第29話 赤いスマホ
「どんどん食べてください。お肉も野菜もありますからね」
「本当にすみません。昨日の昼からゼリーしかお腹にいれてなくて……」
僕は謝りながらも青椒肉絲をご飯の上にのせて、口の中にかきこんだ。つばめさんと五味教授が色々な料理を作ってくれているのを申し訳ないと思いつつ、とても美味しい料理に舌鼓を打つ。
昨日はあれだけ気持ち悪かったのに、今はそれがない。
自分が犯人じゃないと分かるや否や腹が減るなんて、僕もずいぶんと現金な奴だ。
「それでは食べながら聞いてください」
リビングのテーブルの僕の向かいの席に座った五味教授がテーブルの上に赤いスマホを置いた。布でできた花のストラップがついている。
上野明希奈さんのスマホだ。
「このスマホを使って、集団パニックが商店街で起きた日に上野明希奈さんが待ち合わせをしていた相手が誰か分かりました。本名などは分かりませんでしたが、アカウントの名前だけ。小文字のアルファベットで「emiko」というアカウントの人物とあの喫茶店で会う約束をしていたみたいです」
僕はご飯が茶碗の中からなくなったので、一度箸を置いて、お茶を一口飲んだ。
「その人はどんな人なんですか?」
「彼女のSNSはほとんど更新されていないみたいでした。頻繁に投稿していたのは五年前まで、そして、最近また動き出したアカウントらしく、明希奈さんにはブログをいつも拝見していますとメッセージを送って仲良くなったみたいです」
「個人が特定できそうなものはないですか?」
五味教授は首を横に振った。青椒肉絲の次は春雨スープをつばめさんがテーブルの上に置いて、空になった僕の茶碗を持って行って、ご飯を追加でよそってくれた。
「写真など個人が特定できるものはなにもなかったんです。情報開示も無理でしょう」
上野修平さんももちろん、自分の妻とあの日会おうとしていた人物のことを調べようとしたのだろう。メッセージを送ったと言っていたような気がする。
それでも、メッセージの相手が反応しないのはおかしい。
春雨スープをゆっくりと飲んでから、思いついたことを口に出す。
「商店街の集団パニックに巻き込まれた人達の中にエミコという名前の人はいなかったんですか?」
これについても五味教授は首を横に振った。
「集団パニックに巻き込まれた人達については、商店街に来た目的も警察の方が聞いています。彼らの中には人と待ち合わせをしている人はいませんでした」
待ち合わせをしていたことを隠す理由もないだろう。だとしたら、待ち合わせの相手は集団パニックに巻き込まれてはいない。
「集団パニックが起きた時、喫茶店の中にいた人達はどうですか? 先に喫茶店に入って待っていたとか」
「それもなかったみたいです。聞き込みをしたところ、人と待ち合わせをしている人はいなかったようで」
よく考えれば、喫茶店の中に待ち人がいたら、上野明希奈さんは喫茶店の外のトーテムポールの隣に立って、待っていたりしなかっただろう。
どうしても分からない。
「お手上げですね」
「そう。私もそうだと思っていたんです。しかし、糸魚川くんの話を聞いて、逆のことを思いついたんですよ」
五味教授はテーブルに手をついて、身を乗り出した。
「このエミコという謎の人物、もしかしたら、五年前の連続誘拐殺人事件の関係者かもしれない、と。可能性の話ですが、この集団パニックの事件に五年前の事件が関係しているとしたら、このエミコという人物も無関係ではなくなるのではと!」
「確かに……」
しかし、問題はある。僕は五年前の連続誘拐殺人事件の関係者でありながら、あまり被害者や容疑者などの事件に関する情報は知らない。というより、聞いたり見ないようにニュースや新聞などを見ていなかったのだ。
「僕に聞かれても分かりませんからね?」
「大丈夫です。私達には刑事の協力者がいますからね!」
「ああ、そういえば」
意気揚々と自分のスマホを取り出す五味教授の言葉にやっと僕は三鷹さんのことを思い出した。追加でポークステーキが運ばれてきたので、そろそろこれを食べたら、もうお腹に入らないと思うとつばめさんに伝えると、何故か彼女は寒天を取り出して、ゼリーを作り始めようとしていた。
「あ、それなら、三鷹さんには僕が五年前の事件のことを話したって言ってください。僕に配慮して、集団パニックのリストに僕のことを書いていなかったみたいですから」
「分かりました」
五味教授はその場で三鷹さんに連絡を入れ始めた。電話の向こうの声は僕には聞こえなかったが、五味教授の反応を見る限り、三鷹さんは五年前の事件の詳しい資料などを持ちだしてきてくれることになったらしい。
今は仕事があるのでこちらにつくのは午後七時頃と言っていた。僕がここに来たのは昼過ぎなので、まだまだ待たなくてはいけない。
すると、つばめさんが自分の部屋から僕が田所さんに勝ってもらったものと同じ最新のゲーム機を持ってきた。
「これ! これであそぼ! 一緒にできるゲーム買ったの!」
つばめさんも僕とゲームで遊びたかったのだと分かって、僕は思わず声をあげて笑ってしまった。
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