第32話 被害者の会へ


 市民館の駐車場に車を停めた時、五味教授は心配ならついていきましょうかと聞いてきたが、僕は首を横に振った。市民館についたとメールをするとすぐに入り口の自動ドアを通って、五十代後半の見た目をした肩幅の広い体格に恵まれた男性が出てきて、周りを見渡した。


 目が合う。


「あ、あの、宇崎さん、ですか?」


 一応、リストには被害者だけではなく、その関係者の顔写真が載っていたので彼が宇崎さんだということはすぐに分かったが、一応聞いてみる。自信満々に話しかけて間違いなんて恥ずかしい思いをしたくない。


 宇崎さんは近づいてきた僕に真顔のまま頷いた。


「はい。私が宇崎です。本当にあなたが……」

「連絡した糸魚川です。えっと、身分が証明できるものは……」


 僕は鞄から自分の財布を取り出して、カード類の中に紛れていた健康保険証を取り出して宇崎さんに見せた。彼は僕が持つ保険証をじっと眺めた後にもう一度頷いた。


「疑ってすみません……。昔、なんどかあったんです。自分はあの事件の生き残りだと言って迷惑メールや電話をしてきたり、被害者の会の集まりに突撃してきて、場を引っ掻きまわした人間が……」


「そんなのがいたんですね……。全員偽物だってよく分かりましたね」


「まず、糸魚川さんの年齢の方が被害者の会をわざわざ狙って嫌がらせをしたりしないので、たいてい成人した人が来てましたから」


「ああ、なるほど」


 僕はまだ成人していない。宇崎さんは事件の関係者ということもあり、生き残った僕の年齢を知っていたのだろう。報道では僕のことはあまり詳しく話されていない。知らない人間が「生き残りは自分だ」と自信満々にやってきても恥ずかしいだけだ。

 にしても、自分の偽物がいたとは知らなかった。


「まだ時間よりも早いので先に会議室で待ってましょう」

「分かりました」


 宇崎さんの後をついて市民館の奥へと行く。


 市民館は、申請さえすれば、集まりの場として利用していい和室や会議室を貸し出してもらえるらしく、宇崎さんたちは定期的にこの建物に集まって会議をしているらしい。


「会議って具体的にはなんの話し合いをするんですか?」


「最近、起こった事件の話し合いを主にしています。報道がきちんとされているかなどを確認して、抗議したりします」


「最近の事件というと……」


「集団パニック事件は知ってますか?」


「あ、はい」


 よく存じてます。四つ目と五つ目の事件の現場にもいました。


「といっても、あの事件は目撃者などもほとんどが証言をできないらしいのでマスコミもどう報道していいか分からず、報道自体があまりないみたいです。なので、会議といっても今日はお互いの近況報告になるところでした」


 会議室に入るともうすでに二人程長机の間を歩いて、チラシのようなものを長机の上に置いていた。


「あ、宇崎さん、その人が……えっ?」

「えっ」


 顔をあげて、僕の方を見た男性の顔に見覚えがあって、声をあげる。相手も僕の顔を思い出したようで、目を丸くした。宇崎さんはそんな僕たちを交互に見た。


「二人とも知り合いかい?」

「あ、は、はい……そんなところです」


 その男の人は、四つ目と五つ目の集団パニックの現場の近くの交番に勤めていた古布さんだった。まさか、こんなところで会うと思っていなかった。


「知り合いって、晃が?」


 もう一人の若い男性が古布さんに近づいて、僕と古布さんを交互に見た。彼の顔はリストで見た。


 五年前の連続誘拐殺人事件の五人目の被害者、淡田恵未子さんの弟の淡田天馬さんだ。まさか、警察官と知り合いだとは思わなかった。


 被害者の会の人間は警察にも物申すと聞いていたから、警察官をわざわざ集まりに呼ぶことはないと思っていたのに。


「もしかして、仕事中に?」

「まぁ、そんな感じだな……」


 古布さんがしどろもどろになりながらもそう答えると天馬さんと宇崎さんがため息を吐いた。


「糸魚川さん、彼が警察関係者ということは他の参加者には秘密でお願いします」

「分かりました。でも、古布さんもこの会の参加者であることは驚きました」


 そう言うと古布さんは「俺も君がここに来るなんて驚いたけど」と呟いて、隣にいる天馬さんに腕を伸ばして肩を組んだ。


「俺は天馬の幼馴染なんだよ。小さい頃から家族ぐるみの付き合いをしてたから、天馬が最初ここに興味を持った時、一人じゃ心細いって言われてついてきたんだ」


 なるほど。


 確かに、一人で被害者の会に来るのは怖かっただろう。今は五年も経っているが、当時は事件からそう時間が経っていない時だ。被害者の会にわざわざやってきて、被害者遺族の精神を削るような行動をする無神経な奴らもいたかもしれない。


 天馬さんは鬱陶しそうに古布さんの腕を払いのけた。


「糸魚川さんは、我々が事件の被害者遺族というのは知ってますか?」

「それくらいなら……」


 リストや資料も呼んでいて、誰がどの被害者遺族か、被害者がどのように亡くなったかも知っているが、そんなことは言わない方がいいだろう。


「私は一人目に亡くなった宇崎桃華の父です。妻は心労がたたって病気がちになっているので被害者の会には来ていません」


「……俺は五人目に殺された淡田恵未子の弟の天馬だ。他に家族はいない」


 天馬さんの隣で「俺はもう家族みたいなもんだけどな」と古布さんが茶々を入れると天馬さんは古布さんに肘鉄を食らわせていた。幼馴染というからにはよほど仲がいいのだろう。


 ふと、長机のチラシを見てみるとそこには五つ目の集団パニックの現場や起こった日時などが書かれていた。写真などはないし、被害者などの名前も書かれていない。報道していることは集団パニックが起こった場所と日時と巻き込まれた人数程度だ。


 チラシに書かれていることも報道から出た情報だろう。


「集団パニックの事件が気になるのか?」


 僕の視線に気づいた天馬さんがチラシを手に取ると僕にわざわざ手渡してくれた。頷きながら、それを受け取ると天馬さんの斜め後ろの古布さんと目が合うが、すぐに目を逸らされる。


 どうやら、僕が集団パニックに巻き込まれたことは被害者の会には伝えていないらしい。警察官も事件のことをむやみやたらと周囲に漏らしてはいけないのだろう。

 三鷹さんのことを思い出して、僕はいったん考えるのをやめた。


「知ってる人がこの事件に巻き込まれたみたいで……」

「そうか……。大変だったな」


 天馬さんは視線を落としてから僕の頭に手を置いて、撫でてきた。頭を撫でられるのが本当に久しぶりすぎて固まっていると数人が会議室に入ってきて、いつの間にか僕の頭から天馬さんの手が離れていた。

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