第22話 娯楽の仕方


 上野さん以外にも、亡くなった立神一也さんと銭形世津子さんについて、調べることにした。しかしブログが分かっている上野さんはいいとして、元恋人だったという情報しかない二人をどう調べていいのか分からず、名前を検索したところでネットではなにも分からなかったということだけが分かって、僕はシャワーを浴びて、寝ることにした。


 目を瞑って、眠り始めるとまたそこは悪夢だった。


 暗闇の中で常に聞こえるモスキート音と共に亡くなった妻の死因を知りたがる修平さんの声が耳を塞いだとしても頭の中に響く。手も足も動くのに、足元の地面が形を持たず、上手く逃げ出すこともできない。


 思い出せ、思い出せと何度もモスキート音と共に聞こえてくる音に頭がおかしくなりそうだった。手足をばたつかせていると暗闇の中に一点だけ赤を見つけて、なんとかそちらに手を伸ばす。布で作られた花のストラップがついた赤いスマホだった。


 それを手に取って画面を見ると途端にスマホの画面から強烈な光が溢れて、僕は反射的に目を塞いだ。


 瞼さえも貫いてくる光が収まり、恐る恐る目を開くとスマホの画面は黒くなっていて、僕の足元には見知らぬ人の死体が何体も横たわっていた。


 よく見ると一番近くの死体の顔は資料にあったリストの立神一也さんの顔で、その近くには銭形世津子さんの顔をした死体があって、後ろには上野明希奈さんの顔をした死体が転がっている。駅で亡くなったもう一人の死体もあれば、僕が巻き込まれた交差点で亡くなった二人の死体もある。


 もうやめてくれと叫んだところで、僕はベッドから盛大に落ちた。


 一階が管理室でよかった。もし人が住んでいたら、朝っぱらから大きな音で驚かせたに違いない。


「いたい……」


 腰をさすりながら、立ち上がって、ずり落ちた布団をベッドの上に戻した。悪夢を見たのはきっと昨日、三鷹さんが五年前の話をしたからだと適当に理由を付けて、朝ごはんの代わりに桃のゼリーを食べることにした。


 今日は五味教授からの連絡はない。

 勉強でもしようと思ったが、手がつかない。


「……なにもすることがない」


 実は引きこもっている時間は長くとも僕には趣味と言えるものがない。図書館によく入り浸っていたものの読書家といえるほどでもない。ゲームなども手を出したことがなく、普通の十七歳の男子が普段なにをして過ごしているのか、見当もつかない。


 周りの大人に聞くとしても、伯母さんには聞けない。むしろ、困らせてしまうだけだろう。三鷹さんはきっと仕事もあるし、彼とはたぶん気が合わないし、そもそも彼に趣味があるのかも分からない。もしかしたら、ないのかもしれない。五味教授から連絡がないということは昨日のこともあるし、改めて精密検査でもしているのかもしれない。邪魔をするのはよそう。


 となると、僕の周りにいて、こんなくだらない話ができるのは、一人だ。僕はデスクの端に放置していた田所さんの名刺を手に取った。


 最寄りの駅に現れた田所さんは前に会った時と同じ服装をしていた。面倒くさそうに眉を寄せている。


「いきなり人のことを呼びだしていったいどういうつもりなんだ、糸魚川少年」


「電話で言った通りですよ。僕、趣味がないので、どう休日を過ごせばいいか分からなくなったんです」


「勉強をしろ、勉強を」


「もうほとんど高校生の過程で習う勉強なら済ませました。とれそうな資格も貯めたお金で授業とかを受けて、とってるので」


 そう話すと田所さんは僕を化け物を見るような目で見た。信じられねぇと呟いて、彼は大きなため息をついた。


「俺が糸魚川少年の年齢の時に引きこもりになったら絶対に毎日ゲーム三昧で勉強なんて一切しねぇよ……」


「ゲームも今までなにもやってこなかったし、なんの情報も知らないので」


「……ゲームでも買いに行くか」


 田所さんには僕が集団パニックの事件について、詳しく警察から話を聞かれ、その時に手に入れた情報を話す代わりに休日の相手をしてほしいとお願いしてある。


 彼は乗り気ではないみたいだが、どうやら情報のためにきちんと僕の休日に付き合ってくれるらしい。ゲーム屋だと彼に連れて行ってもらった店に入ると、ゲームソフトの棚がいくつも並び、ゲームの機体も何種類かあって、僕の頭はこんがらがった。


「テレビにいちいち近づいて、ゲームの電源入れるよりも持ち運べる携帯型のゲームの方がいいだろ」


 人気だし、一つ持っていれば間違いないと言って、田所さんは去年発売され、今でもゲーム業界の主流だと言われているゲーム機を僕に教えた。


 問題はどのゲームを最初にやるかだ。手当たり次第に買うほどお金は持っていない。かと言って、大人気のシリーズものに手を出す勇気はない。


 田所さんと頭を捻って悩んだ末に選ばれたのはすごろくゲームのようなものだった。


「日本各地を移動しながらお金を増やすゲームだ。最大四人でできるが、友達と喧嘩する可能性が大きいから気をつけろよ。あの子とでもやれ」


「分かりました」


 田所さんが言うあの子というのはつばめさんのことだろう。なにより、このゲームは持ち運びできるがテレビに繋げて、数人でゲームができると言われ、今度五味宅に持っていきたいと思った。


「糸魚川少年が好きなゲームの種類が分からないからな……。とりあえず、頭使う系のゲームとロールプレイングゲームぐらいでいいか」


 結果、僕の腕の中にはゲーム機とゲームソフトが三つあった。いくらになるかは計算していたが、僕が今まで貯金していたお金から引き出しておいたので、問題なく払えるだろう。


 しかし、レジに近寄ると僕の腕にあったゲーム機とソフトを田所さんがとりあげて、財布を取り出し始めた。


「えっ、お金を払わせるつもりはなかったんですが……」


「いいんだよ。子どもは大人に甘えておけば」


 そこまで言うのであれば、頑なに支払うつもりもない。僕は田所さんにゲーム代を支払ってもらった。レジ袋にゲームをいれて、店を出ると「次はどこって言ってた?」と田所さんが聞いてきた。


「次は、CDを買いたいですね」

「またどうして?」

「この前一緒にいた子にカラオケに行こうと誘われたんですが」

「まさか、今時の音楽を知らないから教えてくれとか言わないよな?」

「そのまさかです」

「俺も知らねぇぞ……」


 僕らは二人で頭を抱えることにした。

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