ダウナー系Vtuberマイの配信3/9 猫の皿
甚平
猫の皿
パソコンを起動した時、頭の中でダイヤルアップ接続の音がする。実際に聞いたのは小学校低学年くらいのころだろうか。なぜかずっと耳にこびりついている。
ピー、ピー、ピー、ピー、ピビー、ピゴーピゴーピゴー
配信のはじめにその音が流れるようにしたのは、それが理由だった。
――こんにちマイマイ
――こんマイ~
――身長170cm以下は認めない人こんにちは
「挨拶は統一しろ。初手で火を点けようとするのはやめろ」
OBSの配信画面では、3Dキャラが口元に右手をあてている。褐色の肌をしたロリっぽい水着の女の子。これが、配信上の私『マイ』だった。
――タバコやめて
――ヤニカスかよ
――くっさ、登録外すわ
「は? 吸ってないが? 口元に手を当てたらタバコ吸ってるとか妄想も甚だしいんだが? あと、くさいとしたら自分の臭いだお風呂入れ」
実際には吸っている。
タバコを吸うと血管が収縮し、少しだけ頭がすっきりする気がする。医学的には知らない。プラセボだろうし体には悪いのだろうけれど、そういう悪癖がしみついている。
いつも見ている人は吸っていると分かってコメントしているのだ。
「くさいで思い出したんだけどさ、菜の花ってくさいよね。いま時季だからさ、公園で」
――そういうのはいいからとっととゲームしろ
――うんうん
――菜の花って何の隠語?
基本的にルール無用のコメント欄である。
そうなった原因は私にある……かもしれない。 別にかわいい声ではない。ゲームがうまいわけでもない。面白いことも対して言わない。だいたい毒づくだけの配信で、なぜ収益化が通り、課金行為のスーパーチャットが届くのか不思議がられる。
――雑談はいいから、はよ起動しろ
――雑談できてえらい
――つまらん話はいいから、始めろ
「はーい、よーいスタート」
芸のない人間が頼るのは、迷惑行為だ。
芸の本質は、不道徳なもの。みんなそれを見たがっている、とは誰の言葉だったか。目立って、しかも面白い。そんな配信は結局、自分が傷つくか、誰かを傷つけるものだ。
自分を傷つけるのが嫌なら、誰かを傷つけるしかない。
「じゃあ今日もね、ゲーム内取引でうまいことだまくらかそうと思うんだけど」
大人気のオンラインゲームがある。レアなアイテムは非常な高値で取引されており、いわゆるRMT、現実の通貨での取引も行われる。もちろん違反行為だけど、その額が10万円、20万円という金額になることもある。たかがゲームのデータでも、だ。
アイテムを手に入れられるかは運の要素が大きい。だから、初心者がわけもわからず高額なアイテムを手に入れることもある。そこを狙っていくと、案外お金になったりするのだ。
――通報しますた
「まだ何もやってないが? でもやめてくださいお願いします。なんでもしまうま」
この配信はメンバー限定だ。悪質な行為ではあるから、ゲームの運営会社に通報されると困る。だから、そういうことを全て織り込み済みの視聴者だけが見ているのだ。
――あそこのアコライトかわいくね?
初心者が利用するダンジョン前で【AFK】と看板を立てて座っていると、回復系の初級職[アコライト]のキャラクターが来た。若葉マークがついているのは、初心者の証である。
「オタクくんたちに言っておくけど、私は眼鏡をかけたタレ目で黒髪ロングの清楚系を装った女を、この世で最も信用できない生き物にフォルダ分けしているから」
――なにがあったんだよ
――オタクじゃないが?
――彼氏寝とられたんだろ
「はっ倒すぞ。とにかく、ああいうのに関わるとろくな目に合わないからね」
――こっち来てるぞ
アコライトは初心者らしく、ふらふらと歩きながら近づいてきた。
【こんにちは!】
――ほら声かけられてるぞ
ゲーム内のチャットも配信のコメントも無視して、そのまま通り過ぎるのを待つ。
【こんにちは!】【こんにちは!】【こんにちは!】
「うるせえ……」
――返事してあげろよ
――かわいいからってひがむなよ
――進まないからはよしろ
「わかったわかった」
【どうかしましたか?】
【AFKってなんですか?】
【いま離席しているので話しかけても無駄ですよって意味です】
【話してますよね?】
【ちょうど戻ってきたんです】
【はわわ、ごめんなさい】
「おい、はわわとか言い出したぞ! 現実で聞いたことあるか!?」
――かわいい
――かわいい
「脳無しどもが!」
――今日は取引いいからパーティ誘え
誘うわけがない。手っ取り早く追い出すために、転移ができるポータルジェムをくれてやることにした。ダンジョンか手近な町に飛んでくれるだろう。
「……ん?」
無償で上げる場合も取引になり、相手の手持ちが見られる。
「いや、な、な、なんでこいつノネプル・クリティカル・カタール持ってんの!?」
このゲームの特徴として、クリティカルは必中・防御力無視となる。アサシン職限定だが、装備でクリティカル率を100%にすることもでき、他職の倍近いDPSとなる。
素材自体は初心者でも集められる。とはいえ0.02%のドロップ品を9つ集める必要がある上、需要も急騰しており、完成品の取引価格はゲーム内通貨で億を下らないだろう。
その完成品がノネプル・クリティカル・カタールである。
――えげつなくて草
――わけわからなくて草
【あの、一つだけ強化してる装備あるけど】
【カタールですか? よさそうな装備だったので拾ったカード全部付けたんです】
価値を分かってないにもほどがある。
【もしよければ、クエストお手伝いしましょうか?】
【いいんですか? でも、AFKってことは、お忙しかったんじゃ】
【ちょうど終わったところです】
【レベルの差があり過ぎてご迷惑に】
【全然、全然。暇をしてたところですし】
【じゃあ……お願いします!】
――露骨過ぎて引く。
――信用できないはどうした
――見抜きいいですか?
