第23話 被害者の共通点


 とりあえず、僕と田所さんはCD売り場とDVD売り場に行き、ランキングがどうのこうのとポップアップが出されている棚の前でCDアルバムとDVDを買った。


 DVDは自分で観て面白いと思ったら、一緒に見ればいいと言われたから購入した。アニメものを買わされたということは彼にとって僕は十七歳よりも小さな子どもに見えているらしい。


 こういう娯楽に関してはあまり見たこともないのでそこらへんの子どもよりも知識がないのは違いない。


「なんで俺に頼ってきたんだ。糸魚川少年は俺のこと嫌いだと思ってたんだがなぁ」


「嫌いですけど、こういうくだらないことを頼める人って田所さんしか知らなかったんです」


 今度は焼肉ではなく、回転寿司に行こうという話になって、ある程度、娯楽の品を買った僕らは回転レーンに流れる寿司を眺めていた。早速目の前を通り過ぎようとしていたサーモンの寿司を手に取る。


「くだらないことねぇ。人間には娯楽が必要だと思うけどなぁ」

「娯楽というなら、本はたくさん読みました。あと漫画も」

「立派な趣味じゃねぇか」

「ネットもテレビもほとんど触れてこなかったので、どんな映画が上映されているのかとか、どんな音楽が流行ってるのかとか、あんまり知らないんですよね」


 田所さんはマグロの赤身を手に取ると、お茶の粉末を湯飲みに入れて、お湯を注いだ。


「まぁ、なんにせよ、休日に付き合ってやったんだから、話してくれるよな?」


 僕はサーモンを飲み込みながら頷いた。そもそも、そういう取引を僕らはしていた。


「三つ目の集団パニックの事件で亡くなった上野明希奈さんがいますよね? その人のブログを発見したんです」


「ブログ?」


「このブログです」


 僕はポケットからスマホを取り出して、上野さんのブログを表示すると画面を田所さんの方に向けて、スマホをテーブルに置いた。このブログでは上野さんは本名を明かしていなかったので、きっと田所さんも知らなかっただろう。


「ブログねぇ」


 田所さんの指が僕のスマホの上を滑り、上野さんの日記のようなブログを確認する。彼は時系列に沿って日記を見たかったのか、五年前の一番昔の日記を表示するとそれを眺めた。


「写真?」


「七年前からブログ自体はやっていたみたいなんですが、何かの写真をアップしたことで写真とそれ以前の日記を消したみたいです」


「なんの写真かは分かったか?」


 僕が首を横に振ると、田所さんは意地の悪そうな笑みを口元に浮かべながら、流れてきたタコの寿司を手に取った。そして、タコには手をつけずに自分のスマホを取り出して、なにやら操作し始める。


「糸魚川少年がネットに疎いのは本当のことらしいなぁ。こういう何かしらやらかした奴が、投稿した写真や発言を消そうとしても、他の奴らの意見は消せねぇんだよ」


 僕がネットに疎いのは本当のことだ。なにも言わない。むしろ、この話題を出したのはフリージャーナリストである田所さんなら、僕が分からないことも分かってくれると少しだけ思ったからだ。


 インタビューの時の配慮に欠けてはいるが、伯母さんを通さずに五年前の事件の関係者である僕に会いに来た彼の調査の精度は分かってる。


「ほら、出てきた。あー、この女、日記でいつも過激な発言をしてるからアンチもいて、度々炎上してるな」


「炎上?」


「ネットで不特定多数の人間に叩かれることさ。馬鹿なことをしたら、こいつ馬鹿だろ、死ねばいいのに、みたいなことを不特定多数の人間に言われる感じだな」


 なんて恐ろしい。五年前の時、ネットに触れなくてよかったと心の底から思った。どんな言葉がネットにあったのか分かったもんじゃない。


「こいつが一番炎上したのが五年前……見つけた死体の写真をネットにアップしたからだ」


「死体の写真を……?」


「詳しい事が書かれていないのはこの上野が写真を消去した後に人伝に聞いた人間が起こったことをまとめてるからだろうな。上野がアップしたのは、公園の中心にあった十字架のモニュメントに飾られていた女性の死体だったらしい」


