第20話 三鷹刑事の過去
餃子を焼くのと揚げるのはどっちがいいと聞かれたが、僕と三鷹さんが何か答える前につばめさんが「分かった! 両方だね!」と自分の中で正解を出して、キッチンに行ってしまった。
五味教授も「油は私がしますから……」とキッチンに行くと僕と三鷹さんは大量に形作られた餃子の前で隣り合って静かになることしかできなかった。
気まずい。
「糸魚川くん」
急に隣から低い声が僕にかけられた。「はいっ」と上ずった声で返事をしてしまい、途端、恥ずかしくなる。
「私は五年前にはすでに刑事だった」
「……はっ」
僕は自分の行動が信じられなくなった。思わず、鼻で笑ったのだ。自分がこんな失礼な行動をするとは思ってもみなかった。しかし、僕の態度を三鷹さんが咎めることもなく、五味教授もつばめさんも餃子を揚げたり、焼いたりする音で、こちらの音は聞こえていないようだった。
「だから、どうしたって言うんですか」
「すまなかった」
また鼻で笑いそうになるのを僕は堪えた。本当に、だから、どうしたという話なのだ。
「あのことは」
「話してません」
三鷹さんが五味教授の背中に視線をやったので、僕はとっさに否定した。彼はテーブルの上で両手を握っていたと思うと、僕へと視線を向けた。何か言いたそうな目をしているのに、彼は口を開かない。
代わりに僕が口を開いた。
「三鷹さんは、どうして五味教授に協力をしてるんですか?」
「……十七年前の婦女暴行事件を知ってるか?」
話に聞いたことはあるが、十七年前は僕が生まれた歳だ。あまり知らない。確か、五味教授が〝ハイダー〟が関わっているとされる事件として挙げていた。
「あまり……」
「見た目に共通点もないもない複数の女性が暴行を加えられた事件だ。犯人は獄中での不審死をしたと言われているが、本当は違う。面会室でいきなり干からびた。その時、犯人と面会していたのが俺だ」
目の前で〝ハイダー〟が消滅して、人間が数年後の死体へとなったのを目撃した人間。
「犯人は
「どうして……その都築さんは〝ハイダー〟に?」
「彼の両親に事件からしばらくした後、日記を見せてもらった。彼は数名の女性に手酷く振られていたらしい。振られては次の女性に告白していたし、見た目にも少しも気を遣えていなかった男だったから、通学に使っていた電車内で一目惚れした相手に告白して、拒絶されても仕方なかったんだろうが、彼は十何人目かに手酷く拒絶され、ストーカー扱いもされた末に自殺を決意したと日記には書いてあった」
都築さんが自殺した経緯は何一つ共感できるところがなかった。しかし、三鷹さんが面会に行ったと言っているのだから、都築さんは三鷹さんにとって大切な人だったのかもしれない。とりあえず、三鷹さんの前で都築さんのことを非難するのはやめておこう。
「自殺した死体に〝ハイダー〟が入り込んだ。都築の日記からして、女性に一泡吹かしてやりたいとでも思ってたんだろう。そして、奴は婦女暴行事件を起こした」
婦女暴行事件について、三鷹さんは詳細は語らなかった。どのような暴行を都築さんが女性に振るったのかは、僕も知りたいとは思わなかったから詳しく聞くこともなかった。
「都築が捕まって、面会に行ったのは、彼の両親が家から出られない状況だったからだ。下手に家から出てしまえば、マスコミに勘付かれて周りを取り囲まれる。だから、俺が代わりに行くことになった」
この言い方からして、もしや三鷹さんはそこまで都築さんのことは気にかけていなかったのではないかと思えてきた。ただ、都築さんの両親に頼まれたから面会に行ったら、都築さんが干からびて死んでしまったというだけで、三鷹さんに都築さんとの深い関わりはあまりない。
「俺は言ったんだ。日記を読んだ。お前のしていることはただの八つ当たりだ。もうお前は一生刑務所から出てこれない。もう一生女性を傷つけることはできないと」
婦女暴行事件という名前からして、死んだ人間はいないと思いたい。そうなると死刑ではないから、一生刑務所から出てこないということはないんじゃないか。
僕の疑問が手に取るように分かったらしい三鷹さんは頷いた。
「そう。死刑ではなかった。だから、都築は一生刑務所にいることはない。だが、俺の言葉を聞いた都築はその瞬間何も言わなくなって、俺の目の前で干からびてしまった」
三鷹さんの言葉により、〝ハイダー〟がこれ以上願いを叶えるのは不可能だと思って消滅したのだろうか。なんにせよ、目の前で知り合いが干からびて行くのは三鷹さんにとっては衝撃的だっただろう。
「二人とも餃子第一弾、できたよ!」
僕と三鷹さんの前に大きな皿にのった焼き餃子と揚げ餃子が現れた。五味教授がご飯茶碗を僕と三鷹さんの前に置く。
「二人が仲良くなってくれてよかったです」
仲良くはなっていない。僕は小刻みに頭を横に振ったが、五味教授はすぐにくるりと背を向けて、自分とつばめさんのご飯を茶碗に盛り付け始めていて、僕の動きは見てくれなかった。仕方なく、揚げ餃子を口に運ぶ。中から肉汁が溢れてきて、口の中が熱いがとても美味しい。ご飯とあわせて食べると味がさらに口の中に染みわたるようだった。
「ご飯を食べたら、糸魚川くんを送らないといけませんね」
「いや、糸魚川くんは俺が送ろう」
三鷹さんの言葉にご飯が喉に詰まりそうになった。しかし、送ってもらう手前、断るわけにもいかず、僕は三鷹さんの申し出を受け入れることになった。
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