唯我独尊探偵の逆襲~予告殺人タコ焼きの謎~

秋野てくと

問題編①

「あーはっはっはっ! さぁ選びなさいなグルメ探偵!」


 唯我独尊探偵・一ツ星モナカの高笑いが響いた。


 机に並べられた小ぎれいな料理皿の上には、ほかほかの湯気を立てた三つの球体が盛られている。大きさはいずれも数cm程度だ。これは小麦粉を水と出汁で練った生地に一口大のタコの切り身を入れ、専用の調理器具で焼き上げた料理である。甘辛いソースが塗られた生地の上には、薄く削られたカツオ節とアオサが散らしてある。カツオ節は生地が放つ湯気に煽られて、まるで命ある生き物のように幻想的に踊っていた。この料理は一般的にはそう――タコ焼きと呼称されるものだ。しかしただのタコ焼きではない。

 

「この三つのタコ焼きの中でハズレは一つ。どれがハズレかは食べてからのお楽しみですわ。あたくしはここで宣言いたしましょう」


 モナカのつややかな指先が一人の少女を指さす。


「あなたはとね」


 他人を指さすのは下品なマネ。なんてはしたない――そう考えるのが常人のさがだ。それでも一ツ星モナカは気にかけない。

 天上天下唯我独尊。

 天はあたくしの上に人を作らず。あたくしの下にも以下同文。

 それこそが唯我独尊探偵の信条だからだ。まさに自分勝手の極み。その性格の悪さから、モナカに付いた探偵助手は三日と立たずに逃げ出してしまうことが知られている。おわかりだろうか、彼女はまぎれもない人格破綻者である。とはいえ――古今東西、探偵令嬢という人種には人格破綻者しかいないのも事実なのだ。


 そしてモナカが指さす少女も同じく、探偵令嬢という名の人格破綻者である。


「なるほどね。これはただのルーレットタコ焼きじゃないわ。さながら怪盗が警察に出す予告状のように、この私がいつ・どのタイミングでハズレを引くかまでを予言する……」


「その通り。理解が早くて助かりますわ。ルーレットタコ焼き改め、こう命名しましょう。人呼んで『予告殺人タコ焼き』と!」


 ここは王立探偵女学院アクシズ。

 明日の名探偵をめざす探偵令嬢が集う、伝統ある学び舎である。


 探偵令嬢とはこの世でもっとも自由な者のことを言う。

 探偵令嬢の思考と飛躍するロジックはあらゆる枷から解き放たれる。ノックスの十戒も、ヴァン・ダインの二十則も、推理小説の構成要素三十項も、彼女らを縛ることはできない。もし絶対のルールがあるとすれば、それはただ一つだけ――探偵は、叩きつけられた挑戦状から決して逃げてはならない!


「いいわ。受けて立つわよ、唯我独尊探偵」


 グルメ探偵・美酒蘭みしゅらんミツキは正面からモナカを睨んだ。


「三度の事件よりもメシが好き――グルメ探偵たるこの私に。よりにもよって『予告殺人タコ焼き』を仕掛けるその愚行、たとえ天が許してもこの私が許さないわ」


अच्छाアッチャー(いいでしょう)」


 モナカが指を鳴らす。


「ゲームは以下の二つのフェーズに分かれますわ。まず、あたくしは『あなたが絶対にハズレを引く』という予告をしました。この予告が成功するかどうか、それを見極めるのが第一のフェーズ。そして――」


「予告が成功したなら、それを成功に導いたトリックは何だったのか。すでに起きた事件の解明という第二のフェーズが存在するということね。いいわ。存分に競い合おうじゃない」


 勝手に話が進みそうになったので、ぼくは思わず口を挟んだ。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


「なによ」


「なんですの?」


 ミツキとモナカは同時に向き直った。


「話の腰を折るんじゃねーわよ。とりま、段取りも決まったわけだし。ちゃちゃっと始めましょ」


「いや、始めるのはいいんですけど。このゲームってあれですよね、ぼくの進退が賭けられているんですよね!?」


「なにをいまさら」


「いまさらですわね」


 ビシッ。と効果音が出る勢いで、モナカが人差し指を向けてきた。


「すでにミツキさんとも話が決まってますのよ。このゲームでミツキさんが敗北したなら、君はミツキさんの助手を辞める。そして、これからはめでたくあたくしの助手になるの」


「なにも! めでたく! ないっ!」


「ご挨拶ですわね。あたくしは見ての通りの容姿端麗・文武両道・才色兼備のスーパー令嬢ですのよ。あたくしの助手になれば、この学院での君の未来もバラ色で確定。何が不満だっていうんですの?」


 ぼくは考えるポーズを取った。言い出しにくい。


「……そうですね……強いて言えば……モナカさんが唯我独尊探偵で……助手になった人が……例外なく三日ともたずに逃げ出してしまうあたりでしょうか……」


अच्छाアッチャー(やべえ)。意外と致命的でしたわ」


 そもそも唯我独尊なら助手なんて持つなよ。独尊であれよ。


「よくわかんないけど私が勝てばいいんでしょ? 安心なさい」


 ――ミツキはたっぷり間を取って宣言した。


「三度の事件よりもメシが好き――

 グルメ探偵たるこの私に『予告殺人タコ焼き』での敗北はありえないわ」


「あのー。これ言おうか迷ってたんですけど」


「あん?」


「その"三度の事件よりもメシが好き"っていうキャッチコピー、よくよく考えたら大抵の人がそうなんじゃないですか? 事件なんて起きない方がいいですし」


「そうでもねーわよ。探偵令嬢なんてだいたい事件起きねーかなーと思いながら日々を過ごしてるものよ。ガッコー出てから探偵になっても、事件がないとメシも食えないし。事件よりもメシが好きな私は、どっちかというと例外的な平和主義者・異端の探偵令嬢といっていいわね」


「えぇ……。そんなもんですか?」


「そんなものですわね!」


 なぜかモナカがドヤ顔で答えた。探偵令嬢、マジでろくでもない人しかいない。


 これはまずいことになった。


 名探偵に憧れて王立探偵女学院アクシズの門を叩いたぼくは、これまで人格破綻者揃いの探偵令嬢たちに翻弄され、自らの才覚のなさと凡庸さに嫌というほど打ちのめされてきた。そんなぼくにも一つだけ残された道があった。

 それが助手である。助手の仕事は変人揃いの探偵令嬢に振り回されながら、凡人の視点でいたって常識的な意見を述べることにある。そのために必要なものは徹底した『普通』。探偵令嬢という大海に落ち、荒波に揉まれても決して奇人に染まらない一滴のしずく。それが探偵助手に求められるオール・イン・ワンなのだ。

 しかし、ここでミツキの助手を解任され、あの悪名高い唯我独尊探偵・モナカの助手にでもなってしまったら――三日後には学院に退学届を出すことになっているだろう。ミツキにはなんとしてもこの『予告殺人タコ焼き』に勝利してもらわなくてはならない。


「……勝算は、あるんですね?」


 ミツキは笑顔だけで評価するなら100点満点の笑みで答えた。


「グルメ探偵の底力、見せてあげるわ。女体盛りに乗ったつもりでいなさい」


 そこはキャラ付けにしても舟盛りとかでいいだろ。


「ところで」


 いつになく深刻な顔でモナカが言った。


「タコ焼き冷めちゃったので、もう一度作りますわね」


「あ、はい」


※冷めた方のタコ焼きはモナカさん家の使用人の方がおいしくいただきました。


(続)

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