第25話 二度目
先に到着した警察官は三鷹さんではなく、近くの交番に勤務している警察官だった。場所も集団パニックがあったあの交差点に近いためか、僕が出会った警察官二人が店に慌てた様子で入ってきて、席から動けずにいる僕を見て、目を丸くしていた。
「大丈夫かい?」
そういって、手を差し出してきたのは、僕への質問を終わらせて家に帰した釜下さんと呼ばれた警察官だった。先ほど三鷹さんに電話をして、助けを求めた際「すぐに行く。場所は?」と聞かれたので伝えると僕は通話を終わらせた。それ以上、一言でも喋ったら、食べたものを全て吐き出してしまえる妙な自信があった。
僕は小刻みに首を横に振った。
未成年を死体と同じ席に座らせておくのもと思ったのか、釜下さんは人のいない席まで僕を移動させた。あの日、僕に質問をして、疑わしそうな視線を向けてきた古布さんもいた。
「なにがあったか、話せるか?」
古布さんの言葉にも僕は首を小刻みに横に振った。本当に無理だ。吐いてしまう。口を開かなくても、我慢できるのはあと少し程度だと思っていると、釜下さんの姿が消え、戻ってきた時には店のおしぼりとビニール袋がその手にはあった。
差し出されたビニール袋を受け取り、胃の中にあったものを全部吐き出す。
ようやく、吐き気もおさまり、今度は異様な寒気に襲われている時に三鷹さんが駆けつけてどんどん数が増えていく警察官に警察手帳を見せて、店内へと入ってきた。
「何があった」
三鷹さんは僕を一瞬見ると、僕の傍にいた古布さんにそう問いかけた。刑事と少年がいきなり知り合いかのように話をし始めても周りの警察官が困惑するだけだろう。僕だって、今、状況を聞かれてもまともに話せそうにない。
「我々も到着したばかりなので詳しいことは分かりませんが、また例の集団パニックが起こったと思われます。他にも正気を失ったとされる被害者が複数いて、今は順に病院に移送している途中です」
古布さんの報告をぼーっと聞いていると背中に重みがのった。どこから持ってきたのか、釜下さんが僕の肩にブランケットをかけてくれた。
「何か欲しいものがあれば言ってくれ」
その言葉に僕は小さく頷いた。欲しいものなどない。いっそのこと先ほどの凄惨な現場の記憶を取り去ってほしい。僕はあんなものを見たくなかった。
「亡くなっていた方が一名。名刺などから身元が分かりました。名前は田所慎一郎。フリーのジャーナリストです。血を吐いた状態で絶命していました」
古布さんは僕に聞かせないように報告したいのか、少し声を潜めたが、全く意味がない。近くにいるのだから、当然僕の耳にも入っている。
「僕は……」
口から出てきた声は小さかったはずなのに、その場にいた人達は全員口を閉じて、僕の方を見た。
「また、事件に巻き込まれたんですか……」
震える声でそう呟くも、誰もなにも言ってくれない。腹の中にあるものは全て吐いてしまったはずなのに、今度は脳みそが揺さぶられているように頭が気持ち悪くなってくる。
これが夢なら、早く覚めてくれと思っても、現実は非情で、この現実が覚めることなどなく、タイミングよく僕が意識を失うこともなかった。
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