夜と昼の狭間で
国枝 安
プロローグ
プロローグ
人力飛行機という機械がある。その名の通り、人間の力で空を飛ぶ飛行機、というとちょっとメルヘンちっくな印象があるが、魔法のようにファンタジックではなく実のところ物理法則に縛られている。遙か昔から人は空を飛びたいと願い、鳥の羽ばたきを真似てはみたが飛ぶことは叶わず、理論的に人間の力だけで飛ぶことは不可能と言われていた。けれども西暦1961年、英国の「S.U.M.P.A.C.」号及び「PUFFIN I」号が人の力のみで水平距離600mを越える飛行を達成した。それらは長細い翼をもち自転車のようにペダルを漕いでプロペラを回して進む飛行機だった。その成功を受けて世界は熱狂し、27年後1988年に米国「MIT Daedalus」号がクレタ島=ギリシャ本土間の洋上を飛び115.11kmの世界記録を打ち立てることに至る。人類は自らの力で使える翼を手に入れた。
しかしながら、この翼は神話の蝋で貼り合わせたイカロスの翼のように脆く、はかない。全長10m弱で30mの長さにおよぶ翼をもつ人力飛行機の重さは40kgを切る。扱いは難しく、簡単に壊れてしまう。世界中をみわたしてみてもほとんどの国で多くの人が空を楽しむ機械とはなっていない。
ところが極東の島国では、半世紀近くもこの機械を使った競技会が毎夏に開かれており、一定数の愛好家がいる。ここで賢明な読者諸氏はこれら愛好家は相当の変わり者と気づいていると思うが、さらにそのうちの一部は競技会に参加せず、自分たちで作った人力飛行機を飛ばしている。そのごく一部の彼らの目的は様々であるけれども、一つ共通していえることは、飛んでいる人力飛行機をみたらすぐに細かく論評を始めるところである。やれ「頭上げすぎ(*1)」だの、「翼型はDAEじゃないんだ、ふーん(*2)」と言ったりするのは共通している。人力飛行機のことになると黙っていられない質なのである。
これから記す話は、そんなかなり変わった人々が、どんな風に人力飛行機を飛ばしているのか、その一場面を切り取ったものである。
*1 人力飛行機の飛行姿勢について、機首が高くなっている状態。おそらく効率的に飛べていない。
*2 翼の断面を翼型という。DAEはMIT Daedalus号に採用された翼型。
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