第24話 犯人濃厚説
死体の話をして、すっかり箸が止まってしまったから、茶碗蒸しを頼むと田所さんは豚骨ラーメンを頼んだ。いったい、僕らは回転寿司になにを食べに来たのか分からなくなる。ファミレスよりもメニューが豊富だ。
「糸魚川少年。俺は思ったんだが……」
茶碗蒸しと豚骨ラーメンを店員さんが持ってきて、田所さんは一番にチャーシューに箸をつけた。そして、チャーシューだけを口に入れる。
「この回の集団パニック、五年前の事件が関係してるんじゃないのか?」
「それは僕も思いました」
ここまで来たら、偶然では片付けられない。死んだ人間が五年前に関係している。
でも、一つ目に亡くなったのは立神一也さん以外にも一人いる。その人のことをいくら調べても五年前の事件との関わりはない。そして、四つ目の交差点での集団パニックでも、田所さんの知り合いの泉田さん以外に一人亡くなっている。その人も五年前の事件との関わりはない。
「……関わりはあるけどなぁ。だから、なんだって話なんだよ。でも、要するに死んだ奴らの中には五年前の事件をネタにしていた奴らがいたっていうことになるよな?」
「そうなりますね」
彼はずるずると音を立てて、ラーメンをすすった。
僕は熱々の茶碗蒸しを少しだけ放置することにした。
「ってことは、やっぱり、最初の考えに戻っちまうな……」
「最初の考え?」
なんのことだろうと首を傾げると彼は僕を見て、肩を竦めた。
「糸魚川少年が裏で糸を引いてるって話だよ」
「えっ、僕が?」
その話なら再会した日にありえないということで終わったはずだ。いや、正確には終わっていない。僕が犯人ではないという確固たる証拠があるわけでもなく、かといって僕が犯人であるという確固たる証拠があるわけでもなかったから、他の被害者が犯人かもしれないという逃げ道を作っただけだ。
しかし、被害者の中に五年前の事件をネタにしている人間がいるとすると、証拠はないのに、動機だけができてしまう。それは他の集団パニックの被害者よりもほんの少しだけ僕の犯人らしさが増してしまうだけのものだが、きっと田所さんが扱う記事はそんなほんの少しの犯人らしさでも、たちまち本当の犯人に仕立て上げてしまうんだろう。
もし、ここで僕が田所さんに〝ハイダー〟の話をしたところで信じてもらえるだろうか。オカルト雑誌に記事を書き下ろすから詳しく話を教えてくれと言われてしまえば、五味教授に見せる顔がなくなるから言わないけれど。
ともかく、田所さんに僕が犯人かもしれないという記事を書かせるわけにはいかない。
「あの、田所さん……僕は五年前の事件に被害者が関わっていると知りませんでしたし、第一、僕が犯人だったら、こうして休日に付き合ってほしいなんてくだらないお願いをして、大事な情報を田所さんに話したりしませんよ」
「それもそうだけどなぁ……五年前の事件の復讐か! 事件関係者が鉄槌を下す! みたいな見出しはいい意味でも悪い意味でも人の目を引くだろう?」
にたにたと笑う田所さんに僕は右手で自分の額を抑えた。なんてこった。やはり、この人は他人のことよりも面白い記事を書けるかどうかしか考えていない。
先ほど、知り合いだと言っていた出版社の泉田さんのことをたちが悪いと言っていたが、僕からすれば、田所さんの方がだいぶたちが悪い。
いい加減にしてくれと怒ったところで彼に影響を与えられるわけもない。いっそのこと、田所さんの記憶から僕の存在事消え去ってしまえばいいのに。
「糸魚川少年が犯人だとしたら」
僕が犯人だと記事にされたらいったいどうなるのか。
きっとやっていないといくら言っても世間にはそんなの信じてもらえないかもしれない。五年前は小学六年生だったし、伯母さんが上手く立ち回ってくれていたから、僕もこうして立ち直ることができた。
今は?
田所さんが言っていた炎上が起こる可能性がある。不特定多数の人に後ろ指をさされて、生きて行かないといけなくなる。
そんなのは、どう考えても嫌だ。
視界が真っ白になって、背中に突き刺さるような無数の視線を感じる。息が詰まる。こちらを見ている無数の目が侮蔑と嘲笑と同情と好奇心、たくさんの感情をのせた視線を送ってくる。
足元には五年前のたくさんの記事や写真が降り積もって、僕の足先を隠していた。いつまでも、僕の身体に憑りついたように残っているこの呪いは、いつになったら消えるんだろう。
気持ちが悪い。
ぎゅっと目を瞑ってもそれは同じことで、息苦しさから喉を掻きむしり始めたところで、誰かの甲高い悲鳴によって、現実に引き戻された。
回転寿司のレーンに通り過ぎていく寿司。テーブルの上に散らばったお茶の粉末。床にぶちまけられたラーメンの汁。テーブルの上に広がって、僕のズボンの太ももまで飛び散っている赤いなにか。
「……あ?」
向かいの席では、田所さんがテーブルに顔を突っ伏していた。顔はレーンの方を向き、半開きの口からは赤いものが流れたままになっている。動く気配はない。
僕らのソファー席の通路を挟んで向かい側に座っていた小さな子供と女性は高い悲鳴を上げ続け、僕らの席の後ろからは野太い声がなにやら念仏のようなものを叫んでいた。
息をするのを忘れていた僕は、視線を落として、まだ一口も食べていない茶碗蒸しに赤いものがべったりと入っているのを見て、吐き気が腹から喉元にせりあがってきた。
困惑の声と共にキッチンの方からやってきた従業員らしき人が「警察」「通報」という言葉を繰り返しているのを聞いて、僕は震える指で、スマホを手に取った。
電話帳から三鷹さんを見つけ、通話ボタンを押す。三コール以内に三鷹さんが電話をとってくれて、僕は彼が「もしもし」と言うのを遮った。
「助けてください……!」
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