問題編②

「仕切り直しですわ。コホン」


 モナカが息を整える。


「ふぇーふぇっふぇっふぇっ! さぁ選びなさいなグルメ探偵! 今度は冷めないうちに召し上がれ!」


 机に並べられた小ぎれいな料理皿の上には、作り直したばかりでほかほかの湯気を立てた三つのタコ焼きが盛られている。


「で、私が最初に選んだタコ焼きがハズレになるのよね」


「その通りですわ」


「ふうん。つまり推理ジャンルとしては毒殺に分類されるわけね」


「ど、毒殺!」


 ミツキがいきなり剣呑なことを言うので、ぼくは思わず口を挟んだ。


「まさかタコ焼きに毒が入ってるわけじゃないですよね」


「まぁ! 君はあたくしを何だと思ってますの?」


 助手潰しで有名な人格破綻者の探偵令嬢。と、口に出す勇気はさすがにない。

 そんなぼくの様子をみてミツキは嘆息する。


「毒殺、と言ったのはあくまで推理ジャンルのことよ。たとえばあらかじめ毒を盛ったタコ焼きを、任意の対象に食べさせることができるトリックAがあるとする。そのトリックAはそのまま今回の『予告殺人タコ焼き』にも応用できるってわけ。逆に言えば、トリックAがどういったものか推理できるのなら、このゲームでも勝利できることになるわね」


「ああ……だから推理ジャンルが毒殺になるんですね」


「ところでハズレのタコ焼きはどういったものなのかしら」


「ほっほっほ。それは食べてからのお楽しみですわ!」


 まさかここにきて、ハズレの正体が本物の毒というオチは勘弁してほしいが……。ミツキは顔を寄せ、身を乗り出して三つのタコ焼きを観察した。その様子をモナカは上機嫌に眺めている。


「心配しなくても、どれがハズレかは食べればすぐにわかりますわ」


「なるほど。今回の推理ジャンルには毒殺だけではなく予言も含まれていたわね。あなた。私の代わりに、どのタコ焼きを食べるか選んでくれないかしら」


「えっ、ぼくがですか? ぼくはミツキさんみたいに観察とかは得意じゃなくて」


「知ってるわ。だからいいのよ――こういうときはね」


 ミツキに背中を押されて、ぼくは三つのタコ焼きと対峙することになった。

 仕方ない、こうなれば乗りかかった船だ。ぼくなりにベストを尽くそう。ぼくは机に置かれた三つのタコ焼きを観察することにする。……観察する。……観察することにする。……観察……観察……してるんだけど……自分としてはこれで観察……観察……観察って難しいな……観察してるつもりで……観察されているのかも……いや、これは観察のはず……そこは自信持たなきゃ……自信……ぼくが……無理無理……観察……してるんだけど……うーん。


「いつまでジロジロ見てますの! जल्दीジャルディ(早く)! またタコ焼きが冷めてしまったらもったいないでしょう!」


「す、すみません!」


 駄目だ。いくら観察しても、ただの美味しそうな普通のタコ焼きでしかない!


「どう? 観察してみて、なにか引っかかることはなかったかしら?」


「そう言われても……強いて言うなら、三つとも大きさが不揃いなくらいで……」


「焼くのが下手で悪かったですわねぇ。中身は美味しいですわよ!」


「せっかく焼き直してもらったのに、冷めてしまうのはもったいないわね。そろそろ捜査は切り上げて実食といきましょう。あなた。好きなのを選びなさい」


「えーと……どれにしましょうか……」


जल्दीジャルディ(早く)! 早く選ぶ! 冷めちゃう前に!」


「せ、急かさないでくださいよ!」


「なんでもいいわよ。直感でスパっと決めちゃえばいいわ」


「じゃあ……これで」


 ぼくは三つのタコ焼きのうち、向かって右のタコ焼きを指さした。


「そう」


 ミツキはそれを受けて――ぼくが選んだタコ焼きとは真逆にある、左のタコ焼きを箸で取り上げた。


「え!? ミツキさん、ぼくが選んだのは右のタコ焼きですよ!」


「そうね。でもあなた、一つ思い違いをしていないかしら」


「思い違い?」


「あなたに選んでもらうとは言ったけれど……あなたが選んだタコ焼きを食べるとは一言も言っていないわ」


「なんですか、その意味のわからない嫌がらせは!?」


 ミツキはそのまま、取り上げたタコ焼きをひょいっ、と口に入れた。口を閉じると共に目も閉じて、五感を舌に集中し、じっくりと味わっている。音一つ立てずに咀嚼するあたりはさすがにグルメ探偵といったところだろうか。


「けっけっけ。どうやら君はまだ探偵令嬢のことを理解していないようですわね。あたくしたち探偵令嬢はね……他人の嫌がることを進んでやるんですのよ」


 なんでもいいけどこの人、毎回笑い声が安定してないな……。


 ごくん。

 実食を終えたミツキが閉じていた目を開いた。


「ふっ。……甘いわ」


 甘かったようだ。……甘いってなんだ?


「言葉のとおりよ。まず口の中に広がったのは焼きたての温かさ。そして舌を包む柔らかさ。とろとろとした生地から放たれる甘味が口内を支配していったわ。甘味と一口に言っても砂糖や水あめのような、激しく味蕾みらいを突き刺すような刺激を伴うそれではないわ。じんわりと染みわたるような優しい甘味。それに加えて一瞬、半ナマかと思ったほどのトロけた生地の正体は……鶏卵と浮き粉ね」


「鶏卵はともかく、浮き粉ってなんですか?」


「あなたもグルメ探偵の助手なら、浮き粉くらい知っていなさい。浮き粉は小麦粉からグルテンと呼ばれるたんぱく質を取り除き、残ったデンプンを精製して粉状に加工したものよ」


「デンプンということは片栗粉のようなものなんですか?」


「似たようなものね。生菓子などにも用いられる浮き粉は、水と結びついた状態で加熱することでプルプルした半透明の食感に変わるわ。そして小麦粉と異なり加熱しても一定以上は固くなることがない。これを生地に混ぜることによってふんわりした柔らかな食感を確保していたのよ。そしてもう一つの特徴である甘味は鶏卵がもたらした。通常のタコ焼きにも鶏卵は用いられるけど、この生地に使用された鶏卵の量はその比ではない。卵黄だけでいえば、おそらくは通常の倍以上は使用されている……」


「正解ですわ。グルメ探偵の面目躍如といったところですわね。そしてご愁傷様。まずは第一フェーズはあたくしの勝ちですわ!」


 モナカが発した突然の勝利宣言にぼくは驚いた。


「どういうことですか!?」


「言ったでしょう。最初に選んだタコ焼きで絶対にハズレを引くとね」


 そんな。でも、これがハズレだなんて絶対におかしい。


「ルーレットタコ焼きのハズレって、もっとおかしな味のものでしょう? たとえば唐辛子がたっぷり入ってるとか……ただ美味しいだけのタコ焼きのどこがハズレなんですか!?」


「それがハズレなのよね……」


「ひゃーっひゃっひゃっ! そのとおりですわぁ!」


「納得いきません! モナカさん! ミツキさん! ちゃんと説明してください!」


 なおも食い下がるぼくに、ミツキは宣言した。


「だってこれ。

 タコ焼きじゃなくて、だもの」


(続)

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