第28話 秘密の暴露
「お疲れ様です。糸魚川くん。体調は大丈夫ですか?」
「はい。昨日に比べたら、だいぶよくなりました」
昨日の夜は結局ゼリーしか食べることができず、今朝もゼリーしか食べることができなかった。しばらくゼリーで過ごす可能性も視野に入れないといけないかもしれない。
さすがに駅で待ち合わせをするというのは集団パニックに二度も巻き込まれた身としては、恐怖もあり、また周りの人間にも被害が及ぶと思い、マンションの傍まで迎えに来てもらうことにした。
最寄りの駅として教えていた駅が最寄りの駅の一つ先の駅だということはバレてしまったが、五味教授は「糸魚川くんはしっかりしてますね」と感心していた。
「昨日、三鷹さんから話を聞きましたが、つばめから糸魚川くんが話をしたいと言ってると聞きました。とりあえず、我が家に行きましょう」
助手席にはつばめさんが座っていて、彼女は運転席の後ろの席に座っている僕を見て、にこりと微笑んだ。マンションを出る前から手に汗が滲んでるけど、つばめさんの笑顔でほんの少しだけ慌てていた心臓が落ち着いた。
これから二人に、話していないことを話すんだ。
とてつもなく、怖い。
頭の中でどこから順序よく話すかを何度もリハーサルしているといつの間にか五味教授の家についていた。丸い車から降りて、家に入ると五味教授はリビングに入って行ったのに、つばめさんがリビングの扉を通り過ぎた。
「え?」
「あ、今日はこっちにしよ! 大事な話をするならこっちの方がいいよ!」
手を引かれて、行った場所はガラス張りの部屋だった。日光が差し込んだガラス張りの部屋には植木鉢や天井から尽くされた蔦植物などがあった。外から庭を見た時に見かけたガラス張りの部屋には前後に揺れるロッキングチェアが置いてあった。木だけで作られた黒いロッキングチェア二つにはクッションが置いてあって、その二つの椅子の間には丸いテーブルがあった。
「今日はここでお喋りしよ!」
「ここで……?」
「植物に囲まれてるとリラックスするでしょ?」
僕はつばめさんに座るように促されて、ロッキングチェアに腰かけた。前後に揺れる椅子に戸惑っているとお盆の上にクッキーと飲み物をのせた五味教授がやってきた。
リンゴジュースとチョコチップクッキー。
前に僕とつばめさんで作ったプレーンクッキーは食べ切ったんだろうか。
「このチョコチップクッキー、お父さんと一緒に作ったんだよ!」
食べて食べてというつばめさんに従って、チョコチップクッキーを口に運ぶ。緊張しすぎて、味がしない。口の中に残るチョコチップクッキーの欠片をリンゴジュースで流しこんで、僕は鞄から昨日、話をまとめるために書いたノートを取り出した。
向かいのロッキングチェアにはつばめさんが座って、僕の顔をじっと見ていて、五味教授は持ってきた組み立て式の椅子の上に座っていた。
「実は……話したいことがあって」
まず五年前の事件と今回の事件の関係よりも先に話しておかないといけないのは田所さんの話だ。
「僕がフリージャーナリストの田所さんと会っていて、そして、昨日の集団パニックで田所さんが亡くなったのは知ってますよね?」
「ああ、話は聞いていますよ。三鷹くんから、君は田所さんに集団パニックの経験者として取材を受けていたと言ってましたが」
「……むしろ、僕が田所さんに集団パニックでの被害者の話を聞くために誘ったんです」
僕はノートをつばめさんと五味教授に見せた。
「前に田所さんから、一つ目の集団パニックで亡くなった立神一也さんと二つ目の集団パニックで亡くなった銭形世津子さんが四年前まで交際していたと聞いたのは話しましたよね?」
五味教授とつばめさんはこくりと頷いた。
あの時は、恋人同士だとしても大した関わりにはならないし、他の被害者とは関係がないから些細なことだと思っていた。
「田所さんに改めて話を聞いてみたところ、立神一也さんと銭形世津子さんはカップルで動画配信をしていたみたいで、五年前にある不祥事を起こして、謝罪動画を出していたのが分かりました」
「不祥事とはどんなものですか?」
意外にも自分がすらすらと説明できることに安堵しつつ、五味教授の質問に答える。
