第38話 お祝い
長い長い事情聴取が終わり、僕は三鷹さんの車に乗せられ、ぼーっと外を眺めていた。
「結局、罪にはならないんですね」
「君はなにも手を下していない。井澤は淡田が殺したのは証拠もある。しかし、淡田を殺したのは干からびた死体となった上野だ。しかも、数時間前まで業務をこなしていた古布が死後数年経過した状態で見つかった。君の罪を問う証拠はなにもない」
僕がしたことは正しかったかどうかは分からない。しかし、三鷹さんは僕のことを怒らずに「あれが最善だったかもしれない」と言ってくれた。本心でそう思っているのかは分からないが、僕を励まそうとしてくれているのは分かる。
「……あれ? 三鷹さん、こっちの道、僕が住んでるマンションに行く道じゃないんですけど」
「五味さんに頼まれてる。連れてくるようにと」
「え……もうあの日の朝に古布さんが〝ハイダー〟だって推論は言いましたし、全部合ってましたよね? もう確認することなんてないと思うんですけど……」
赤信号になり、三鷹さんがじっと僕を見た。眉間に寄った皺はいつものことだが、睨まれている気分になってしまうから、じっと見るのは本当にやめてほしい。
「君の無事を祝うパーティーの用意がしてあるそうだ」
「え」
「だから、連れてこいと言われた」
「でも、僕」
「負い目を感じてるんだったら、逃げるんじゃなくて二人に弁解するんだな」
どうやら、三鷹さんは僕に逃げる道を与えてはくれないようだ。僕は観念して助手席に深く腰掛けて、ため息を吐いた。
五味宅につくと僕に緊張を落ち着かせる暇も与えず、三鷹さんが玄関の扉を開けた。
「お、おじゃま、します……」
「響くんっ!」
三鷹さんに促され、玄関に入ると急につばめさんが僕に飛びついてきた。慌ててそれを受け止める。彼女の手はいつも通り皮手袋に覆われていた。
「つ、つばめさん」
「もう! いきなり危険なことしないで! 私もお父さんも心配したんだからね!」
「し、心配?」
リビングの方から五味教授が何故か赤色と青色のパーティーハットをかぶった状態で顔を覗かせた。
「そうですよ、糸魚川くん! 君はまだ子どもなんですから危険なことは我々大人に任せておいてくれればいいんです!」
「あ、えっと……僕、人を殺して……」
「え? 響くんが首を絞めて殺したわけじゃないでしょ?」
「そうだけど、結果的にああなったのは、僕のせいというか」
「そんなことより、こっちこっち! ケーキできてるんだよ!」
僕の手を引いて、ぐいぐいとリビングの方につばめさんが引っ張るものだから、僕は慌てて靴を脱いだ。リビングに押し込まれると、テーブルの上にはホールのいちごのショートケーキがのっていて、他にもクリスマスに見かける七面鳥のようなものも見えた気がする。今の季節は夏だ。
「え、え?」
「糸魚川くん。結果的に人は亡くなりましたが、あのまま、二人の〝ハイダー〟が生き残っていた場合の方の被害の方がはかり知れません。上野さんは明希奈さんの復讐を終えるまで止まらず人を傷つけたでしょうし、古布さんの起こした集団パニックにより、天馬さんが殺した人以外の人が亡くなっているのは知ってますよね」
あのまま放っておいた方が、今回の被害より大きくなったと五味さんは言いたいのだ。言いたいことは分かる。
「でも、その……」
「君は、もしかしたら、五年前に〝ハイダー〟を消滅させて、自分の手を汚したと思って、今回も手を汚すなら私達ではなく自分がと思ったのかもしれないですが」
五味教授は僕の両手を彼の両手で掴んだ。
「君の手が汚れているというのなら、今回一緒に行動して、〝ハイダー〟をどうにかしようと奔走した我々の手も汚れています。だから、あなた一人で抱え込もうとしないでください」
「そうだよ! このままいなくなるとか絶対に嫌だからね! だって、初めての友達だもん!」
つばめさんは僕に抱き着いたまま、離してくれそうにない。三鷹さんも五味教授の言葉に何度も頷いていた。
五年前。
君は誰も殺していない。犯人は逃げたんだろうと言われた。挙句の果てには僕は恐怖により正常な判断ができていないんだろうと判断されて、僕の証言はなかったことにされた。
でも、今回は違う。
ずっと罪悪感にかられ、日常に戻ろうとしても誰にも分かってもらえないと中学校さえ普通に通えなくなった僕と、罪悪感を共有してくれるという人達ができた。友達もできた。
「さぁ、食べよ! ケーキ、頑張って作ったんだよ!」
「……うん、食べる」
「食べたら一緒にゲームをしようね!」
「うん、する」
僕は溢れてくる涙を袖で拭って、つばめさんに手を引かれて、席に座った。
義眼シーカー 砂藪 @sunayabu
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