「黙れクソコメども。勝ちやすきに勝つのが兵法の基本だ」
クエストを手伝うと言っても、私のキャラは取引しか考えていない商人だ。が、そこはそれ、これまでかき集めてきた金と装備で固めつつ、このアコライトの信用も買う。
【こ、こんな装備もらっていいんですか?】
【いま私には必要のない装備ですし、せっかくですから】
人は、一方的に貰うと罪悪感が出てくるものだ。
いま要らない装備だからというのも前振りになっている。
それから一時間ほど、たっぷりとこの初心者アコライトに付き合った。正直鼻につくキャラクターで「はわわ」とか「ほええ」とか言い出すたびにPvPエリアに誘いこみたくなったが、金額が金額だ。あの装備が手に入るのなら収支はプラスだ。
【ありがとうございます、なにからなにまで】
【いいんですよ、初心者支援はマナーみたいなものですから】
【はわわ~】
あ~、ぶん殴りたい。
【ところで、そろそろアイテム所持限界じゃないですか?】
【あ、そうですね】
【良ければ預かりますよ。私が換金してもいいですし】
――よくないだろ
――アコさんいじめるな
――どういうレートなんですかねぇ
「一向に私に味方しないなキミたちは。これがメインコンテンツでしょうが」
【じゃあ、お願いします】
と言ってアコライトが渡してきたものの中に、ノネプル・クリティカル・カタールは含まれていなかった。まあ、せっかく強化した武器を持っておきたいという心理はわかる。
【ついでに、アイテム買ったりするでしょうから、10万ゼリーほど渡しておきます】
人は、一方的に貰うと罪悪感が出てくるものだ。
【はわわ、いいんですか?】
【もちろん】
【ありがとうございます!】
……にこにことアコライトは笑い、特に何も提案してこなかった。
【そうそう、私も別のアカウントでアサシン職始めたばっかりなんですよ】
【へぇ~、つよいんですか?】
【装備次第ですかね。レベルもちょうど良いですし、パーティ組みませんか?】
【はい!】
……いや、だからさ。
【あ、よければカタールお借りできますか? 回復職は装備できませんし】
【ああ~、カタールですか】
【そこまで出ない装備でもないですし、初級者装備にはちょうどいいかなって】
【あ、買ってきましょうか?】
【いやいや、持ってるんだから。そこまでしなくてもいいですよ】
【でも~、これダメなんですよ】
【そうはいっても買ってこれるくらいの武器なんだから】
【あ~、そうですね~】
よし、この流れは貰った。
勝利確定。
【商人さんだとご存じないかもしれませんけど、これはノネプル・クリティカル・カタールといって、いま急騰しているので普通に取引したら億は超える装備なんですよ】
【へえ~、私アサシンはじめたばかりで知らなかったなあ】
「知ってやがんのかよ……」
【すみません色々いただいているのに~】
【いいよ。いいけどさ、でもなんでそんな装備持ち歩いてるの? わかばマーク付きのアコライトが持ってても、なんの役にも立たないでしょ。倉庫に入れとけばいいじゃん】
【あ、それはですね】
配信画面で、黄色いスーパーチャットが流れた。
【こうしていると、あなたが装備やお金をくれると思いまして】
スーパーチャットのユーザー名に「アコライト」の文字。
――見てますよ~
「配信終了だッバカ野郎!」
視聴者は誰かが傷つく姿が見たいものだ。それが配信者であってもよい。配信者が傷ついて泣いている姿を見たい。そんな視聴者もいる。このチャンネルを推すのは、そんな歪んだ視聴者ばかりだった。
――ざまあ
――草
――NDK
「うっせえ! お前ら全員、クソを食らって西へ飛べ!」
ダウナー系Vtuberマイの配信3/9 猫の皿 甚平 @Zinbei_55
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