「五年前の連続誘拐殺人事件の被害者の死体の動画を撮って、SNSに投稿してたんです」
「五年前の……」
〝ハイダー〟と関わりがある事件だと五味教授も言っていたから、当然五年前の事件の概要は知っているだろう。僕のことを知らないとなると三鷹さんから事件の詳しい資料などはもらっていないみたいだ。
「そして、三つ目の集団パニックで亡くなった上野明希奈さんはブログをしていましたが、五年前、連続誘拐殺人事件の被害者の死体の写真をブログにあげていたことにより、写真とそれ以前の日記を全て削除しました」
「また五年前ですか……。もしかして、四つ目の集団パニックで亡くなった人も?」
「四つ目で亡くなった泉田郁哉さんが出版社勤務で、オカルト雑誌を担当していたみたいで、五年前は連続誘拐殺人事件の記事を書いていたみたいです。死体の写真なども何枚か撮っていたらしいんです」
五味教授は顎に手をあてて、眉間に皺を寄せて考え込んだ。止められていないし、質問もされていないので僕は話しを続けることにした。
「そして、五つ目の集団パニックで亡くなった田所さんは、五年前、新聞記者で連続誘拐殺人事件の取材などをしていました。彼がどんな取材の仕方をしていたのか僕は一面しか知りませんが、たぶん、強引な取材をしていたと思います」
五味教授は眉間に皺を作ったまま、考え込んで床を見ている。つばめさんは目を丸くしていたと思ったら、ぱちぱちと皮手袋をはめた手を叩き始めた。
「すごいよ、響くん! 一人でそんなに調べてくるなんて!」
「ほ、ほとんど田所さんに教えてもらったんだ……。僕なんて、上野明希奈さんのブログの日記をさっと最後まで読んで五年前に何かあったってことだけしか分からなかったし……」
「それでもすごいよ!」
手放しで褒められて悪い気はしない。僕は片手で頭を掻いて、リンゴジュースを半分まで飲んだ。
「五年前の事件に関係している人が亡くなっているということは、〝ハイダー〟が叶えようとしている願いが五年前の事件に関係していることは明らかですね……。〝ハイダー〟に憑りつかれた人が五年前の事件の関係者かもしれません」
ここからだ。僕が話さないといけないのは、僕は息を大きく吸い込んだ。
「あの、そうなると……僕が生きているのが不思議なんです」
「え? それはどういう……」
「僕も、五年前の連続誘拐殺人事件の関係者なので、僕が今までの集団パニックに二度も巻き込まれていながら、生きてるのはおかしいんです」
五味教授とつばめさんは同時に目を大きくした。驚く様子が思いのほか似ていてびっくりした。
僕はノートを閉じて、右手の人差し指と中指と薬指をたてて、三の数字を表す。
「そこで僕が考えた理由は三つです」
人差し指を曲げる。
「一つ目は、僕が幸運にも本当にたまたま死んでいないだけ」
中指を曲げる。
「二つ目は、僕は五年前の連続誘拐殺人事件の関係者ではあるけど、殺される基準には達していない」
薬指を曲げる。
「三つ目は……僕が、集団パニックの事件の元凶……って感じです」
だんだんと声が尻すぼみになっていく。
そういえば、僕は五味教授とつばめさんが〝ハイダー〟を見つけたら、どうするのかはなにも聞いていなかった。もし、僕が犯人だったら、二人はどうするのだろう。
五味教授は静かにゆっくりと口を開いた。
「何故、自分が犯人だと思うんですか?」
「僕は……五年前の関係者で、今回、亡くなった人達がしていたことを聞いて怒りました。死体の写真や動画を撮ったり、取材をして好き勝手に記事を書いたり……僕には彼らを殺す動機があります」
動機があっても僕は人を殺したいと思わない。
でも、僕はずっと気になっていたことがある。
「五味教授……〝ハイダー〟は、自分が〝ハイダー〟って認識してないんですよね?」
上野明希奈さんの夫の上野修平さんが部屋から飛び出していく直前、彼は五味教授から〝ハイダー〟の話を聞いたが、自分がそれだとは思っていないようだった。彼はどうでもいいとさえ言っていた。
「もし、もし……僕が〝ハイダー〟で……自分が気づかないうちに自分の願いを叶えようとしているのなら……そして、それが五年前の事件の関係者を殺すことなら……」