 調べたものを読み上げた田所さんは眉間に皺を寄せていた。彼の険しそうな表情は三鷹さんほど怖くないなという考えが頭をよぎった。


 険しい顔の田所さんの発言は、僕のそんな馬鹿な考えを一掃した。


「この死体、五年前の連続誘拐殺人事件の被害者の写真だぞ」

「え」


 僕は思わず、箸で掴んでいた寒ブリの寿司を皿の上に落とした。


「被害者って……」

「五人目の被害者が確か、公園の十字架のモニュメントに飾られていたはずだ」


 昨日、三鷹さんに話題に出されて、それをやんわりと拒絶して、しばらくは五年前の話など聞くことはないだろうと思っていた。どうして、今更、五年前に関係することが僕の前で判明するんだ。


「ちょっと待て。そうなると俺が調べたアレも……」


 彼はスマホの操作に戻るとしばらくして、その画面を僕に見えやすいように向きを変えて、僕の前に置いた。


「一つ目の集団パニックと二つ目の集団パニックの事件で死んだ立神一也と銭形世津子が四年前まで恋人だったというのは話したよな?」


「はい、聞きました」


 僕は画面を覗き込んだ。それはネットニュースのようで見出しには「カップル動画配信者、視聴者に謝罪する事態に! 世の中からは彼らを非難する声が多数!」と書かれていた。これも田所さんが言っていた炎上というものだろうか。


「このカップル動画配信者というのは、立神一也と銭形世津子のことらしい。彼らの大学生時代の友人に聞き込みをして分かったことだ」


「じゃあ、この謝罪もその二人が?」


 なにをしたんだろうと思って、指をスマホに滑らせる。

 日付は五年前。


『カップル動画配信者「ナカヨシコヨシ」の二人は謝罪動画を発表した。彼らはその謝罪動画をあげる数日前にSNSにとある動画をアップし、これが多くの視聴者やSNSを使っている一般人の目にとまり、彼らは批判を受けることになった。


 その動画というのは日夜見ひよみ公園の十字架のモニュメントに遺棄された女性の死体を映しながら「やばっ」「マジでやべぇ」と興奮したように実況する彼らの声が入ったものだった。


 この女性の死体は、いまだ犯人が捕まっていない連続誘拐殺人事件の被害者だと言われていて、この二人は犯人ではないが、彼らの死体を撮影した動画をネット上にアップしたという行為は許されざるものである。』


 公園の十字架のモニュメントに死体。

 上野さんがブログにあげていた写真の死体と同じものであることは明白だ。


「これ、偶然でしょうか……」

「四つ目の事件で亡くなった人間がいるだろう?」

「確か、二人いたと思いますけど……」


 資料のリストによると出版社勤務の四十代の男性と、会社員の二十代男性。


「死んだ泉田っていう人間はな。新聞記者時代の知り合いなんだ」


 僕は目を見開いた。田所さんは元新聞記者で、亡くなった人は出版社勤めをしていた。出版社も新聞社も同じようなものなのだろうか。僕には細かいところまでは分からないが、とりあえず、この二人が仕事関係で出会っていることは何もおかしくないことだと思った。


「そいつが担当していたのはオカルト雑誌だった。そして、五年前。泉田はとある事件に関する記事を担当していた」


 ここまで来てしまえば、僕にもある程度予想はできる。思わず、唾を飲み込んで、声を低くして尋ねる。


「五年前の、連続誘拐殺人事件ですか」


「そうだ。あいつは俺よりもたちが悪くてな。相手が死体ならなにをしてもいいと思ってた人間だ。もちろん、あの事件の死体の写真を撮って、雑誌にも載せていた」


 世の中にそんな非常識な人がいるなんて思わなかった。


 生きている人間も死んでいる人間も関係なく、他人のことをいきなり撮ってはいけないのは当然のことだ。ましてや、望んで死体になったわけでもないのにその写真や動画を撮って、晒し者にするなんて。


 思わず、眉間に皺が寄る。


 集団パニックなどで亡くなったことは気の毒だが、それとこれとは話が別だ。彼らはしてはいけないことをした。ネットで不特定多数の人間に叩かれてしまうのもしょうがないだろう。無条件に人を非難するのも決していいこととは言えないが、あの事件の関係者の僕からしてみれば、不愉快極まりない。


「……そんなことがあったとは知りませんでした」

「誰もわざわざ糸魚川少年に教えたりしないだろ。それこそ、悪趣味っていうやつだ」


 悪趣味といえば、田所さんも僕に両親が亡くなったことをどう思うかと言っていたから、どんぐりの背比べの気がする。

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