第36話 最後の悪夢


 駅につくと五味教授の車があり、僕はそれに乗り込んだ。


「三鷹さんによると井澤さんは明日は休日で友人と会う約束をしているみたいです」


「天馬さんが井澤さんのことを狙うとしたら、明日だと思います。僕に犯行もバレたと分かっていると思うので、早く終わらせようと思うはずです」


 五味教授の自宅に到着すると、三鷹さんも到着していて、玄関の扉の前にいるところだった。とりあえず中に入りましょうと言われ、中に入るとつばめさんが切り分けたアップルパイを皿にのせてテーブルの上にのせていた。


「出来立てだよ! アイスものせる?」


 出来立てのアップルパイにアイス……僕は誘惑に勝てずに何度も頭を縦に振った。アップルパイにアイスをのせたのは三鷹さん以外の三人だった。


「淡田天馬が犯人だと言ったのか?」


「ほとんど自分が犯人だと言ってるようなものだったと思います。あと一回目を瞑ってほしいと言われました」


「あと一回……井澤のことか」


「詳しいことは聞かないでほしいと言われましたけど、たぶんそうです。天馬さんは掲示板を書いたのが井澤さんだと分かっていました。彼女がいない時に彼女のスマホを見て確信したみたいです」


 僕は天馬さんと話したことを包み隠さずに三人に伝えた。


 もし、僕が警察に駆け込むと言っていたら、殺されていただろうということを話すと「生きててくれてよかった!」とつばめさんが泣きそうな顔をしてしまって、慌ててしまった。


「天馬が殺人をしているとして集団パニックは〝ハイダー〟としての力を使った時に周りに影響を与えているだけか?」


 集団パニックにあった時の幻覚をはっきりと思い出す。


 直前の記憶は曖昧になり、無数の目に見られているような感覚に襲われていた。そして、足元に積もる五年前の連続誘拐殺人事件の写真。


 証言をしてくれた人達は皆一様に直前のことを覚えていないと言っていた。


 そもそも、天馬さんの目的はなんだ。


「待ってください。そもそも、天馬さんは五年前の事件の被害者を悪く言った人へ怒りを感じていました。だとしたら、集団パニックを起こして、周りも巻き込む必要はあったんでしょうか?」


「それは私も気になっていました。もしも、彼の願いが怒りを抱いた相手を殺すことだとしたら、今回巻き込まれてなくなった方はどう説明するのでしょう。一人をパニックにさせて殺せば済む話なんです。もしかしたら、目的は、別にあるかも……」


 つばめさんが「あ!」とアップルパイを食べ終わると共に大きな声をあげた。


「ねぇ、別じゃないかな?」

「別?」


「うん、別。能力って発動の基準があって、私は触れることで能力が発動するし、他のハイダーも何かしないといけないでしょ? ほら、この前の上野さんは近くでお喋りしないとダメっぽかったし」


「じゃあ、〝ハイダー〟が能力を発動する条件があって、殺しの目的とは別に能力が発動して集団パニックに……?」


 頭がこんがらがってきた。


 幻覚のことをもう一度よく思い出す。ちゃんと思い出したら、もしかしたら、直前の記憶もはっきりと思い出すのかもしれない。


「とりあえず、天馬を抑えれば殺人も集団パニックも起こらないだろう。それなら、明日は注意して井澤を見張っていよう」


 三鷹さんの言葉に五味教授が頷く。

 帰った後も、天馬さんの表情が頭の中で思い起こされる。


 お姉さんについて話した時の笑顔の天馬さん、井澤さんについて話す怒った表情の天馬さん、事件について目を瞑ってほしいと懇願した天馬さん。


 もしかしたら、なにもしなくても一回だけ見逃したら、もう全てが終わったとして天馬さんの身体から〝ハイダー〟が消滅するかもしれない。


 ベッドの上に寝転がる。


 足元には今まで亡くなった人達の死体があった。僕の手には上野明希奈さんが使っていた布で作られた花のついたストラップがついた赤いスマホ。


 無数の視線に続いて、笑い声まで聞こえてきた。


 教えろ、教えろとモスキート音に混じって、上野修平さんの声まで聞こえる。

 〝ハイダー〟が能力を発動するための条件。視界。視線。


 五つの集団パニックと、五年前の連続誘拐殺人事件。五人目の遺体の淡田恵未子さん。


 視線に潰されて息ができなくなった時、喉を掻きむしろうとして、上手くかけないのに気づいた。手に赤いスマホを持ったままだったからだ。


 僕は目を覚ますと同時に起き上がって、Tシャツで額の汗を拭った。


 スマホに手を伸ばして、五味教授に電話をかけると彼はすぐに電話口にでた。


「事件の概要が分かったかもしれないです」

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