拳を膝の上にのせて、握りしめる。震える指先を隠して、僕は俯く。
「僕は……気づかないうちに人を殺して、関係のない人まで傷つけていたことになります」
「大丈夫だよ」
向かいのロッキングチェアに腰かけていたつばめさんの声がすぐ近くで聞こえた気がしたと思うと、俯いた僕の両頬が誰かの手に包まれ、顔をあげさせられた。
目の前にはつばめさんが立っている。頬に伝わる感触は皮手袋のものではなく、何も身に着けていない皮膚のものだった。
ただ、触れているだけなのに、心臓を圧し潰しそうだった不安も息苦しさも不思議と消えていき、頭がすっきりとしてくる。指先の震えもおさまったあたりでつばめさんは僕から手を離した。
「私の秘密も教えてあげる!」
「え、いま?」
「うん、いま!」
彼女はにこにこと笑うと、丸いテーブルの端に重ねて置いていた皮手袋をとって、またその白い手を皮手袋で隠してしまった。
「私が人間と〝ハイダー〟のハーフだっていう話はしたよね?」
「え、う、うん……お母さんが〝ハイダー〟で五味教授が人間だから……」
〝ハイダー〟と人間のハーフであることが彼女の秘密、皮手袋を常につけていることと何か関係があるのだろうか。
「私もね。〝ハイダー〟の能力が使えるの」
素直に驚いた。〝ハイダー〟の能力は人間の五感に影響を与える。集団パニックの〝ハイダー〟はおそらく視覚。集団パニックで亡くなった上野明希奈さんの夫の上野修平さんは聴覚。
他にも例として挙げられた〝ハイダー〟の能力を考えると、人間離れしすぎていて、その能力をつばめさんが持っていると言われても信じられない。
彼女は黒い革手袋をはめた手を僕の前で広げた。
「私は触覚。素手で触れると相手は高揚して不安もなくなって、頭が一時的に冴えるの」
「それって……」
薬みたいだと言いかけて、僕は言うのをやめた。薬という漢字がついていても、麻薬などでも同じ効果を聞く。どこで他人に触れてしまうか分からないから、常に皮手袋をしているというわけか。
「私はみんなに幸せになってもらいたいっていうのが昔からの夢なんだけど、そしたら、こういう能力を持って、判明するまでお父さんは大変だったんだよ?」
僕は思わず五味教授の方を見る。彼は照れくさそうに笑っていた。
「毎日つばめと一緒にいますからね……。気づかず、一週間も寝ていなくて原因も分からずに原因を探るためにまた徹夜して、研究室に籠っていたら、いつの間にか治ったからどうにも訳が分からずに困りましたよ」
それは怖い。
「あ、でも……僕の話は……」
つばめさんの秘密の告白で話の流れは切られ、僕は彼女の能力により、冷静になることができたが、僕が犯人ではないという証明も仮説も話せていない。
僕の中ではやっぱり犯人が僕であるという事実の方が強いから、話をどう進めればいいのか分からないけど。
「大丈夫だよ! 響くんは〝ハイダー〟じゃないから!」
「どうして、そんなにはっきりと……」
「だって、〝ハイダー〟は他の〝ハイダー〟の能力を受けないんだよ?」
寝耳に水だ。
僕が即座に五味教授を見ると彼はしっかりと頷いた。
「ええ、そうです。昔、三鷹さんが捕まえた〝ハイダー〟と接触したことがあるんです。その〝ハイダー〟が憑りついた人間は生前不安症状に悩まされていて、その性格を〝ハイダー〟は忠実に再現していました。だから、つばめの能力を使えば落ち着いて話ができると思ったんです」
「でも、いくら触っても全然落ち着いてくれないの。どんどんどんどん不安になっていくみたいで、全然私の能力が聞いてないことが分かったんだよ!」
先ほど、僕に触ったのは、僕が〝ハイダー〟かそれとも人間かを確かめるためだったんだ。僕は全身から力が抜けていくのが分かり、ロッキングチェアの背もたれに身体を沈めた。
自分一人で昨日からぐるぐると底なし沼に落ちて行くように不安に捕らわれ、考え込んでいたことが馬鹿みたいだ。
緊張と不安の原因が一気に取り払われると、僕の腹の虫が大きく鳴いて五味教授とつばめさんがおかしそうに笑った。
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