推しのためにいつでも全身全霊です

仲仁へび(旧:離久)

第1話



「うぉぉぉ! ラピスにゃああああん!!」


 平日の昼間からずっとだ。テレビにひっついています。


 我ながら何やってるんだろうな、なんて思うけど。

 別に誰にも怒られたりしてないから、いいよね?


 というわけで、はい。数時間ずっと俺はその時間を堪能していた。


 時計は半周して、もう夜だ。

 あ、やべそろそろご飯の時間かな。


 でも、まだきりの良い所じゃないし。


 俺は、テレビ画面にくいつきながら、数日前に購入したうちわをふりふりした。


「ラピスにゃん萌えぇぇぇ!」


 俺はとあるゲームの推しキャラを応援する事に、全身全霊をかけている男だ。


 それは、ずいぶん前にはやったゲームが、リメイクされたやつだ。


 昔流行った奴をリメイクって、最近多いよね。


 そんな流行におそらくのった感じなんだけど、最初は興味なかった。


 でも、あちこちで目にするうちに、興味が湧いてきて無料の動画視聴サイトで紹介画像とか試しに見てみたんだっけ。

 そしたら、俺はすぐにくぎづけになった。


 ラピスにゃんがかわいい!


 それは昔ながらのデザインじゃなくて、今向けのデザインだった事もあるだろう。


 親しみやすくなった絵柄が、俺のハートにクリティカルヒットしたのだ。


 それで、あれよあれよという間に、ラピスにゃんの虜に!


 俺は毎日、一日一回はラピスにゃんを愛でなければならない体になってしまったのだ。


 今もテレビに映ったラビスにゃんを応援しているぞ。


 今度はペンライトにしよう。


 部屋の電気をおとして、ムードを調整。


 テレビの中、あざといしぐさをしつつも、どこか妖艶な魅力が漂うラピスにゃんがさらに輝いてきた。


 アニメショップでこの前買って来た映像作品に、俺の視線はくぎづけだ。


 ラピスにゃん関連のものは、部屋の中にたくさんある。


 本編であるゲームだけでなく、下敷き、タオルポスターなど、様々なグッズがあふれていた。


 自分で使うものだけではないぞ。


 人におすすめするものも、大事に保存してある。

 友達少ないから、布教する機会はそんなに多くないけど。


 しかし、俺のテンションを下げるのは、ゲームの人気投票だ。


 この間行われた投票では、なんとラピスにゃんは3位だったのだ。


 うぬぬ。


 はぁ、ラピスにゃん。


 なんで、クーたんとかウズたんの方が人気あるんだろうな。


 こんなにもかわゆい女の子、他にいるはずないのにな。

 一見、軽そうな雰囲気を見せる女の子の、その裏側にある誠実さや仲間を思う心が素晴らしいじゃないか。


 悔しい俺は、推しの魅力を知ってもらうために、さらにグッズを買い込んだ。


 他にあんまり趣味がないからできる暴挙だな。


 けれどそんな熱心な「推しを思った行動」がまさかの、展開を呼び寄せる!


 俺の中に秘めたる「推しへの思い」が、成長しすぎていたのだ。


 それが分かったのは数日後。


 その日、俺はアニメショップに行く途中だった。


 しかし、うっかりよそ見をしていた俺は、横からすげぇ勢いでやってきたチャリにはねとばされたのだ。


 その衝撃がヤバかった。


 たかがチャリ。

 されどチャリ。


 頭から地面にダイブした俺は悟ったね。


 うお、しぬ。


 って、感じ。


 とか思ってる間に。


 幽体離脱っぽいものを経験して、お空の上みたいな場所に移動していた。


 そこでぼうっとしていたら、女神さま?が登場。


 その人が「この世の生をあきらめて、次の世界に転生しますか?」とか言って来た。「それともまだ現世に未練がありますか?」とかも。


 そして「あなたには別世界に対する強い思いがありますね」とか「その思いがあれば、他の者達より、記憶を継承したまま転生するのはたやすい事でしょう」とかも言って来た。


 俺はうーんと悩んだ。


 普通だったら。

 いやまだ、死にたくないんで。


 ってなるけど。

 俺驚くほど、生に執着がないからな。


 人生悲惨だし。

 家族に先立たれ、勤め先の会社を上司の不祥事で失って、保険会社なんかの友達に詐欺られて、すんでで阻止して、警察に連行されていく十年来の親友の背中を恨まれながら見送って、手元にお金と家だけ残された俺だ。


 そんな俺の心に英気をもどしてくれたラピスにゃんと同じ世界に行けるというのなら、別に死んじゃってもいいかなぁなんて。


 だって、ラピスにゃん。

 死んじゃうんだぜ?


 五十人くらいいるゲームのキャラの中で、唯一死んじゃうキャラなんだぜ。


 家族に裏切られて、友人に利用されて、所属していた組織が壊滅して。


 そんなボロボロの状態で、最後にボスに背中からさされて、その世をさよならだ。


 そんなラピスにゃんを、助けたいって思うじゃん。

 助けてもらった身としては、推しを助けてあげたいって思うじゃん。


 まあ、凡人の俺に、できるかどうか分からないけれど。


 少なくとも、場所と時期と状況を知っているんだから。

 肉壁くらいにはなれると思うわけよ。


 俺は、三秒くらい悩んだ後、自分の望みを女神さまに伝えた。







「というわけで。君だれなわけ? まったくラピスにゃんは暇じゃないんだよねー。つきまとわないでくれる!?」

「うぉぉぉぉ! ラピスにゃんいた。ラピスにゃん。ラピスにゃん。生ラピスにゃああああん」

「うわぁ……」


 推しにドン引きされている俺は、人生最高の思いを味わっていた。


 せっかく前世と同じ姿、年齢に転生させてもらったのに、すぐに昇天してしまいそうだ。


 あかん冷静になれ。


 俺が心の萌えパラメータを苦心して下げていると、イベント発生。


 道を歩いていた小さな女の子が目の前でこけたようだ。


 ラピスにゃんがそれを助けてあげている。


 やさしい!


 俺の推し、天使!


 ばいばいしたあと、ラピスにゃんがジト目で見つめてきた。


「まだいたの?」

「ラピスにゃん、親切。さすがラピスにゃんまじ慈愛の申し子」

「へんな事いわないでよねー。誰を捕まえてそんな事いってるのかな? 私は自分が一番可愛いんだから。さっきのだって、たまに行くお店の子だったから、見返り求めて助けたわけだし。ほらしっしっ」


 俺を追い払うしぐさをしたラピスにゃんが去っていく。


 俺は苦笑しながら「知ってるよ」と呟いた。


 それが建前で、本音は違う事を知っている。


 仲間の為に、あえて汚れ役をかってでるところとか、いざという時、心を痛めないようにとかそういう事考えて、そんな言動をしてるのを知っている。


 だから俺がするべき事は一つだ!

 あ、二つあった。


 まずいざという時がきたらラピスにゃんの肉壁になる事。


 そして、


「えー!? ねぇ、お兄さん。そこのお姉さん、今の見た!? 小さな女の子助けて、感謝の言葉一つもうけとらないなんて、ラピスにゃんってまじおっとこまえだと思わない!? ひゅーひゅー」

「はぁ? ちょ、何言ってるの! 恥ずかしい事大声で話さないでくれる!?」


 不器用で優しい君が、たくさんの人に助けてもらえるように、この世界でも推しのために全身全霊で行動する事。



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