが。
車列が少しずつ流れ始めた。市中央駅の交差点を過ぎれば渋滞は解消されるはず。最近はトラックもATだしな、と吉田は少し残念に思った。
県道から支線に入り、さらに細い道へ右折してそこが作業場となっている。チームの本拠地である。本拠地と言っても立派な工場のようなものがあるわけではなく、地主さんから好意で賃貸している倉庫である。ただ倉庫といってももともと農耕機具を収めていた建物で、休憩スペースである座敷が併設されている。地主さんが農業を辞めた後空いていたところを縁があって吉田が借り受けた。
建物の前に加藤が立っていた。
「ギリギリアウトだな。カズさん」
「渋滞があったんだよ。」
「駅前はいつも混むだろう。」
加藤は吉田とは別のチームでパイロットをしていた人物である。加藤は言葉が少々荒いもののサバサバした性格をしており吉田は気にしていない。吉田が学生チームを引退しOB1年目のとき、後輩チームの見学に来ていた加藤と面識が出来た。そのとき加藤は1年生だったが何かと人力飛行機の飛ばし方について吉田にSNSで聞いてきた。その後自分のチームでパイロットになったが、加藤のチームは競技会に出ることはなかった。事前の書類選考で通らなかったのである。だから加藤は人力飛行機では飛んでいない。吉田はTF設立時、パイロットを決めていなかった。競技会に出る気のないTFで飛ぶパイロットは簡単に見つからないだろうと思っていた。しかし、加藤は吉田に連絡してきてパイロットをやらせてほしいと申し出た。吉田はそれを引き受けた。
(挿絵:作業場概要、近況ノートより)
https://kakuyomu.jp/users/y-kunie/news/16816927861530905820
* * *
「まだ二人か」
「ですよ。自分もきたばかりだけど」
「さっきはアウトって言った」
「アウトはアウトだよ」
言いながら作業場のシャッターを開けた。作業場の中には二つの大きな箱が置いてある。それぞれの箱には四隅に車輪がついている。吉田のチームの改良は、機体の積載法もある。いままでは学生時代の方法を踏襲して、いわゆる「土台」というものを使っていた。これは人力飛行機の部品を乗せるために角材を組み合わせて作ったもので、大きな直方体の木枠である。この枠に直接人力飛行機を乗せ固定するのだが、部品はむき出しである。これではトラックで運ぶ際風圧で壊れてしまう。また、この木枠は移動させることを考えておらず、複数人で担ぐのが普通である。多くのチームではアルミバン(金属製の箱付のトラック)の中に、テストフライトの度にこの木枠を固定・搭載している。吉田は木枠に壁をつけ箱にした。また車輪をつけた。こうすることで荷台までスロープをかけてウインチで引き上げることが出来る。またアルミバンは不要で平荷台のトラックが使える。こちらの方がレンタル代が安い。
吉田はトラックを作業場前に止め、加藤は荷台にスロープを準備した。荷台に手動ウインチを固定し、作業場内の箱から飛び出したアイにフックをかけた。一つ目の箱には主翼が格納されている。中身は先週確認している。
「それじゃウインチ引くぞ。箱の方向コントロールよろしく」
「分かった。まかせろ」
カカカっとラチェット音が響く。吉田がくるくると掴んだハンドルを回すとウインチのベルトがぴんと張り、主翼格納箱が動き始めた。程なくしてスロープに車輪がかかり上り始める。
「よーし、車輪左右位置OK」
加藤が声をかける。カチカチカカチ...
「後輪もまもなく乗る。ちょっと右に振る...よしOK」
吉田もウインチ速度を声に合わせて調整しながら巻いていく。箱が上ってきて迫ってくる。荷台と箱に挟まれそうな位になった。
「ヨシ乗った!」
加藤の声がした。吉田はちょっとぎりぎりすぎたかな、と、この時はいつも思う。
同じ要領で二つ目の箱にかかる。二つ目の箱にはコクピットと胴体が入っている。
「箱を乗せるのは簡単なんだが、まだ誰も来ないのか...」
ウインチを巻き上げたところで思わず吉田がぼやいた。
「まだ来ないよ」
加藤が答える。
「なんで分かる?」
「チームSNSに連絡あったよ」
吉田はしまったと思った。慌ててスマホを取り出してSNSにアクセスする。ちゃんとメッセージが入っている。買い物してから来るので1時間くらい遅れると。
目配りができてない・・・
「後はタイダウンして固定だね。ツール類はエノッチとかみんな来てから一緒にやろう。買ってきてもらったものも入れないとね」
「分かった。そうしよう。今日は飛ばしたいからしっかりやりたいんだ。」
「そんなに構えるなって。飛ぶときは飛ぶよ。カズさんの作った飛行機だから」
「狙って飛ばしたいんだ」
二人はラッシングベルトを用意して、二つの箱をトラックの荷台に括り付けていった。
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