推し活における過金額の限界を巡る一考察

相応恣意

推し活における過金額の限界を巡る一考察


 おかしい、こんなはずは……


 かれこれ小一時間、俺はクレジットカードの請求書を握りしめたまま唸っていた。


 そこに記されていた来月の請求額は、恐ろしいことに俺が予想していたよりも一桁多く、身に覚えのない金額だった。


 そしてさらに恐ろしいことに、その請求をひとつひとつ確認していくと……


 全て、身に覚えのあるものばかりなのだ……


「だーっ!!! 完っ全に自業自得だ!」


 請求書を放り投げて、ゴロンと床に寝転がる。


 思い返してみれば、確かに今月は出費が多かった。


 推しのサヤにゃんのライブツアーチケット、現地の宿代及び旅費、事前物販に限定特装盤のCDに去年のライブツアーのブルーレイに……


「流石にそろそろ限界か……」


 推し活のために、休みの融通がつきやすい職を選んでいる分、決して可処分所得が多いわけではない。


 かつて偉大なる先人は「課金は家賃まで」と言ったとか言わないとか。


 けれど、ちょっと背伸びして一人暮らしのくせに2LDKの部屋を借りてしまった俺がそこを基準にしてしまうと、生活があっという間に破綻してしまうのは目に見えている。


「……仕方ない、少しは自重するか……」


 誰にでもなく、自分自身に言い聞かせるように、そう呟く。


 推し活で明日への活力を得ていると言うのに、その推し活で健康で文化的な最低限度の生活さえ維持できないようでは、本末転倒だ。


 幸いにも、しばらく大きな出費の予定は……


 ガタンゴトン


 その時だ。ずっと空き部屋にしていた隣の部屋から物音が聞こえてきたのは。


 一瞬、反応が遅れたものの、すぐに音の正体に察しがついた。


 隣の部屋とを隔てる扉を勢いよく開け放つ。


 そこには椅子に座り、目を覚ましたばかりのサヤにゃんがいた。


 鎖は……うん、大丈夫、外れていない。


「ごめんね、サヤにゃん。驚かせちゃったよね?」


 首を必死に横に振り、自慢の黒髪を振り乱しながら何か叫ぼうとするサヤにゃん。念のために猿ぐつわを噛ませておいて正解だった。こんな時間に大声を出したりしたら、ご近所迷惑だからね。


「カワイイ顔を台無しにしちゃってごめんね、サヤにゃん。でも大丈夫、きっとすぐこの環境にも慣れてくれると思うから」


 そう、これからが大変だ。


 生活費は今までの倍くらいになっちゃうだろうし、サヤにゃんもすぐにはこの環境に慣れないだろう。


 でもまあこれもある意味、推し活の一種のようなものだと思えば、決して苦ではない。


 そう、これは明日を元気に生き抜くための、必要経費みたいなものなんだ。

 

 ……だからサヤにゃん、これからもどうぞ末永くよろしくね?

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