第27話 安堵
家に帰されて、僕は布団に包まった。頭の気持ち悪さに際限はなく、吐き気もないため、どうすればいいのか分からない。
そんな時、僕のスマホが鳴った。知らない電話番号だ。
僕は基本、登録していない電話番号にすぐ出たりしない。たいてい、電話番号を調べれば、セールスかどうか分かる。
でも今はそんなことはどうでもよくて、とにかく、僕は気を紛らわせることにした。
「もしもし……」
『あ! 響くん! 大丈夫? 集団パニックにまた巻き込まれたって三鷹さんから聞いたけど……。私とお父さん、すごく心配してて……。今、お父さんは三鷹さんに事件のこととか聞いてるんだけど、私は響くんが心配で』
電話越しのつばめさんの慌てた声に頭の中の気持ち悪さが消え去った。代わりに鼻の奥がツンとする。
「……大丈夫じゃないかも」
『ご飯、食べれる? 家から出れないよね? お父さんに頼んで車出してもらうからうちに来てご飯食べる? それとも、ご飯作って持っていこうか? あ! 響くんの好きな食べ物、教えてよ!』
ベッドに腰かけて、僕は目頭を指で押さえた。声が震えそうになるのを抑えて、静かに息をゆっくりと吸い込んだ。
「……ご飯なら、大丈夫。ゼリーなら常備してるし、今はそれぐらいしか食べれないと思うから」
『そう……?』
明らかに心配そうな声に今まで冷えていた身体が温まる気がしてきた。
「今回見た幻覚っていうのは、もう三鷹さんから聞いた?」
『うん! お父さんが聞いてるよ。だから、今はゆっくり休んで!』
指先まで温かくなる。僕は大きく息を吸い込んだ。
「つばめさん」
『なぁに?』
「僕が……もし、僕が、大事なことを話していないって言ったら、僕のことを軽蔑する……?」
電話の向こうが静かになる。
心臓は早鐘のように打ち始める。許されるかどうかは分からない。つばめさんは父親である五味教授のために〝ハイダー〟の事件を解決しようと手伝いをしている。
僕はその事件解決のために必要なことを言っていない可能性がある。そんな僕を彼女は許してくれるだろうか。
せっかくできた友達に嫌われるのは嫌だ。
息を潜めていると、電話の向こうで「うーん」とつばめさんは唸り始めていた。
『言いたくないことがあって、事件に関係があるけど言えないでいることがあるの?』
「……うん」
『でも、私も響くんに話してないことがあるから、お互い様だね!』
「お互い様……?」
思わぬ言葉に僕は目を丸くした。
神社でいつか話すと言われた彼女の皮手袋の話だろうか。でもそれは事件とは関係ない話じゃないか。お互い様にはならないと思うけど……。
『誰にだって、言いたくないことはあるよ。でも、響くんは私にいつか話したいと思ってくれているから、話してないことがあるって言ってくれたんでしょ?』
「う、うん……一応……話すつもりではある……」
『だったら、いいよ。私、待つよ! あ、そうだ! 言いにくいのなら、お互いの隠してること言い合いっこしようよ!』
つばめさんは僕の考えていることの斜め上のことを言い出す。驚いているうちに僕の心臓も落ち着いてきた。つばめさんの言い合いっこに僕は肯定して、今度会った時にお互い話そうねと約束した。
目の前につばめさんはいないのに、友達と指切りげんまんをした感覚がした。
通話を終わらせて、僕はベッドから出た。
つばめさんに話すと約束したからには、ちゃんとつばめさんに説明しないといけない。僕自身も色々なことが起こりすぎて、頭の中がまとめられていない状況だ。このままつばめさんに話をするとなってもうまく話せずに恥ずかしい思いをしてしまうことになる。
「まずは、まとめないと……」
僕はデスクに向かうと使いかけのノートを引っ張り出して、シャーペンの頭を押しながら、何から手をつけようか考える。
一つ目の刈首駅の集団パニックで亡くなったのは二名。そのうち一人は、立神一也さん。
二つ目の四ツ目ショッピングセンターの集団パニックで亡くなったのは、銭形世津子さん。
立神一也さんと銭形世津子さんは、四年前まで付き合っていて、五年前、動画配信者『ナカヨシコヨシ』として活動して、五年前の連続殺人事件の被害者の死体の動画をSNSに投稿して、謝罪動画をあげることとなった。
三つ目の淀山商店街の集団パニックで亡くなったのは、上野明希奈さん。
明希奈さんは七年前からブログを作って日記を載せていたが、五年前に連続殺人事件の被害者の死体の写真を載せたことにより、炎上して、写真とそれ以前の日記を全て消した。
四つ目の僕も巻き込まれた恵濃交差点の集団パニック亡くなったのは、泉田郁哉さん。
彼は出版社に勤めていて、オカルト雑誌を担当していた。五年前、彼は雑誌に連続誘拐殺人事件の記事を書いていた。
そして、五つ目となった回転寿司の店で起こった集団パニックで亡くなったのは、田所慎一郎さん。
彼は五年前、連続誘拐殺人事件の関係者である僕に突撃取材をしてきた人間だ。もちろん、他の関係者、例えば、死体が遺棄された現場や遺族にも配慮に欠けた取材をしていたのかもしれない。
全ての集団パニックで必ず、五年前の連続誘拐殺人事件に関わった人が亡くなっている。
しかし、四つ目と五つ目の現場にいたにも関わらず、僕は死んでいない。
となると、僕の頭で考えられる可能性は三つ。
まず、たまたままだ僕が死んでいないだけ。
次に、僕は集団パニックにより命を落とす基準に達していない。僕は五年前の連続誘拐殺人事件の関係者ではあるが、五年前のことをネタにしたり、悪戯にネットで情報を話したりはしていない。
そして、最後に、僕が一番考えたくないけど、一番、考えてしまっている可能性が一つある。
田所さんの言う通り、僕が犯人である可能性だ。
僕はノートをまとめると、早速つばめさんに連絡をした。つばめさんとは明日会うことになった。つばめさんから三鷹さんと五味教授が話していた内容を少し聞いたが、どうやら、警察内部では僕を保護するかどうかという話し合いがされる可能性があるらしい。
それは新たな被害者になる可能性があるため保護されるのか、それとも怪しい人物として保護されるのか。分かったものではない。
ただ、僕はその話を聞いて、時間がないとだけ思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます